近年日本で急増している「妊娠糖尿病」は、一般的に知られている「糖尿病」とは異なり、妊娠中に初めて診断された「糖尿病に至っていない糖代謝異常」のことを指します。しかし、妊娠糖尿病患者の増加原因を考えるときには、日本人特有の体質や生活様式の変化にも目を向ける必要があり、これらは糖尿病の原因とも重なるものばかりです。なぜ日本人は白人に比べ肥満率が低いにも関わらず、妊娠糖尿病や糖尿病にかかりやすいのでしょうか。愛媛大学大学院医学系研究科産科婦人科学教授の杉山隆先生にお伺いしました。
日本では、1960年代ごろからファーストフードなど、動物性脂肪を中心とした高摂取が始まりました。ここで日本人の栄養問題に関し、知っておきたい大切な現象がみられます。
日本人のエネルギー摂取量は、高脂肪食の定着に伴い増加しているかと思いきや、実はそれほど変わっていません。むしろエネルギー摂取量は、最近では減少傾向を呈しています。
注目すべきはエネルギー摂取量ではなく、その内訳です。炭水化物の摂取量は減り、たんぱく質はあまりかわっていません(やや増加しています)が、「エネルギー摂取量に占める“脂質”の割合」は、高脂肪食が流入する前の1945年ごろと比べると3倍以上にも増えているのです。
また、自動車保有台数が右肩上がりに増えたことで、若い人の運動不足も問題視されるようになりました。1日の総歩数を調べた厚生労働省の「国民健康・栄養調査」の結果からは、妊娠可能年齢女性は50歳以上の女性に比べ総歩数は少なくなっていることがわかります。
このような高脂肪食の食習慣と運動量の減少が合わさって、日本の糖尿病患者数は世界5位を占めるまでに増加し、近年の晩産化傾向も加わり、妊娠糖尿病患者も増えているのではないかと考えます。
日本人の生活様式の変化はしばしば「西洋化」や「欧米化」という言葉で表されますが、それは違うのではないかと私は考えています。欧米のライフスタイルは、脂質の摂取量もエネルギー消費量も高い「ハイエナジー・ハイファット」であるのに対し、日本はエネルギー消費量が高くはないにもかかわらず脂質の摂取量は多い「ローエナジー・ハイファット」であり、これは我が国特有の変化だからです。
ちなみに、近年急速に高脂肪食化が進んでいる中国は、日本とは異なりエネルギー消費量も多くなっています(ハイエナジー・ハイファット)。このような場合は、ライフスタイルの「欧米化」といってよいのではないでしょうか。
「倹約遺伝子」、別名「肥満遺伝子」という言葉をご存知ですか。これは、食事などから摂った余分なエネルギーを、飢餓などに備えて蓄えるための遺伝子です。日本人をはじめとするアジア人はこの倹約遺伝子を多く持っており、さらにインスリン分泌も悪く、その上インスリン抵抗性が強いために糖尿病になりやすいのだと考えられます。
なぜ日本人はインスリン分泌が悪く、インスリン抵抗性が強いという2つのネガティブ因子を持っているのでしょうか。この理由を探るには、遠く古来までさかのぼる必要があります。
日本人の始祖であるモンゴロイドは、アジア大陸の非常に寒い環境下で暮らしており、常に飢餓と戦っていました。食べられる草木も穀物もない時代には、狩猟の生活で得た動物の肉を食していました。このように、私たちの祖先は食事をたまにしかとることができない生活をしていたため、自ずとエネルギーを溜め込む方向へと体質が作られていったのです。大昔の話のように聞こえるかもしれませんが、人類の歴史をみると、飢えとの戦いの期間は非常に長く、これに対して1950年以降に急速に進んだ飽食の時代は非常に短いものです。
このような遺伝的背景、特にインスリン分泌が低いというネガティブ因子を持った日本人に、高脂肪食の定着、運動量の低下、そして晩産化という社会問題も加わってしまったことが、妊娠糖尿病患者の増加の原因であると考えます。
35歳以降の妊娠・出産は、30年前(1980年代頃)の10倍以上に増えています。社会的な事情もあり適齢期に出産をするのは難しくなっていますが、産科医としての立場から申し上げると、リスクが少ない妊娠・出産年齢は20代前半から後半です。5歳、10歳と出産年齢が上がることで、妊娠糖尿病だけでなく妊娠や出産にかかるリスクも増大していきます。
また、記事8「妊娠可能年齢の女性の「やせ」問題-子どもが生活習慣病にかかる危険性」で詳しく説明しますが、日本における妊娠可能年齢の女性は、「やせ傾向」にあり、これも肥満と同様に出産した赤ちゃんの生活習慣病や糖尿病発症リスクを高めてしまう原因になると考えられています。
愛媛大学医学部附属病院 病院長、愛媛大学 副学長、愛媛大学大学院 医学系研究科 産科婦人科学講座 教授
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