2015年現在、以下に述べる加速器を使ったBNCT治療治験の窓口となっているのは、日本で川崎医科大学(再発頭頚部腫瘍)と大阪医科大学(脳腫瘍)の2施設です。この記事では、川崎医科大学放射線腫瘍学教室教授の平塚純一先生に、川崎医科大学において行われているBNCTによるがん治療について解説していただきます。
(参考:大阪医科大学・宮武先生の記事「BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)とは―がん細胞だけを破壊する治療法」)
BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)は、ホウ素(10B)と熱中性子との核反応で生じる高LET放射線のα粒子(ヘリウムイオン)を用いて癌細胞のみを破壊する放射線治療です。発生するα粒子の組織内での飛程が約10~14μmで、癌細胞一個の直径にほぼ相当します。そこで癌細胞に特異的に集積するホウ素化合物を用いて、同部位に原子炉から取り出した熱中性子線を照射します。これにより、癌細胞のみにエネルギーを集中して殺傷する癌細胞選択的治療が可能となるのです。
核反応というとどうしても核爆弾のイメージがあり、その影響(エネルギー)は何Kmにも及ぶと思ってしまいます。しかし上で述べたようにホウ素と熱中性子の核反応で発生するα粒子のエネルギーは癌細胞1個の直径に等しい距離にしか及ばないのです。そのため、癌細胞の中だけですべてのイベントは完結することになります。BNCTが「がん細胞選択性治療」と言われる所以です。
川崎医科大学におけるBNCTは、悪性黒色腫を対象として始まりました。BNCTのポイントは、「がん細胞だけ」にどれだけホウ素化合物を集めるかという点です。ホウ素化合物ががん細胞に集まり、そこに中性子が届けばがん細胞が破壊されるというメカニズムだからです。現在、使用されているホウ素化合物はボロノフェニルアラニン(BPA)といいます。これは、元々悪性黒色腫(メラノーマ)のために採用された化合物です。
がん細胞は一般的に、次々と増殖する特性があります。そして悪性黒色腫(メラノーマ)は増殖と同時にメラニンをどんどん作ってしまう特性があります。つまり、正常時ではメラニン合成はきちんと制御されていますが、がん化するとメラニンが際限なく作られてしまうという特徴を持つがんなのです。
メラニンの原料はチロシンであり、BPAはチロシンにホウ素がつけられた化合物であるため、悪性黒色腫(メラノーマ)がメラニンをどんどん作ろうとチロシンを取り込む代わりにBPAが取り込まれていくのです。BPAが悪性黒色腫(メラノーマ)に集まったときに、そこに中性子線を当てることによってがん細胞を一網打尽にすることのできます。これがBNCT治療です。
BNCTは皮膚悪性黒色腫に対する大変有効な治療であることが示されてきましたが、日本においては悪性黒色腫(メラノーマ)の症例数自体が少なく、なかなか患者さんを集めることが難しいのが現状です。
日本では罹患率が少ないがんですが、白人系、たとえばオーストラリアではごくごくありふれたがんです。近い将来、本邦での加速器によるBNCT治療が軌道に乗ればメディカルツーリズム(海外から治療を受けにくる患者さんが日本に来ること、国際交流と共に日本の医療の国際競争力を高めることにもなる)にもつながると考えています。
一方で、悪性黒色腫以外にもBNCT治療の対象疾患を広げようという試みをして来ました。BNCTの治療の対象となるためには、ホウ素化合物が集まるがんであることが条件です。まずはホウ素化合物ががん細胞に集積することが重要であり、それをPET検査で確認することができます。
そこで、ドラッグデリバリー(ここではホウ素化合物が届くこと)が可能ながんという観点で、頭頸部がん(頭や頸にできるがん、例えば耳下腺のがんなど)を対象として広げました。この頭頸部がんのような手術が難しいがんの治療のために、BNCTの裾野・対象を広げる可能性があると考えています。実際、現在進められている加速器BNCT治験の対象となっているのは手術をしても再発してしまったがんや、他の放射線治療では治療不可能なものです。
日本でBNCT治療を行なうことの出来る医療チームは限られています(日本中性子捕捉療法学会ホ-ムペ-ジ参照)が、今後医療チームを増やし、さらに確立された治療法としていくために、我々もますます努力をしていかねばならないと考えています。
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