骨盤臓器脱という言葉をご存知でしょうか。骨盤臓器脱は、骨盤を支持する組織(骨盤底)が弱くなったり、骨盤底の中から外に向かう方向に過剰な力がかかったりして、骨盤内の臓器が腟内に落ち込む、あるいは腟を通って体外へ押し出される病気のことです。「女性の悩みに向き合う診療科―ウロギネコロジーとは」でも述べたとおり、ウロギネコロジーの三大重要疾病のひとつです。今回は骨盤臓器脱とは何か、またその症状について三井記念病院の産婦人科・骨盤底婦人科 医長の中田真木先生にお話しを伺いました。
骨盤臓器脱は、骨盤を支持する組織(骨盤底)が弱くなる、または骨盤の中から外に向かう方向に過剰な力がかかることによって、臓器が腟内に落ち込む・腟を通って体外へ押し出される病気を指します。腟内に落ち込み腟口から押し出される臓器は、子宮・膀胱・腟・小腸・直腸などが挙げられ、変形の強い箇所によって子宮脱・膀胱脱(膀胱瘤)・子宮脱・小腸瘤・直腸瘤と呼ばれます。また、「脱」とは臓器が体外に出てしまうことだけを指すのではなく、然るべき場所からあるべきでない場所へはみ出すときに「脱(英語では”prolapse”)」と言う言葉を使います。
骨盤臓器脱の症状は弛緩下垂(緩んだり、垂れ下がること)の箇所によっておおよそ3つに区分できます。
トイレに行ってもすっきり排尿できず、全く出ないこともあり、トイレから戻るとまたすぐトイレへ行きたくなるというような膀胱・尿道の異変が起こります。子宮脱や膀胱瘤があると、ふとしたときに尿が漏れやすく、お腹に力を入れたり立ち上がったりする動作で尿が漏れてしまうこともあります。
子宮が落ちて来るとき、子宮を吊り下げている支持組織が引き伸ばされ細かな断裂ができると下腹部の鈍痛を感じることが多いようです。ただし、この段階では本人が違和感を感じていても、診察して明らかな臓器の下垂や腟の変形は必ずしも起こっておらず、受診しても問題をつきとめられないことがあります。
さらに子宮が下がって腟口に達すると、腟の出口が押し広げられ違和感が出てきます。また、子宮の一部が体外に顔を出すと、下着にこすれておりものが増えたり出血したりします。さらに子宮が大きくはみ出すと、歩行時に股間にはさまって邪魔になったり椅子に深く腰掛けることができないなどのことが起こります。
腟の後壁には、直腸や腹膜が接しています。後腟区画が弛んで垂れ下がる状態は、見方を変えれば腟内に直腸や腹膜腔が落ち込む状態です。直腸瘤(直腸がたるんで腟内に落ち込む)や腹膜腔の落ち込みができると、いきんで便を排出する動作がうまくいかなくなるため、もともと便秘傾向の人はさらに排便しづらくなります。また腟の後壁が前壁を強く圧迫すると、途切れ途切れにしか排尿できなくなることがあります。
骨盤臓器脱は複数の原因が合わさって起こる病態で、妊娠・出産による骨盤底支持組織の損傷、加齢による骨盤底支持組織の弱体化、排尿や排便時に生じる腹腔内圧上昇などが発症の原因になっています。その他、歩行障害・肥満・呼吸器疾患などは骨盤臓器脱を悪化させる要因です。
二足歩行で生活する人類にとって、骨盤臓器脱はなかなか避けられない病気です。人間の場合、四つ足の動物と異なり、骨盤内を貫く通路(尿道・腟・直腸)は縦になっています。人間の骨盤底は、直立姿勢に適応し四つ足の動物よりも頑丈になっていますが、一方で人間の胎児は在胎期間が長く大きな硬い頭を持って生まれてきます。人間の出産は、頑丈で強固に閉ざされた骨盤底を大きな硬い頭を持つ胎児が通り抜けるという、矛盾を抱えた困難なプロセスなのです。人間の場合、出産で骨盤底の傷つくリスクが高い理由が理解できます。
出産による骨盤底の損傷は、骨格や骨盤底のしなやかさ(いわゆる『軟産道』の質)、胎児の大きさや姿勢などいくつもの条件によって左右され、産む前には必ずしもリスクを予測できません。一般論としては、初産時の年齢が高い場合と妊娠高血圧症のある場合に、出産で骨盤底を傷つけるリスクが大きくなります。一見順調に進んだ出産の後にも、骨盤底の損傷が見つかることはあります。60歳までに発症した骨盤臓器脱の多くに、出産時の骨盤底損傷が原因として見つかります。
75歳以降の年齢層の骨盤臓器脱では、出産による骨盤底の損傷はあるとしても軽いことが多く、加齢による骨盤底の弱体化や排泄動作に伴う腹圧などが発症の原因として台頭してきます。その他、人によっては、股関節や膝関節の故障による歩行障害、過剰な内臓脂肪、呼吸器疾患による頻繁な咳やくしゃみなどが骨盤臓器脱を発症する契機となっています。女性の平均寿命の伸びとともに、骨盤臓器脱を発症する女性の数は増加傾向にあります。
社会福祉法人三井記念病院 産婦人科 嘱託
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