インタビュー

IgA腎症の治療と予後ー扁摘パルス療法と妊娠や仕事について

IgA腎症の治療と予後ー扁摘パルス療法と妊娠や仕事について
森山 能仁 先生

東京医科大学腎臓内科 准教授

森山 能仁 先生

この記事の最終更新は2016年08月27日です。

かつては腎不全に至る割合が高いとされていたIgA腎症ですが、2000年代に入り誕生した「扁桃摘出術+ステロイドパルス療法」(扁摘パルス療法)により臨床的寛解(蛋白尿、血尿共にほぼ正常の状態:蛋白尿0.3g/日未満、尿中赤血球5個/顕微鏡1視野未満)に至る症例が増加し、予後の考え方も変化しています。また、治療期間が短くなったことで、妊娠・出産を希望される患者さんの治療スケジュールの考え方や、仕事と治療の両立に関してもよい変化が生じているといいます。

本記事では、扁摘パルス療法のメリットとデメリット(リスク)とIgA腎症の予後について、東京女子医科大学腎臓内科准教授の森山能仁先生にお話しいただきました。

扁桃腺摘出術には全身麻酔を用いる外科処置のため、手術自体への抵抗感が強い方や持病などがあり施行できない方、高齢者には向かない治療法といえます。このような患者さんに対しては、ステロイドパルス療法のみでの治療を行います。

2001年に「仙台式」(詳しくは記事1へ)の堀田修先生が考案・発表された新しい治療法であり、かつては多くの施設でステロイド薬内服単独の治療が行われていました。以前の内服単独治療では、体重が50kgの人の場合40~50mg(8~10錠)を連日内服し、2年ほどかけて減量するため投与量が非常に多く、副作用が問題となっていました。

ステロイド薬には、一般の方にもよく知られているように緑内障白内障胃潰瘍糖尿病骨粗鬆症になりやすくなる、感染しやすくなる、ニキビができやすくなる、毛深くなるなど、様々な副作用があります。

ステロイドパルス療法でもステロイド薬を大量投与しますが、ステロイド薬単独での治療と比較すると合計投与量と治療期間は大きく減少したため、副作用の問題も軽減できるようになりました。

とはいえ、扁摘パルス療法は扁桃腺摘出術を行うため、出血や痛みが生じることがあります。頻度は決して高くはなく、また輸血を必要とするような非常に激しい出血や長期間に渡る痛みが起こるというわけではありませんが、これらもデメリットとして挙げられます。

IgA腎症が初めて報告されたのは、今から約50年前の1968年のことです。IgA腎症の検査所見は、軽度の蛋白尿や血尿など重篤なものではなかったことから、1970年代~80年代初頭までは、予後はよい疾患であると考えられていました。

ところが、1980年代~90年代になり長期予後がわかるようになり、診断から20年で約40%もの症例が末期腎不全となることが報告されました。そのため、近年までIgA腎症は予後が比較的悪い疾患と捉えられていました。

1970年代からIgA腎症の治療を行っている当院でも、これまでに治療を行った1000例以上の症例の予後調査を実施したところ、診断から20年で約40%、30年では約50%が腎不全に至っていることがわかりました。(2014年の調査)

ただし、このように予後不良に陥っている症例の多くは1970年代に診断がついたものであり治療が不十分だった症例も多く、最近の症例では20年予後はもう少しよいものとなっています。特に、2000年代に入り扁摘パルス療法をはじめてからは、10年予後で腎機能の低下がみられることはほとんどなくなりました。

早期段階で糸球体に起きている炎症の活動を抑えることで、尿所見を臨床的寛解の状態に持ち込むことで、その後の腎機能低下のリスクを抑えることが可能になったというわけです。また、発症から治療までに年単位の時間が経っており腎機能の低下がみられる症例でも、腎炎の活動性を抑え込むことでその時点での腎機能(eGFRの値)をなるべく維持、腎不全への移行のリスクを減らすことも可能になりました。

全例において予後が良好というわけではありませんが、IgA腎症の予後の捉え方は確実によい方向へと変わってきていると実感しています。

冒頭で、現在の日本では軽症段階でIgA腎症の治療を行う患者さんが増えていると述べました。しかし、なかには発症から5年や10年の期間が経過してから病院に来られるケースもあり、この中には腎機能に低下がみられ、治療をしても寛解に持ち込みにくい状態にまで進行している方もいます。

