インタビュー

扁桃摘出術の安全性と合併症-扁桃を病巣とするIgA腎症の治療の進歩

扁桃摘出術の安全性と合併症-扁桃を病巣とするIgA腎症の治療の進歩
原渕 保明 先生

旭川医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 教授

原渕 保明 先生

この記事の最終更新は2017年05月26日です。

扁桃の病気というと、子どもがかかりやすい急性扁桃炎などを想像される方が多いでしょう。しかし、のどから離れた腎臓に炎症が起こり、進行すると末期腎不全に陥ることもあるIgA腎症もまた、扁桃を原病巣とする病気です。このような病気を扁桃病巣疾患(へんとうびょうそうしっかん)と呼びます。IgA腎症の問題の根本は扁桃にあるため、耳鼻咽喉科で扁桃摘出術を行わなければ、たとえ腎移植をしたとしても再発を繰り返す可能性があります。

扁桃摘出術の手術時間や合併症について、旭川医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座教授の原渕保明先生にご解説いただきました。

記事1『画像でみる掌蹠膿疱症などの扁桃病巣疾患-咽頭から離れた部位に症状が現れる』では、扁桃を原病巣とする腎臓の病気、IgA腎症が提唱され始めたのは、1960年代のことであったと述べました。IgA腎症に対する扁桃摘出術(+ステロイドパルス療法)の有効性が報告され始めたのは、さらに20年の年月を経た1980年代のことです。

しかしながら、扁桃と遠隔臓器に起こる症状との関係性は、これよりはるか昔から考えられてきました。

たとえば、紀元前5世紀には、ギリシャの医師・ヒポクラテスが口腔内の病気と関節リウマチの関連を述べています。

現在へと繋がる研究が盛んに行われるようになったのは、20世紀に入り間もない頃のことです。20世紀初頭、ドイツにおいて病巣扁桃研究会が発足し、扁桃炎と慢性感染性心内膜炎関節炎腎炎などの関係性が論じられるようになりました。

この時代、扁桃病巣疾患にはβ溶血性レンサ球菌感染後の糸球体腎炎やリウマチ性疾患などが多く、感染症が発生機序に関与していると考えられていたため、日本でも扁桃病巣感染症という呼称が使用されていました。

その後、有効な抗菌薬が開発されたことでβ溶血性レンサ球菌による感染症は減少し、病態解明が進んだことで、呼称も扁桃病巣疾患と改められました。

現在では、IgA腎症が扁桃病巣疾患の代表疾患となっています。

私は1983年に札幌医科大学の耳鼻咽喉科に入局して以来、扁桃病巣疾患の病態解明を研究テーマとしてきました。長きに渡る研究により、現在ではIgA腎症掌蹠膿疱症(記事1『画像でみる掌蹠膿疱症などの扁桃病巣疾患-咽頭から離れた部位に症状が現れる』)などの扁桃病巣疾患は、自己免疫免疫機序によって発症することが明らかになっています。

私たち人間の扁桃や口腔内には無数の常在菌が棲息しており、通常は粘膜の免疫が常在菌に対して過剰な攻撃を加えることがないよう、免疫寛容機構が働いています。

免疫寛容とは、ある特定の抗原に対して免疫反応が抑制された状態のことを指します。

この免疫寛容が破綻し、過剰な免疫応答が起こることで、扁桃病巣疾患が引き起こされます。

たとえばIgA腎症の場合は、扁桃で過剰に産生された異常な免疫複合体(IgA複合体)が血流にのって腎臓にたどり着き、糸球体に沈着して炎症を起こすと考えられています。

記事1『画像でみる掌蹠膿疱症などの扁桃病巣疾患-咽頭から離れた部位に症状が現れる』で解説した掌蹠膿疱症や胸肋鎖骨過形成症などの場合は、同様のメカニズムで産生された免疫複合体や自己抗体が、皮膚や関節に沈着することで起こります。

資料提供 原渕保明先生

IgA腎症の症状には、血尿や蛋白尿があります。現在、日本では学校や職場における健康診断が義務付けられているため、尿検査によりIgA腎症が発見される患者さんが多くなっています。

また、典型的な発見パターンとして、急性扁桃炎や風邪(上気道炎)のあとに血尿が出て、病院を受診されるというケースも挙げられます。

ただし、肉眼的血尿(目に見える血尿)は全てのIgA腎症の患者さんに現れる症状ではありません。そのため、定期的に検査を受け、異常が見つかった場合には病院を受診することが極めて重要です。

