予後不良ながんのひとつとして知られる肺がんは、喫煙や遺伝子変異などさまざまな原因によって発症します。がんの発生箇所やがん細胞の性質によって進行速度や有効治療法が異なるため、それぞれのがんに適した治療法を考えることが大事です。本記事では、肺がんの基礎情報、診断法および治療の選択について解説します。
肺がんについて解説するにあたり、まずはがん細胞がどのように体内で増殖していくかを説明します。
人の体は約60兆個の細胞で構成されており、日常的に私たちの体内では細胞の変異や分裂が繰り返されています。正常な過程で起こる細胞の増殖は一定範囲内にとどまり、周りの組織に浸潤したり、組織を破壊したりすることはありません。しかし、何らかの原因で、本来のはたらきを失った細胞が、ほかの組織を破壊しながら、正常な範囲を超えて増殖することがあります。この状態にある細胞が一般的にがん細胞と呼ばれます。
肺がんとは、肺胞と気管支の部分に発生するがんの総称です。がん細胞の形や大きさ、性質によって、非小細胞肺がん(扁平上皮がん、腺がん)と小細胞肺がんに分類されます。
腺がんは肺の奥側にある肺胞に発生します。がん細胞の成長速度は遅く、緩やかに進行します。日本の腺がん患者さんの半数以上は、遺伝子異常が原因とされています。腺がんには、記事2『肺がんの薬物療法(免疫療法・分子標的治療など)』でご紹介する分子標的治療薬による治療の効果が期待されます。
扁平上皮がんは喫煙が大きな発症リスクのひとつとなる肺がんです。通常は肺の入り口付近(肺門)や中心部に発生し、CTやレントゲンなどの画像診断では病変の確認が難しいため、発見されたときにはかなり病期が進行してしまっている場合も少なくありません。また、扁平上皮がんの患者さんの肺は、喫煙によってダメージが蓄積しているため、手術治療が困難なことがあります。
一方、扁平上皮がんは、血痰などの痰の症状が早く出やすいという特徴があります。この特徴を扁平上皮がんの早期発見につなげるため、喫煙者でハイリスク群*に該当する方が肺がん検診を受ける際は、喀痰細胞診を追加することが、肺がん診療ガイドラインで推奨されています。
*ハイリスク群の定義は、「50歳以上で喫煙指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が600以上」または「40歳以上で6ヵ月以内に血痰のあった方」です。喫煙指数は、「1日に吸うタバコの平均本数」×「喫煙年数」で計算されます。(例:1日紙たばこ30本を20年喫煙している場合=喫煙指数は600となり、ハイリスク群に該当。)
小細胞肺がんは肺の入り口付近に発生するタイプの肺がんで、扁平上皮がんと同様に喫煙との関係性が指摘されています。非小細胞肺がんに比べて、小さながん細胞が密集しているため、がん細胞の増殖速度が非常に速く、転移しやすいことが特徴です。
小細胞肺がんは、肺がんの中でも予後が悪く、発見された時点で転移を起こしていることが多いため、通常は薬物療法や放射線療法を中心にした治療が選択されます。
肺がんの主な原因の1つは、たばこです。日本肺癌学会によると、喫煙者は非喫煙者に比べて、肺がんにかかるリスクが男性で4.4倍、女性で2.8倍、非喫煙者であっても受動喫煙で肺がん発症のリスクが1.2~2倍に増加するといわれています。このリスクは喫煙年数や喫煙本数が多いほど上昇します。ただし、肺がんの中でも腺がんの場合は、遺伝子変異が原因となることが多く、喫煙の有無にかかわらず発生する可能性があります。
たばこや遺伝以外には、公害や石綿(アスベスト)の吸入が肺がん発症に関係していることが知られています。
肺がんの検査では、次の3段階で患者さんの肺の状態を調べていきます*。
*実際の診療時には、3段階の検査を一部同時に行うこともあります。
まず、がんと思われる特徴があるかどうかを検査します。存在診断では、主に胸部レントゲンやCTによる検査が行われます。
次に、検体採取を行い、病変ががんであるかどうかを検査します。存在診断による画像所見だけでは、その病変が本当にがんであるかどうかを識別できないからです。肺がんの検体採取には、気管支内視鏡検査(生検)を用いることが一般的ですが、気管支内視鏡が使えない場合は、胸腔鏡検査(胸膜生検)や外科的針生検、CT経皮肺生検などの方法が用いられます。
最後に、がんの広がりを調べるための検査を行います。病期診断においてまず行う検査は胸部造影CTです。CTでは、首から骨盤付近までを撮影してがんの浸潤の程度や転移の有無を調べます。CTでは、肺、肝臓、副腎などへの転移を確認することができます。このほか、脳転移の確認には脳MRI、骨転移の確認には骨シンチが用いられます。また、脳以外の転移を調べるためにPET-CTによる検査が行われる場合もあります。ただし、PET-CTには大掛かりな装置が必要で、費用も高額であることから、実施していない施設もあります。
治療法を決める際には、患者さんの全身状態、すなわち日常生活の自立度の指標である「PS(パフォーマンス・ステータス)」が重視されます。PSは0~4の5段階で評価され、指標が0または1に該当する方が、肺がんの標準治療*の対象となります。
*多数の医師の間でエビデンスが証明された、第一選択としてもっとも推奨される治療法のこと。
【PSの定義*】
0:全く問題なく活動できる。発病前と同じ日常生活が制限なく行える。
1:肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行うことができる。例:軽い家事、事務作業
2:歩行可能で自分の身の回りのことはすべて可能だが作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす。
3:限られた自分の身の回りのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。
4:全く動けない。自分の身の回りのことは全くできない。完全にベッドか椅子で過ごす。
出典:Common Toxicity Criteria, Version2.0 Publish Date April 30, 1999
引用元:JCOG ホームページ http://www.jcog.jp/(日本語訳)
PSが0や1の方には肺がんに対する治療を積極的に行うことができますが、PSが2以上で全身状態が悪い方や寝たきりの方、年齢や合併症の問題で治療の負荷に耐えられないことが予測される方には標準治療が適応できません。また、肺がんの治療と共に、日常生活の支援や合併症への対応を含めた全身状態への介入も必要です。このように、肺がんの治療とは単純にがんのみを治療すればよいものではなく、患者さん一人ひとりのPSや合併症の状態を確認しながら慎重に検討していくことが大切になります。
根治を目指す場合の肺がん治療の基本的な考え方は、外科治療によるがんの完全切除です。早期非小細胞肺がんなど、手術による切除が見込める場合は、原則的に手術を行います。しかし全身状態が悪い、体力が著しく低下しているなどの理由で手術に耐えられないと判断された場合は、放射線療法または薬物療法を検討します。
放射線療法には、根治を狙って照射する根治照射と、脳転移や骨転移などの転移に伴う症状を和らげる緩和照射、脳転移予防目的で行われる予防的全脳照射などさまざまな方法があります。
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