平成のはじめには、片眼1週間の入院が必要だった白内障の手術。現在では、数分の手術時間でその日に帰宅できるほど簡単になりました。いかに短い時間で、いかに患者さんの目に負担をかけずに手術を行うか―三井記念病院の赤星隆幸先生は、長年挑戦しつづけた結果、世界でも赤星式とよばれる最新術式「フェイコ・プレチョップ法」を生み出しました。麻酔は目薬、手術時間およそ4分の赤星式の最新手術とはどんな方法なのでしょうか。お話をうかがいます。
僕が三井記念病院に赴任した27年ほど前までは、水晶体を取り出す方法として、眼球を半周近く大きく切って、濁った水晶体の核を丸のまま目の外に取り出す「水晶体嚢外摘出術」という手術が行われていました。この術式は、1747年にフランスの眼科医ジャック・ダビエルが世界で初めて行った方法です。今でも、世界的にはこの方法で手術を行っている発展途上国もありますし、日本でも症状がすすんで水晶体が硬くなってしまった場合には用いられることもあります。しかしこの方法ですと、水晶体を取り出すための傷口が大きいため、切った部分を縫合する必要があります。麻酔も広範囲に効かせる必要があるため眼球に注射をしなければなりません。もちろん、手術時間もかかりますし、手術が終わった後も痛みや眼圧上昇に対するケアが必要なため、どうしても入院が必要となります。
1990年代になると、現在主流になっている「超音波乳化吸引術」という方法で白内障の手術が行われるようになりました。これは、3.2ミリ程度の傷口から超音波を使って水晶体の核を砕き、吸引して取り出すという方法です。この手術は、アメリカのチャーリー・ケルマン先生が考案した術式で、1970年代に遡ります。しかし、当時は超音波乳化吸引装置の性能が悪く、技術的にも非常に難しかったため、手術による合併症も多く報告されていました。大きな合併症としては、水晶体を包んでいるカプセルという薄い膜を超音波で破ってしまい、水晶体が目の奥に落ちてしまう「核落下」。超音波のエネルギーで角膜の内側にある角膜内皮細胞を傷めてしまい、術後に角膜が白く濁ってしまう「角膜内皮障害」。ひどい場合には角膜移植が必要になるケースもありました。超音波乳化吸引装置が高価であったことと、手術自体が技術的に難しかったために、この手術は広く一般に普及していくことはありませんでした。
1970年代にはすでに行われていた超音波乳化吸引術ですが、技術的に難しく、重篤な合併症も多かったために、なかなか普及には至りませんでした。しかし、小さい傷口から白内障を取り除くことができるという魅力は大きいものでした。その後、超音波乳化吸引装置に、さまざまな改良が加えられ、並行して手術法も少しずつ進化を遂げました。1980年代に、カナダのハワード・キンベル先生が、超音波によって水晶体に十文字の溝を掘り、4つに分割した核をひとつずつ吸引して取り出すという新しい術式を生み出します。「ディバイド・アンド・コンカ―」という方法です。時間はかかりますが初心者でも確実に超音波乳化吸引が行えるため、世界的に今日でももっとも用いられる術式となりました。
従来の超音波乳化吸引法は、水晶体をやみくもに削っていく方法でした。しかし、このディバイド・アンド・コンカ―は、水晶体を乳化吸引しやすくするために核に溝を掘って4つに分割します。以前に比べるとずっと安全に核を乳化吸引できるようになりましたが、この方法は、うまく十字の溝を掘ることができないと、核がつながったままになってしまいますし、深く溝を掘りすぎると水晶体を包んでいる膜を破ってしまう可能性があります。また、溝を掘るために超音波チップを何度も動かす必要があるため、傷口をこすって傷めてしまう、そして手術時間が長くなるとこの作業中に目の中に絶えず流し続ける灌流液によって、角膜の内皮細胞を傷めてしまうという欠点もあります。
そこで超音波を使わずに、あらかじめ核を小さくできないだろうかと私は考えました。超音波をかける前に核が小さく分割されていれば、乳化吸引は安全かつ効率良く行えるし眼球にかかる負担は少なくなり、合併症も減るはずです。超音波乳化吸引を行う前に、あらかじめ核を分割する。それが「フェイコ・プレチョップ法」です。「プレ」というのは「あらかじめ」、「チョップ」とは「割る」という意味です。
フェイコ・プレチョップの場合、やわらかい核であれば4分割で済みますし、硬い核の場合は6分割にしたり8分割したり、白内障の状態によって分割数を変えます。核を分割する際には、プレチョッパーという特殊な器具を使います。
