肺がんに対する薬物療法は、かつて細胞障害性抗がん薬による治療のみだった時代から大きく進歩しました。現在は細胞障害性抗がん薬、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害薬の3種類の薬を肺がんの病態に応じて使い分けられています。本記事では、それぞれの薬の特徴と治療薬の選択について解説します。
細胞障害性抗がん薬による化学療法は、厚生労働省から保険承認が下りた1983年から現在に至るまで、肺がんに対して広く用いられている治療法です。
細胞障害性抗がん薬に含まれる化学物質が、がんに作用して、がん細胞の増殖を抑制し、がん組織を破壊します。しかし、細胞障害性抗がん薬は全身に強力な作用をもたらすため、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまいます。消化器症状や脱毛、白血球減少などの副作用は重く、患者さんの負担が大きいことがデメリットとされますが、現在では副作用への対策が進み、外来での抗がん薬治療もできるようになっています。
分子標的治療薬は、主に遺伝子変異によって発症する腺がんに対して使われている薬です。細胞障害性抗がん薬を、体全体を攻撃する大砲にたとえるとすれば、分子標的薬はピンポイントに敵(がん)を攻撃するライフルにたとえられます。
記事1『原因や種類の異なる肺がんの基礎、診断および治療選択の方法』で説明した通り、がん細胞は通常の細胞とは異なり増殖のストップ機能がはたらかず、ほかの組織に浸潤して増殖を続けます。肺がんの中には、こうした細胞の増殖を司る特定遺伝子の変異が原因で発症するタイプのものがあります(特に腺がんに多い)。このタイプのがん細胞に対しては、分子標的治療薬が有効です。分子標的治療薬は、遺伝子変異によって“異常増殖を引き起こすようになった分子”(細胞増殖のシグナルが常に活性化されている、つまりアクセルが踏まれっぱなしになっていること)をもつがん細胞を、ピンポイントに狙って攻撃するというメカニズムで、がんの増殖を抑えます。
肺がん発症に関与する遺伝子では、EGFR、ALK、ROS1、BRAFの4種類が確認されており、それぞれに対する阻害薬が開発されています(2018年11月時点)。また、東アジアではEGFR遺伝変異をきたす肺がん患者さんの割合が欧米に比べて多く、日本人の場合、非喫煙者の腺がん患者さんの約5割はEGFR遺伝子に異常が起こっていることが明らかにされています。そのため、日本ではEGFR阻害薬がよく使用されています。
このように、特定の遺伝子異常がある患者さんに対しては、分子標的治療薬は効果が期待できますが、すべてのタイプの肺がんに効くわけではありません。たとえば、扁平上皮がんの場合、特定遺伝子の異常が原因であるケースはたいへん少ないので、分子標的治療薬の効果は期待できません。
免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身の免疫機能に着目したがん治療薬です。免疫は自分の体を守るために大切な機能ですが、免疫が過剰になってしまうと自己免疫疾患やアレルギーを発症する恐れがあるため、細胞には自らの免疫反応を抑制する仕組みが備わっています。がん細胞はこの仕組みを利用して、免疫が自分を攻撃できないようにしてしまっているのです。
人の免疫機能で中心となる存在は、白血球の一種であるT細胞(Tリンパ球)です。T細胞の表面には、免疫が自分を過剰に攻撃しないためにブレーキをかける“PD-1”や“CTLA-4”という免疫チェックポイントがあります。T細胞以外の正常な細胞には、免疫チェックポイントの受容体があります。正常な細胞と同じように、がん細胞も、免疫チェックポイントの受容体(PD-L1など)を持つようになります。がん細胞に免疫チェックポイント受容体が発現し、T細胞の免疫チェックポイントとがん細胞の免疫チェックポイント受容体が結合した場合、免疫反応の抑制が起こり、T細胞はがんを攻撃できなくなってしまいます。
免疫チェックポイント阻害薬は、抗体の作用によってがん細胞の受容体と免疫細胞の結合をブロックします。T細胞の免疫チェックポイントと免疫チェックポイント抗体が結合すれば、免疫チェックポイントとがん細胞の免疫チェックポイント受容体は結合できず、がん細胞による免疫反応が抑制される、つまりブレーキがかかっている状態を解除することができます。こうして解放されたリンパ球は、がん細胞への攻撃を開始します。
免疫チェックポイント阻害薬は、分子標的治療薬では治療効果が望めないケースが多い扁平上皮がんにも効果を示すことが明らかになっています。
なお、免疫チェックポイント阻害薬の欠点としては、間質性肺炎、大腸炎、皮疹、甲状腺機能低下症、糖尿病などの副作用が挙げられます。細胞障害性抗がん薬に比べて副作用は少ないと報告されていますが、今までの薬とは作用機序が異なるため、いつどのような副作用が起こるか予測困難な点に注意が必要です。
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