山口県長門市にある長門総合病院は、山口県厚生連が運営する病院です。山口県厚生連は同院の他に、山口市で小郡第一総合病院を、柳井市で周東総合病院を運営しており、各地域で救急や急性期の医療を提供しています。長門総合病院も県北部の中核的な病院として、他の医療機関やクリニックを結ぶハブになっています。
2019年春、病院長に着任された村松 慶一先生は、何よりも“患者さんに寄り添うこと”と“研究魂を忘れないこと”を大切に、この5年間全力を尽くしてきました。そんな村松先生に、同院が地域で担う役割や今後の方針について伺いました。
当院は、1944年に大津郡仙崎町に農業会長門病院として設立後、1948年に山口県厚生農業協同組合連合会(厚生連)に移管され、1972年に現在地へ新築移転しました。その後、救急告示病院、地域がん診療病院、地域災害拠点病院、第2種感染症指定医療機関等の指定を受け、現在は救急や急性期から回復期、慢性期までの患者さんの治療を行う、ケアミックス病院(複数の医療機能を併せ持つ病院)となっています。
人口減少が進行している山口県ですが、なかでも特に著しいのがここ北部地方で、現在の人口は長門市が3万人弱、萩市が4万人強です。そんな人口流出・少子高齢化が進むなか、当院には長門市、萩市、下関市の東部、美祢市の北部在住の方が多くいらっしゃっており、これらの自治体に住んでいる約10万人の方に対して医療を提供しています。
また、地域のニーズに合わせて整形外科、婦人科、小児科等の医療を提供しているほか、居宅介護支援事業、訪問看護、訪問リハビリなどで、在宅医療や介護施設との連携にも積極的に取り組んでおり、地域の医療の中核的な存在となっています。
病床数は260床で、うち急性期病棟が159床、地域包括ケア病床が40床、医療療養病床が53床、第2種感染症指定病床が8床です。診療科は内科、脳神経内科、小児科、外科、整形外科、脳神経外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科、皮膚科、泌尿器科、放射線科、リハビリテーション科、リウマチ科、麻酔科、循環器内科、病理診断科、消化器外科の18科となっています。
急性期から回復期へ、回復期から在宅へとリハビリを進めていく際に、転院を余儀なくされるというケースは多いと思います。しかし、患者さんやご家族にとってそれはとても不安なことであり、一方医療サイドとしても場所やスタッフが変わることで、情報の共有が不十分になる可能性などが危惧されます。当院では、こうした問題を解消するために当院内でシームレス医療(外来、入院、在宅医療などの間の垣根をなくした繋ぎ目のない医療)を実践しています。
これにより院内で急性期の治療が終わった後、地域包括ケア病床に移って、リハビリテーション科によるリハビリテーションをそのまま受けていただくことができますし、医療療養病床では、がんの緩和ケアなどの慢性期医療を提供できます。このように患者さんには引き続き、当院で安心して治療を受けていただくことができます。
2015年度に緩和ケア、相談支援、地域連携等の基本的がん診療を行う“地域がん診療病院”が新設された際、当院も厚労省より長門医療圏でその指定を受けました。以来、山口大学医学部附属病院と連携し、手術、化学療法、放射線治療のいわゆるがんの3大治療法をもとにした集学的な治療を行っています。
手術は年間350例(2019年)ほどで、各学会が認定するがん治療認定医が体に負担の少ない腹腔鏡下・胸腔鏡下手術を中心に治療を行っています。また化学療法では外来点滴室を設置し、通院を主とした治療が受けられます。放射線治療では、従来よりも放射線を患部に集中させて、より少ない副作用で治療できるリニアック(ライナック)治療装置を導入済みです。
また、がん治療を受ける患者さんは、身体的にも精神的にも苦痛を抱えていることがほとんどです。当院ではそうした患者さんとそのご家族の多様な相談に応えるために、医師、看護師、薬剤師、栄養士、リハビリスタッフら多職種がチームを組み、緩和ケアにあたっています。
なお、当院は地域がん診療病院として長門医療圏のがん治療のセンター的な役割を担っています。当院内にはがん相談窓口を設けており、看護師や社会福祉士が専門的な対応を行っています。地域にお住まいの方でがんに関するお悩みのある方は、事前に連絡の上、ぜひ当院の相談窓口へお気軽にお越しださい。
長門医療病院 相談窓口 電話番号:0837-22-2518
当院は2016年11月に日本手外科学会の基幹研修病院(施設)に認定されました。この日本手外科学会基幹研修施設は、手外科専門医が常勤として在籍し、手術設備や手術症例など厳しい基準を満たしていることが条件です。
