ヘルニアとは、腹腔内容物(腸管や脂肪)が、腹壁に生じた(または生まれつき有する)欠損部(脆弱となった部分)を通じて飛び出す状態をいいます。いわゆる脱腸です。腹部のヘルニアの80%は鼠径部に生じ、鼠径ヘルニアと呼びます。
今回は、国立国際医療研究センター病院外科医師の三原 史規先生に、鼠径ヘルニアの概要や原因、診断方法などを中心にお話を伺いました。
腹壁には、本来は硬い組織である、筋膜と筋肉があり、さらにその内側に腹膜という薄くて伸びやすい膜があって、腸管などの腹腔内臓器を守っています。
しかし、硬い組織である筋膜に欠損部や脆弱な部分があると、そこに腹圧が集中し、伸びやすい腹膜がたるんでヘルニア嚢と呼ばれる袋を形成します(ダムに小さな穴があると、そこに水圧が集中し決壊するイメージです)。
このヘルニア嚢を通じて、腸管などの臓器が硬い筋膜を乗り越えて皮膚の下に脱出してしまうのがヘルニアです。硬い筋膜を乗り越えるので、圧迫により痛みや違和感を生じたり、後述する腸閉塞の原因になったりします。
鼠径部とは、上のイラストのとおり、左右の大腿の付け根の部位を指します。鼠径ヘルニアとはこの部位に生じるヘルニアの総称です。
鼠径ヘルニアには、一般的に内鼠径ヘルニア、外鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの3種類があります。鼠径部のどの部分から内容物が出てくるかによって種類が異なります。鼠径ヘルニアは80~90%が男性であり、その多くは外鼠径ヘルニアです。一方、女性は大腿ヘルニアの割合が高く、その違いは男女の解剖学的な差異に基づくと考えられます。これらは内容物が出てくる部位の違いのみではなく、後で述べますが、症状や経過などにも違いがあります。
外鼠径ヘルニアは、睾丸につながる血管や精管(精子を輸送する管)の通り道(入り口を内鼠径輪といいます)に沿って、皮下に腸の一部が出たり入ったりします。このような解剖学的理由から外鼠径ヘルニアは必然的に男性に多い鼠径ヘルニアです。
内鼠径ヘルニアでは、内鼠径輪の内側の腹壁が弱くなることで空間が広がり、そこから直接皮下に腸などの内容物が出入りします。
大腿ヘルニアは、下肢につながる血管の通り道(大腿輪といいます)の隙間から、腸が飛び出します。男性で大腿ヘルニアを発症する患者さんはまれですが、女性の場合はむしろ大腿ヘルニアの割合が高く、その1つの理由は、女性のほうが、大腿輪がより広いためと考えられています。
腸の一部がヘルニア門に挟まり込んで、お腹の中に戻らなくなってしまった状態を嵌頓といいます。嵌頓を放置すると腸が虚血(血流が減少、または途絶えること)の状態となり、腸閉塞*や腸が壊死するケースもあります。そのため、嵌頓と診断された場合は、早めの処置が必要です。
これまでのデータでは鼠径ヘルニアが嵌頓する確率は年間約0.3~3%と比較的低率ですが、種類によって経過が異なり、外鼠径ヘルニアは内鼠径ヘルニアよりも嵌頓しやすく、また女性に多い大腿ヘルニアは鼠径ヘルニアに比べて高率に嵌頓するため、早めの手術が必要です。
*腸閉塞とは、口から摂取した食物や消化液の流れが、腸の中で滞ってしまう病気です。腹痛、吐き気、嘔吐などの症状が現れます。
鼠径ヘルニアを発症する原因は、先天性(生まれつき)と後天性(生まれた後に発症する)があります。
男性に多いですが、先天性にヘルニア嚢が存在するため、乳幼児期から鼠径ヘルニアを発症します。自然閉鎖することもありますが、多くは手術が必要となります。学童期になってから発見されることもあります。
一方、後天的な鼠径ヘルニアでは、加齢が1つの要因になっていることは疑いがないようです。立ったり歩いたりという行為は、慢性的に鼠径部に重力などの圧力が加わっています。そこに加齢による腹壁そのものの脆弱化も加わって、ヘルニア門とヘルニア嚢が形成され、ヘルニアを発症すると考えられます。
また、加齢に加え、長時間の立ち仕事の方や、慢性的な便秘や慢性的な咳嗽がある方などは、より圧力のかかる状況が加わるため、発症の可能性が高くなると考えられます。
鼠経ヘルニアの患者さんは、鼠径部に膨らみができ、不快感や違和感、あるいは痛みを訴えて病院に来られる方がほとんどです。また、立っているときは膨らみや違和感を感じるのに、横になると内容物がお腹の中に戻るので、膨らみや違和感がなくなるという姿勢による変化は、鼠径ヘルニアに特徴的です。
嵌頓状態では横になっても内容物はお腹の中に戻りません。また強い痛みを感じることがあります。このような状態は処置が必要ですので、すぐに受診してください。
鼠径ヘルニアの診断は、基本的に問診と患部の視診(目で見て観察する)・触診(手で触って調べる)で下すことが可能です。しかし、それのみではヘルニアの種類までは確定できないこともあります。また、まれではありますが、精索水腫*や精索静脈瘤**、リンパ節の炎症などといった、鼠径ヘルニア以外の鼠径部が腫れる病気が原因であることもあるため、当院では超音波検査も併用して、診断の精度を高めています。
超音波は、たとえばCTのような放射線被曝などの患者さんの体への負担がなく、患部に当てるだけで、病気の鑑別から鼠径ヘルニアの種類まで見分けることが可能なので大変有用と考えています。
*精索部に液体が溜まる病気です。
**睾丸の静脈に血液が逆流し、こぶ状に膨れる病気です。
これまでお話ししてきたとおり、鼠径ヘルニアは病気というより体の構造的な問題であるため、自然治癒は期待できません。程度や症状によってはしばらく経過を見ることもありますが、治療は手術が原則です。
当院では、鼠径ヘルニアの手術方法として、鼠径部を切開する鼠径部切開法と、腹腔鏡を用いる腹腔鏡下修復術を行っています。
ここまで、鼠径ヘルニアの種類や症状、診断方法を中心にお話ししました。記事2『鼠径ヘルニア(脱腸)の手術――種類や入院期間、再発の可能性はある?』では、引き続き、当院で行われている鼠径ヘルニアの手術方法について詳しく解説します。
国立国際医療研究センター病院 肝胆膵外科
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