腎臓がんの外科手術は、かつて行われていた開腹手術で片方の腎臓を全摘する方法から、現在では腹腔鏡を使って腎臓の腫瘍だけをくり抜く部分切除法へと移り変わっています。また2016年、手術支援ロボット「ダビンチ®」による腎臓の部分切除が保険適用となりました。第4世代の最新バージョン「ダビンチXi®」を駆使した腎臓がんのロボット手術について、帝京大学医学部附属病院泌尿器科准教授の井手久満先生にお話をうかがいました。
腎臓がんの根治的な治療は手術が基本となります。かつては開腹手術で片側の腎臓を全て摘出する手術が主に行われていましたが、その後主流は腹腔鏡(ふくくうきょう)という内視鏡を使った手術に移行していきました。
現在、腎臓の腫瘍だけをくり抜いて切除する方法でも、腎臓全体を摘出した場合と比べて、治療成績にさほど差がないということが知られています。そのため、手術のやり方は、可能であれば腫瘍だけを部分切除するという方向に変わりつつあります。大きな腎細胞がんの場合には開腹しないと取れないことがありますが、腫瘍の大きさがある程度までの範囲に留まっていれば、腹腔鏡で手術ができるようになってきたのです。
腹腔鏡手術には、主にふたつの課題があります。
ひとつは出血によるリスクです。腹腔鏡手術は従来の開腹手術に比べて出血が少ないという利点がありますが、腎臓は血流が豊富な臓器であるため、腹腔鏡下であっても出血が大きなリスクとなっていました。もうひとつは、縫合が難しいという問題です。
腎臓がんのロボット手術では、上記二点の課題をクリアすることができます。
ロボット手術が導入されたことによって、拡大した画面をみながら非常に操作性の優れた鉗子(かんし)で手術ができるようになり、出血も少なく短時間で手術ができるという優位性が出てきました。
また腫瘍をくり抜く部分切除を腹腔鏡で行う場合、腹腔内という狭い範囲で鉗子を操作するため、高度な手技が必要とされていましたが、手術支援ロボットのダビンチ®はそのハードルを引き下げました。その優れた操作性によって、より正確に、かつ少量の出血で迅速な手術ができるようになったのです。
術野が明るい3Dの拡大画面で見られる点もメリットですが、何よりもロボットのアームは人間の手では不可能な方向へ曲がるので、鉗子の操作性に関しては腹腔鏡下で行う場合に比べて非常に優位性が高く、縫合についてもその正確さやスピードが圧倒的に違います。
手術に要する時間は腫瘍の位置や大きさにもよりますが、通常2〜3時間程度です。
その間、カメラで撮影している術野は大きなディスプレイに映し出すので、執刀医だけでなく助手や他のスタッフにも3D映像で同時に共有することができます。
腫瘍だけをくり抜くときには、腎臓の大きな血管である腎動脈をクランプ(遮断)します。つまり出血しないように血流を止めてから腫瘍をくり抜くわけですが、その際に血流を止めている時間は短ければ短いほどよいということになります。
ロボット手術は操作が速いのでその時間を明らかに短縮することができます。
したがって、術後の腎機能の回復も従来の腹腔鏡手術より良好であるといえます。
腎臓がんは腫瘍をきちんと取り切れれば予後(治療後の容態の経過)の悪いがんではありません。
ロボット手術の成績自体は以前の腹腔鏡手術と同等であり、がんの取り残しや再発のリスクについても変わりません。ただし、術後の合併症については少ないといえます。これはやはり出血が少ないという大きなメリットがあるためです。
患者さんには手術の前日に入院していただき、その翌日に手術を行います。
抜糸までは約1週間を要し、多くの場合抜糸するまでは入院していただいています。抜糸後、縫合の状態がよいことを確認してから退院となります。
したがって、入院期間は全期間で7〜10日程度です。ただし、手術時にお腹の筋肉を一部切ってしまった場合、回復にはもう少し時間がかかります。
これまで、ロボット手術のデメリットとして費用が高額であるという問題がありました。自由診療であったため、手術あたり数百万円単位の医療費がかかっていたのです。
しかし2016年4月から腎臓がんの部分切除が保険適用になりました。
このことによってこれまで経済的な負担がネックになっていた患者さんにもロボット手術のメリットを享受できる可能性が拡がったといえます。ですから、手術の件数は今後増加していくと予想できます。
前項で述べた通り、腎臓がんのロボット手術は部分切除に関してのみ保険適用となりました。ですから、腎臓を全摘するロボット手術は現在の保険では認められていません。
たとえば腫瘍が大きくて腎臓の半分ほどを占めるような場合や、あるいは腫瘍の位置が血管と非常に近いような場合には、腫瘍だけをくり抜くことが困難なため、腎臓を全摘するという選択をすることがあります。
とはいえ、腎臓を全部取ってしまういわゆる腎摘除術であれば、従来の腹腔鏡下でも十分安全に行うことができるため、あえてロボットで手術を行う必要はないかもしれません。
(※実際には部分切除で行う腎臓がん手術が多く、腎臓を全摘しなければならないケースはかなり限られます。)
帝京大学医学部附属病院では2012年からダビンチ®によるロボット手術を導入していますが、2016年3月にはXiという最新機種にバージョンアップしています。これは関東・東北圏では初の導入です。
ダビンチ®は改良を重ねてスタンダードからバージョンS、次にSiへと発展し、Xiは第4世代に当たります。Xiになって改良された点はいくつかありますが、たとえば鉗子の機能のひとつである電気メスでは、切開と同時に凝固によって止血できるという機能が加わり、操作性がより向上しています。
また、従来のバージョンでは患者さんの身体に対して一定方向からしかアプローチできなかったのですが、それがどの方向からでもアプローチできるようになったことも大きなメリットです。
さらに最新バージョンでは蛍光カメラが使えるようになり、蛍光色素が見られるようになりました。たとえば前立腺がんなどでは、がん細胞に集まる性質を持つ物質を注射すると、転移したリンパ節が光って見える様子をリアルタイムで観察できるようになっています。
現在、ダビンチ®による腎臓がんのロボット手術では、ごく小さな切開でポートと呼ばれる小さな穴を数か所に設けます。鉗子操作用のアーム3本と内視鏡カメラの合計4本がそのポートから挿入されます。
将来的にはポートをひとつだけ設け、そこから挿入したアームが展開して手術が行えるような形の製品を開発しているそうです。そうなれば患者さんにとってもより傷が少なくなるというメリットがあります。
ただしロボットの導入コストの高さが難点になっています。現在はまだダビンチ®のほかに競合製品がありませんが、アジア諸国でも新しいロボットの開発が進んでいますので、今後それらが製品化されれば価格が下がる可能性はあるでしょう。
※ダビンチ®の画像は、インテュイティブサージカル合同会社ウェブサイトより許可を得て転載しております。
順天堂大学大学院医学研究科 泌尿器外科 デジタルセラピューティックス講座 特任教授
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