IgA腎症を根治し得る有効な治療法は、扁桃摘出術とステロイドパルス療法(ステロイド薬の大量投与)を組み合わせた扁摘パルス療法です。

IgA腎症は腎臓内科の疾患ですので、診断や治療方針の決定、ステロイドパルス療法は腎臓内科で行い、扁桃摘出術を耳鼻咽喉科が行います。このように、扁桃病巣疾患の治療は、診療科の垣根を超えて横断的に行われています。

扁摘パルス療法は、1988年に当時仙台社会保険病院に勤めておられた堀田修先生が考案し、2001年に早期段階のIgA腎症を根治しうる治療としてアメリカの医学雑誌(AJKD)に報告した比較的新しい治療です。

今から約20年前には、腎臓内科医の間でも扁桃を摘出することの是非が議論されており、適切な治療が受けられない”IgA腎症難民“と呼ばれる患者さんも発生していました。

扁桃摘出術(+ステロイドパルス療法)以外のIgA腎症の治療法とは、生涯にわたりステロイド剤を内服し続けるというものです。

しかし、ステロイド剤には強い副作用があります。先にも述べたように、扁桃病巣疾患は何らかの免疫異常により起こるものであり、免疫抑制剤による治療を要する患者さんはIgA腎症の患者さんのみに限りません。

副作用に悩みつつも長期にわたりステロイド剤を内服するしかないとされていた患者さんにとって、わずか1時間ほどで終わる扁桃摘出術という選択肢が登場したことは、大きな希望となったのではないかと感じています。

2001年に仙台から発信された扁摘パルス療法は、その後全国・全世界へと広がり、2014年には、『エビデンスに基づくIgA腎症診療ガイドライン2014』にも採用されました。

両側の扁桃を摘出する扁桃摘出術は、耳鼻咽喉科の手術のなかでも難易度が低く、日常的に行われる頻度が最も高い手術のひとつです。

また、若手医師が最初に習得する手術のひとつでもあり、耳鼻咽喉科の常勤医がいる施設ならば全国どこでも行うことができます。

このような扁桃摘出術の位置づけからも、手術の安全性の高さがお分かりいただけるかと思います。

手術には全身麻酔を用い、開口器と呼ばれる医療機器によって患者さんの口を大きく開いた状態で両側同時に行います。

手術時間は30分から1時間ほどで、術後は1週間ほど入院していただきます。

一般の方がイメージされる組織の摘出手術とは、皮膚や臓器などに切開を加えた後、問題となっている組織を切除し、縫合するというものでしょう。

しかし、扁桃摘出術は切り取るのではなく“はぎ取る”ような方法で行う手術であり、縫合というプロセスはありません。

そのため、起こり得る合併症としては、術後の出血が挙げられます。ただし、術後出血が起こる頻度は1%~2.8%と非常に低い数値に留まっています。このような術後出血は、習慣性扁桃炎や扁桃周囲腫瘍の扁桃摘出術後に多くみられる傾向があります。

なお、輸血が必要なほどの術後出血の発生率は0.07%です。

また、術後は縫合していない開放創(傷のこと)の部分に痛みが生じますが、非ステロイド系鎮痛剤で抑制することができます。術後の咽頭痛は、平均6.3日で消失します。

このように、扁桃摘出術はリスクの少ない非常に安全な手術です。

全身麻酔を使用するため、扁桃摘出術には起因しない全身麻酔による死亡のリスクはゼロではありませんが、頻度は1.6万~3.5万件に1例(0.007%~0.003%)ほどと極めて稀です。

声を出しているようす

記事1『画像でみる掌蹠膿疱症などの扁桃病巣疾患-咽頭から離れた部位に症状が現れる』で、扁桃は免疫組織と感染臓器としての二面性を持つ臓器であると述べました。

しかしながら、扁桃が免疫組織としての役割を果たしているのは、全身の免疫機能が獲得される1歳頃までのことです。

つまり、全身の免疫機能が確立されている私たちにとっては、扁桃は細菌やウイルスの棲家となりやすい感染臓器でしかないというわけです。また、扁桃肥大により睡眠時無呼吸症候群などの病気が引き起こされることもあります。このように、扁桃は存在することで病気の原因となることがあるものの、特筆すべき役割は持たないため、摘出後に健康上差し支える問題が生じることはありません。これから扁桃摘出術を受けられる読者の方には、ぜひ安心して手術に臨んでいただきたいとお伝えしたいです。

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