IgA腎症は20代など若年発症しやすい疾患ですので、平均寿命の85歳まで生きていくと仮定すると、約60年以上にわたってそれ以上腎機能を落とさないようキープしていく必要があります。

これは非常に難しく、治療後でも長期予後が悪くなってしまう可能性はあります。

たとえばeGFRが60まで低下している腎臓の糸球体を人間にたとえると、健常時には100人で持っていた荷物を向こう60年間にわたり60人で背負わねばならないということです。すると、治療でIgA腎症を落ち着かせることができたとしても、時間の経過とともに負荷に耐えられなくなったものが1人、2人と倒れていきます。10年後には荷物を持つ人間が50人や40人に減っており、更に負荷が増えるということがイメージできるでしょう。

重い荷物を持つ若者

つまり、既に糸球体の数%が潰れてしまっているIgA腎症の治療においては(1)炎症を抑えることだけでなく(2)残存糸球体に対する負荷を可能な限り取り除くという視点も重要になるのです。残存糸球体は「過剰労働」をしいられて状態であり、具体的には潰れてしまった糸球体の分まで働くために糸球体の中の圧を上げて、血流を呼び込み仕事をしています。そのため、糸球体の負荷を取り除くための治療には、糸球体の内圧を下げる効果をもつ降圧剤であるアンギオテンシン変換酵素阻害剤(ACE阻害剤)やアンギオテンシンII受容体拮抗剤(ARB)を用います。また、残存糸球体への負荷を取り除くため、高血圧、高脂血症や肥満、高尿酸血症などの腎機能障害の進行のリスクを持ち合わせている方はそれらの治療も行うことも重要になります。

扁摘パルス療法により、半年の期間で寛解する症例が増加したことから、現在はIgA腎症の治療を行い尿所見を臨床的寛解にした後で妊娠・出産したほうがよいとも考えられます。

蛋白尿が1g以上出ている状態での妊娠は母体の腎臓に負荷となり、蛋白尿の増加や血圧上昇など妊娠中毒症のリスクを上昇させてしまいます。ですから、まず将来母子の負うリスクを取り除くためにも、IgA腎症の治療を先行することが望ましいと考えられるのです。

尚、腎機能がステージ3B(eGFR 45ml/min/1.73m2未満)に該当するほどにまで低下しているIgA腎症の妊娠・出産は、腎臓の予後に影響を及ぼすということが、当科の清水阿里助教の論文「IgA腎症の妊娠,出産の腎予後へ与える影響についての検討」でも報告されています。妊娠・出産への影響という観点からみると、IgA腎症は早期発見・早期治療が肝要といえます。

元気に働く若いサラリーマン

IgA腎症は働き盛りの若年層に多い疾患ですので、仕事と治療の両立は可能かと心配される方もいらっしゃるかもしれません。

先にも述べたように、3日間のステロイドパルス療法は週末の休日に重なるようにスケジューリングしており、また3回のステロイドパルス療法の間の期間は退院できますので、仕事には大きな影響が出ないと考え、安心して治療に臨んでいただきたいとお伝えしたいです。また、蛋白尿や血尿がありすでに腎機能が低下していると、立ち仕事やハードな作業を伴う仕事には疲労などにより腎機能への悪影響が出ます。こういった理由から、患者さんの中にはインターネットなどで治療法を調べ、軽症でも自ら希望して早い段階で治療を受けられる方も多くいらっしゃいます。

実際に、尿蛋白や軽い潜血尿があり、悪化の不安を抱えながら生活するよりも、早めに扁摘パルス療法を受けたいとおっしゃる患者さんは増加していると感じます。

しかしながら、日本のように早い段階で治療介入してその後のリスクを抑えるという考え方は、海外ではオーバートリートメント(介入しすぎの治療)なのではないかと懐疑的な捉え方をされることもあります。というのも、軽症のIgA腎症の中には、その後悪化しない症例も存在するからです。しかし、どういった症例が悪化するのか否かを判断する方法は現時点では存在しません。

尿所見が軽度の患者さんや腎生検を行い軽い症例と診断された方も、その後腎機能が落ちることもあります。ですから、私たちが目指す次のステップは、悪化しない症例を見極めることであると考えます。本当に治療介入が必要な症例とそうでないものを線引きし、必要な人に適切な治療を行うことが、IgA腎症に関する今後の課題であると考えます。

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