1963年のヨーロッパで、凍結した水中に落ちた5歳の子どもがほぼ後遺症なく救命されたという報告がありました。その子どもは水中に20分近くいた後に病院に運ばれ、体温は24℃まで下がっていたそうです。
以後同様の救命報告が世界でも相次いだだめ、低体温は脳を保護する作用があるのではないかと考えられるようになりました。2002年以降の心肺蘇生ガイドラインでも低体温療法の有効性が支持され、治療として応用されはじめ、現在日本では多くの施設が低体温療法を実施しています。この記事では、その低体温療法について、ハーバード大学医学部外科学講座研究員の近藤豊先生にお話頂きました。
通常37℃近くある深部体温が、35.0℃以下まで低下した状態を「低体温」と呼びます。通常体温は視床下部の体温調節中枢で制御されていますが、①熱産生の低下、②熱喪失の増加、③熱調節障害、④その他(外傷、感染等)などが原因で低体温となります。
低体温は体温により以下の3つに分類出来ます。
分類 |
体温 |
軽度低体温 |
32.0〜35.0℃ |
中等度低体温 |
28.0〜32.0℃ |
高度低体温 |
28.0℃以下 |
この中で低体温療法として治療に適用されるのは、軽度低体温となります。中等度と高度が治療に適用されないのは合併症が増えるためです。なお軽度低体温状態の場合、骨格筋は戦慄が起こりますが,中等度では戦慄は消失し,さらに高度になると筋肉は硬直してしまいます。
低体温療法は、主に脳の代謝を抑えて酸素需要を減らすことで、脳の保護をするために行われます。一般的には心肺停止から蘇生後の患者さんに対して低体温療法が行われていますが、これは心臓が止まっているとき(心筋梗塞や不整脈などの心疾患が原因であることが多い)には脳に血流が行かず、酸素不足に陥っているため、脳を保護する必要があるからです。
なお、頭蓋内出血、妊娠中、重篤な敗血症の患者さんなどでは、低体温療法を行うことは出来ません。
低体温療法は心肺停止の状態から回復した後、速やかに実施します。時間に関しては様々な議論がありますが、4時間以内が1つの目安となります。具体的な方法は、体表面に水冷式のブランケットをあてて冷却したり、冷たい輸液を行ったりして、体温を32~34℃程度に下げます。同時に筋弛緩薬、鎮静薬、鎮痛薬を使用します。通常この治療法は高度な治療となるので、ICUで実施することが多いです。目標の体温に到達したら、約24時間程度その低体温を保ち、その後ゆっくりと復温することになります。
低体温療法の合併症として、不整脈、電解質異常、易感染性(感染症にかかりやすくなること)、凝固異常などが挙げられます。ほとんどが低体温中にのみ認められる合併症ですので、これらが問題になる場合にはすぐに低体温療法を中止して復温します。
低体温療法では、主に脳神経機能の予後の改善効果が期待できます。特に小児や若年の患者さんではより有効性が高いと考えられており、この治療方法はとても大きな可能性を秘めているといえます。
一方、高齢者や心肺停止から回復して長い時間が経過した患者さんでは、その有効性はあまり期待できません。多くの場合、心肺停止から回復したとしても、その脳のダメージから寝たきりとなってしまう患者さんが多いからです。