一般的な健康診断の項目に含まれる尿検査では、尿中の蛋白(たんぱく)や潜血の有無を確認します。尿の中に蛋白や潜血が認められた場合、考えられる病気のひとつに「IgA腎症」という腎疾患があります。初期には無症状である場合も多いIgA腎症ですが、放置してしまうとやがて透析治療が必要な腎不全に至ることもあるため、慎重な対応が重要です。IgA腎症とはどのような病気なのでしょうか。東京女子医科大学腎臓内科准教授の森山能仁先生にお伺いしました。
IgAとは免疫グロブリン(Immunoglobulin)Aの略称で、その名の通り免疫の役割を果たす抗体です。免疫グロブリンには5種類ありIgAは体外から侵入した細菌やウイルスと戦う抗体の中のひとつです。通常はのどや気管支を守り、体にとってプラスに働くIgAですが、たとえば扁桃炎や上気道炎(かぜ)を起こすと扁桃から刺激物質が分泌され、これにより正常なIgAとは異なる形をした別のタイプのIgAが作られます。口腔内感染により産生された異常なIgAは免疫複合体を形成し、血液にのって腎臓へと流れつきます。
このIgAが、腎臓においてフィルターの役割を果たしている「糸球体(しきゅうたい)」に沈着すると、糸球体に炎症が起こり、糸球体内の細胞浸潤や血管の断裂が生じ、その結果フィルターの機能を十分に果たせなくなって尿の中に蛋白や血液(赤血球)が出てしまうことがあります。これが、本記事で取り扱う「IgA腎症」です。
IgA腎症は20代など比較的若い方に多くみられる疾患であり、放置すると糸球体全土に炎症が広がりやがて硬化してしまい、そのような糸球体が増えていくと腎機能の低下を来してしまいます。そのため、現在日本では、糸球体の炎症を早期に抑えるための治療法「扁桃摘出術+ステロイドパルス療法」(後述)が主流となっています。
IgA腎症の原因となる外因性抗原は、現在のところ明らかになっていません。上気道炎(風邪)や扁桃腺炎の感染をきっかけとして発症するケースが多いことはわかっているものの、IgA腎症を引き起こす特定のウイルスや細菌の存在は確認されていないのです。
また、かつては大豆やグルテンなど、食べ物との関連を報告した論文もありましたが、これらにも決定的な抗原にはなり得ず、現時点では原因となる物質は見つかっていません。
ただし、上述した上気道炎・扁桃腺炎などの感染を契機として発症する人が多いことや、感染後に肉眼で確認できる血尿(肉眼的血尿)が出るケースがあること、また、既にIgA腎症と診断されていた患者さんの病状が感染を機に悪化することもあることから、IgA腎症は口腔内感染と何らかの関連がある可能性は高いと考えられています。治療において、腎臓とは離れた部位である扁桃腺を摘出するのもこのような理由によります。
IgA腎症は遺伝性疾患ではありません。しかしながら、全症例のうち約10%は家族内発生していることがわかっているため、遺伝要素も多少はあるのではないかと考えられています。
ただし、現時点ではIgA腎症を起こす特定の遺伝子や家族性 IgA 腎症全てに共通する遺伝子というものは発見されておらず、IgA腎症と遺伝の関わりについては、今後研究を進めていくべき分野であるといえます。
IgA腎症の多くは無症状の段階で、検診時に行う尿検査をきっかけに発見されます。日本は検診システムが整備されており、学校や職場、市町村区で実施される一般健康診断の尿検査によって、早い段階で異常を発見することができています。IgA腎症は、欧米諸国に比べ日本に多くみられることで知られていますが、この理由のひとつにはIgA腎症の可能性の有無をスクリーニングできる体制が整っていることもあるのではないかと考えます。
また、上気道炎や扁桃腺炎に罹患した後、肉眼的血尿が出る方もいます。ただし、このような症状が現れる方は全体の10%程度と多くはありません。
腎機能が低下するスピードは比較的遅く、IgAが糸球体のフィルターに沈着すると、数か月かけて炎症を起こしながら徐々に組織を破壊していきます。そのため、ほとんどの場合、発見時の腎機能は正常です。
診断の時点で腎機能の顕著な低下がみられる症例は急激に発症・進行するケースは稀で、大半は、尿検査で蛋白尿や血尿が認められたあと、5年や10年といった期間が経過しているものです。
腎機能に低下がみられるIgA腎症は予後不良となる(数十年後に腎不全などになる等)ことが多いため、尿検査で異常があった場合は放置しないよう注意しましょう。
尿検査で血尿と蛋白尿が陽性となり、IgA腎症が疑われる場合、腎生検を行って確定診断をつけます。
