高齢者に対する治療では、最初からいきなり薬物療法を始めることはありません。まず生活習慣の見直しをして、次に薬物治療という順序になります。そして薬物治療を開始する際にも、さまざまな点を考慮しながら進めていく必要があります。高齢者に対する薬物療法の基本的な考え方について、国際医療福祉大学塩谷病院 高齢者総合診療科部長の岩本俊彦先生にお話をうかがいました。
高齢者の実際の治療の手順においては、高齢者総合的機能評価(CGA)(関連記事「高齢者総合的機能評価(CGA)とDr. SUPERMAN」参照)に基づいて、どこにどのような問題点があるのかを明確にした後、まず生活指導を行ないます。最初から薬物治療を行うことはほとんどありません。たとえば30分の散歩をしてみてくださいといった提案をしたり、30分が難しいという方には家の外に出て少し歩くことから始めていただくようにします。そこから少しずつ行動範囲を拡大していくといった、生活様式を変えるような指導を行います。
そのうえで何か障害や疾病があれば、それに対する薬物療法を考慮します。しかしその場合もできるだけ薬の種類を減らすようにします。日本老年医学会では、5種類を超えるとだんだん薬物による弊害が出てくるというデータもあります。実際に外来に来られるご高齢の方たちの中には、薬によって具合が悪くなっている方が1〜2割はいらっしゃいます。
服用している薬を見せていただき、その中で患者さんに影響が出ていると思われる薬についていったん服薬を中止していただくと、具合が良くなるということが実際にあります。また、「この薬は何の薬だかわかりますか」とお尋ねすると、ただ処方されているから服用しているだけで、何のために必要な薬なのかを理解されていない、あるいは忘れてしまったという方も少なくありません。
患者さんの中には、ご自分が処方されている薬について医師に質問することを遠慮したり、失礼にあたるのではないかと思っている方もおられます。そういった方には「この薬はこういう薬なので、今は服用する必要はありませんよ」「この薬によって症状が出ている可能性があるので、いったんお休みしてみましょう」などの説明をしたうえで指導を行っていきます。つまり、高齢者の薬物治療においては、患者さんの薬を見せていただいて、薬を整理するというのが最初のプロセスになります。
たとえば高血圧と診断されて降圧薬を服用されている方が大勢いらっしゃいますが、高齢者の場合は若い方よりも治療目標値がゆるやかになっています。必ずしも収縮期血圧を140mmHgまで下げる必要はなく、日本老年医学会や日本高血圧学会のガイドラインでも150mmHgを目標とすることが示されています。
糖尿病でも同じことがいえます。血糖値を厳格にコントロールしようとすると低血糖を起こしてしまうことがあります。特に高齢者は食が細く、体調によっては食べられないなど食事が不規則になることもあります。そういったときに低血糖を起こすと、認知症のひとつの誘因にもなりかねません。薬物による慢性疾患のコントロールは、目標値をゆるやかにして焦らずに治療を行うというのが老年医学における基本的な考え方です。
ご高齢の方に対して薬物療法を行う際には、3つの”S”に留意します。
1日の服用回数を朝1回、または朝晩2回などシンプルにすることは、服薬コンプライアンスや服薬アドヒアランスと呼ばれる「服薬の遵守」に大きく影響する要因です。場合によってはご家族が一緒にいる時間帯に服用していただいたり、1回分や1日分ずつ薬を分けて保管する小分け容器を利用するなどの工夫も有効です。
この3つのSは、言い換えれば安易に薬を処方しないという考え方を示しているともいえます。たとえば高血圧の治療においても、1回血圧を計って高かったからといってすぐに降圧剤を処方するのではなく、もう1回別の機会に計ってみて本当に高いかどうかを確かめることも必要です。また自宅で血圧を計っていただいて、その記録から血圧が高いかどうかを判断することも重要です。
国際医療福祉大学 医学部 総合診療医学 教授 、国際医療福祉大学塩谷病院 高齢者総合診療科 部長
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