この器具を使うと、溝を掘らずに核が分割できるため、その溝を掘るためにかかっていた時間や超音波エネルギーを大幅に低減することができます。従来の超音波乳化吸引法では一般的には20~30分かかるところを、フェイコ・プレチョップ法ならば4分もかからずに手術が終わります。超音波を使う時間も短く、灌流液を流す時間も短いため、角膜を傷めずに内皮細胞を守ることができ、水晶体を包む膜を破ってしまう心配もありません。つまり、手術時間が短くなると、目の中にある大切な組織に影響を与えることがないので、術後の炎症も最小限に抑えることができるのです。
フェイコ・プレチョップ法を用いると、2ミリ以下の小さな傷口から極めて短時間に手術を終えることができます。傷口が大きかったり手術に時間がかかるとそこから細菌感染が起こり、恐ろしい眼内炎で失明に至るケースもあります。その点フェイコ・プレチョップ法は術中の感染予防という観点からも非常に優れた方法なのです。
また、手術時間が短いことは、患者さんにとってほかにもメリットがあります。それは、麻酔が目薬だけで済むということです。従来の手術では、眼球に注射をして麻酔をかけるため、麻酔が効いている間は視神経は麻痺してものが見えませんし、外眼筋も麻痺して眼が動かなくなります。ですから、麻酔がさめて物が見えるようになり、また目が動くようになるまでに時間がかかるので、翌日まで眼帯をして入院する必要がありました。点眼薬の麻酔は神経を麻痺させることがないため、患者さんは手術が終わるとすぐにものを見ることができます。眼帯をする必要もなく、眼球保護用のプラスチックゴーグルをかけてそのままご自分で歩いて帰ることができます。日帰りで手術ができるということは、今まで手術をためらっていた方にとっても、大きなメリットではないかと思います。
三井記念病院 元眼科部長、日本橋白内障クリニック・秋葉原アイクリニック 委託執刀医
三井記念病院 元眼科部長、日本橋白内障クリニック・秋葉原アイクリニック 委託執刀医
日本眼科学会 眼科専門医
「手術で目を治す医師になりたい」という少年期からの夢を一心に追い眼科医に。外来、手術に明け暮れ、1992年、誰でも簡単に安定して白内障手術を行えるフェイコ・プレチョップ法を生み出し、4年後の1995年にはオリジナル手術器具プレチョッパ―を開発。特許申請をせず、世界中どこのどんな医師でも患者に負担の少ない質の高い手術を行えるよう、術式と器具の普及に努める。世界66ヵ国で手術法や技術を教える傍ら、2015年度は年間10,398件もの白内障手術を執刀した。「よりよく見えるように治す」患者第一主義の眼科医として臨床の道をひた走る。
赤星 隆幸 先生の所属医療機関
関連の医療相談が25件あります
白内障手術後
11月に強度近視からくる白内障手術を受け虹彩偏位になったがかかりつけ医に戻された。かかりつけ医はすぐに再手術しないととれにくくなると言われ白内障手術をした病院で再手術を12月に行った。虹彩整復・瞳孔形成術をしてから日数は経っていないが、夜ふとした時やサイドミラーから後ろの車のベッドライトや対向車のライトや街灯などから光の線が視えるようになった。車のフロントガラスが割れているような感じです。右目で、右から左へ効果線のようなものが1つの光に対して20〜30本前後全てがキラキラと光り、虹色が混じっている。白内障手術後に眼鏡を作ったが度があっていないからであろうと言われた。眼鏡を作りかえても裸眼でも視える。診察まで2週間あるが、だんだんと視えるのが酷くなってきた。眼内レンズもズレていないから大丈夫と言われていたが本当に大丈夫か心配。
白内障の手術について
見えにくさから検査を受けましたら白内障と診断されました。いずれは手術になるかと思いますが先進医療での手術と今までの手術はどう違うのかよくわかりません。 先進医療対応の眼科を選べば良いですか?
レンズの入れ替えは、しないほうがいいでしょうか?
右目を5月15日、左目は、5月22日に手術をしました。手術した直後は、右目1.2が、今、0.4です。両目で、0.9です。手元は、老眼鏡を使用しています。中には、手術時、どうしても微妙にレンズがずれることが、あるとのことで、メガネで調整するしかないそうです。レンズを入れ替えすることは、出来ないでしょうか?執刀して頂いた先生は、リスクがあることや、大学病院でないと出来ないと、言われました。
眼内レンズについて
白内障の手術にあたり、眼内レンズを多焦点にするか単焦点にするか悩んでおります。 費用的な問題ではなく、どちらにするか悩んでいます。 現状は、左右とも強い近視で、矯正しないと全く見えません。 仕事は、事務系でほぼパソコンを使います。 通勤に片道40分車の運転があります。
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