かくいう私も手外科を専門とする医師であり、日本手外科学会代議員を務めさせていただいておりますが、その私とリハビリテーション部が中心となり立ち上げたのが、整形外科・リウマチ科の手外科診療センター(Division of Hand Surgery)です。同治療センターでは、手の外科に関する新しい治療に取り組み、成果をあげていることから、県外からも数多くの患者さんが受診されています。
手の疾患はさまざまで、かつ軽症か重症かにもより、装具療法を行うこともあれば、手術を行うこともあります。当院は特に手術を得意としており、手術件数は2020年に763例、2021年に758例、2022年に653例となっています。
繊細なスキルが必要となる手外科専門医の数は全国的にも少なく、専門の診療科がある病院が一つもないという県もあります。また、手外科専門医になるには専門医試験にパスする必要がありますが、試験を受けるには当院のような研修施設で通算3年以上の研修が条件です。しかし、病院勤務との兼ね合いなどで、なかなか研修期間を満たすことができないという医師もいます。当院では、そんな手外科専門医を希望する医師のために短期間での受け入れも行っています。
赤字経営の病院が多いなか、当院はこの5年間で黒字経営に転じることができました。病床はほぼ満床の状況が続いています。病床稼働部門を設置してベッドの状況を統括してコントロールするようにした結果、効率よく患者さんを受け入れることができるようになったのです。
また、当院の職員の接遇マナーの良さも黒字経営に大きく寄与していると思います。医療接遇は、医療経営に直結します。例えば、患者さんに「どうされましたか?」という、その一言の声掛けの仕方にしても、ただマニュアル通りにするのではなく、そこには思いやりがある、気持ちがこもっている。小さなことのようですが、こういうことが患者さんの流入を増やしている根底にあります。私は、こうした接遇の心が職員全員に育っているのを感じます。
正直に申し上げて、患者さんの数が多いため、職員は非常に忙しくなっています。でも、皆、頑張ってくれています。それは、当院が職員を大事にしているからだと私は思っています。院長としての私の重要な仕事の一つはその働きやすい環境をつくることで、なかでも特に大事だと考えるのは職員のメンタルケアです。これをきちんと行うことで職員は医療の根本を再認識してくれます。すると皆、より仕事にやりがいを感じたり、よりやる気を出したり……。結果として当院の医療の質が向上していると自負しています。
長門市と萩市を中心にしたエリアでは、当院は中核的な病院として十分に周知されています。5年前、この地に着任して以来、私はずっと週3回長門市のケーブルテレビ・ほっちゃTVの『教えて村松先生』という番組に出演しています。
はじめて長門市に来たとき、ここの方々は医療にとても関心を持たれていると肌で感じました。しかし、知識は十分とは言えませんでした。そこで、少しでもお役に立てればと思い、医療に関するちょっとした話を番組でするようになったのです。このことが功を奏したのかどうか、地域の皆さんが当院のこと、私のことをよく知ってくださり、今では親しみを持ってくれるようにまでなっています。
また、当院には『ほほえみ』という広報誌があり、誰でも手に取れるように院内のあちこちに置いてあります。この『ほほえみ』には『むらまつ院長の医学ちょっと良い話 院長カフェ』というコーナーがあり、私が心に響いた本やドラマ、人物などを取り上げ、自分なりの考え、思いを綴っています。
その他、当院では、昨年から市民公開講座を始めました。これも地域の皆様とのより良い関係を構築するための一環です。
病院は、患者さんの健康と生命を守るために、良質な医療を提供することが最優先されることは言うまでもありません。そして、それを実践するためには、患者さんとの信頼関係が最重要だと考えます。
“3時間待ちの3分診療”。ずいぶん前から、日本の病院はこんなふうに言われてきました。しかし、それでは信頼関係は決して生まれません。一人ひとりの患者さんに寄り添い、丁寧に診ること。それでこそ信頼関係を築くことができるのだと思います。
また、私は、医療者には研究心がとても大事だと思っています。そのため、職員には学会発表やジャーナルへの論文提出を奨励しており、実績を積み上げています。このように常に勉強を続けていくことが、結果的に良質な医療を患者さんに還元していくことにつながるのだと考えます。
当院は、決して大都市の病院ではありません。しかし、病院は“場所”ではなく“人”です。そのことを職員一人ひとりが心に刻み、今後も地域の多面的な医療を担いつつ、地域の方々から“信頼される病院”として一層努力して参ります。