IgA腎症の初期では腎機能は正常であり、蛋白尿は陰性、血尿のみが陽性となることもあります。ただし、血尿は糸球体に炎症が起きているサインであることも多いため、IgA腎症の重要な徴候であると捉え、見逃さないよう注意を払うことが大切です。東京女子医科大学病院では比較的軽いと考えられる症例でも腎生検を行っており、腎生検施行症例のうち約50%はIgA腎症と診断されています。日本の統計でも、腎生検を行った症例のうちIgA腎症と診断されるのは約40%~50%と高い数値を示しています。
IgA腎症は腎生検を行えば比較的容易に診断できますが、逆に腎生検を行わなければ確定診断をつけることはできません。
たとえば軽い血尿が認められた場合、IgA腎症のほかに菲薄基底膜病(良性家族性血尿)や感染後の腎炎では急性糸球体腎炎である可能性もあります。これらの鑑別のためにも、腎生検を行う必要があります。
現在日本で主流となっている治療法は、ステロイド薬の大量投与(点滴投与)と扁桃腺の摘出手術を組み合わせた「扁桃摘出術+ステロイドパルス療法」(以下、扁摘パルス療法)です。
当院では扁桃腺摘出術に併せて、イタリアのPozziらの方式を採用した、約半年かけて合計3回のステロイドパルス療法を行う治療を施行しています。
扁桃腺摘出術は耳鼻科で行う手術であり、当院の場合は2回目もしくは3回目のステロイドパルス療法時に手術を行うことが多くなっています。
大量のステロイド薬を1回約2~3時間、連続的に3日間かけて点滴投与する治療法です。そのため、3日間×3回の入院が必須です。
腎生検後は再出血などのリスクを考慮し、約1週間入院して安静にしていただきます。
通常火曜日に入院し、水曜日に腎生検を施行、出血などの問題がなければ日曜日に退院になります。
IgA腎症と確定診断がついた場合は、1回目のステロイドパルス療法を行うため、後日再入院になります。3日間の入院になりますが仕事や学校を考慮し金曜日から日曜日や土曜日から月曜日の3日間の入院なども可能です。
退院後は1日おきにステロイド薬を内服し、2~3か月後に2回目のステロイドパルス療法を実施します。
内服するステロイド薬(プレドニゾロン)は体重1kgあたり0.5mgで、50kgの人であれば25mg(1錠5mgのため1回5錠)となります。
耳鼻科で行う扁桃腺摘出術の入院期間は約1週間で、退院後問題ないのを外来にて確認の上腎臓内科に3日間再入院して頂きステロイドパルス療法を行います。
退院後、再び1日おきにステロイド薬を内服します。2~3か月後に3回目(最後)のステロイドパルス療法を行います。
3日間の入院期間を再度要します。初回同様に週末など、仕事に可能な限り支障がでないスケジュールを組んで行います。
3回目のステロイドパルス療法が終わった後(7か月目)に、1か月ほどかけてステロイド薬を1錠ずつ減量し、治療終了となります。
前項でも触れたように、当院ではイタリアのPozziらの方式に則って、半年間かけて治療を行っています。これは、腎臓内科での診断後に耳鼻科で扁桃腺摘出術を行うためのスケジュール調整が必要であることなど、大学病院ならではの特性とも関係しています。
一般病院の中には、3週連続でステロイドパルス療法を行う「仙台式」(堀田修先生考案)を採用している施設も多々あります。仙台式では、診断後すぐに扁桃腺摘出術を行い、1週間以上の間隔をあけて1回目のステロイドパルス療法(3日間)を行います。その後4日間連続で30mgのプレドニゾロン内服を1クールとし、計3クールの治療を行うというものです。その後は30mgのプレドニゾロンの内服を一日おきに行い、内服量を少しずつ減らし1年で中止します。
連続的に治療を行う方法ですのでトータルの入院期間は当院より長くなる施設もあれば、2回目以降のパルスを外来で施行したり、パルス間のステロイド薬内服治療中は退院となる施設もあるようです。各施設の治療スケジュールを聞き、ご自身のライフスタイルに合わせて選ぶのもよいかもしれません。
尚、扁桃腺摘出術に併せるステロイドパルス療法においてPozziらの方式と仙台式のステロイドパルス療法による治療成績に顕著な差はみられません。また、初回に扁桃腺摘出術を行う場合と、2回目もしくは3回目に実施する場合の比較調査も行いましたが、こちらも大きな差はないと考えます。
東京医科大学腎臓内科 准教授
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下腹部左下の鈍痛
下腹部左下に鈍痛があります。 今も耐えられない痛みでは無いんですが、キリキリ痛みが続いてます。 何が原因でしょうか。
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