進行した白内障の治療では、眼球の前方に位置する水晶体を人工の眼内レンズに取り換える白内障手術を行います。東京慈恵会医科大学附属病院では、患者さん一人ひとりに合わせた白内障手術を実践するとともに、新しい技術の開発にも力を注いでいます。
今回は、白内障の治療方法や眼内レンズの種類、低侵襲な白内障手術の実践などについて、同院の眼科講師・診療医長である増田 洋一郎先生に伺いました。
点眼治療は、白内障の進行を遅らせることが期待できる方法で、症状がまだ生活に支障をきたしていない初期の段階で選択されます。眼科に通院しながら点眼治療を続けていただき、経過をみていきます。
ただし点眼治療には、濁った水晶体を元に戻して白内障を治したり、白内障の進行を止めたりする効果はないため、点眼治療を行っていても、いずれは手術が必要になります。
白内障手術は、すりガラスのように濁った水晶体という器官を、人工のレンズに替える治療です。水晶体の中身(実質)を取り出し、代わりに眼内レンズを目の中へ入れることで、濁りを取り除くことができます。
白内障手術を行う際に重要となるのは、眼内レンズの選択です。そこで私は、眼内レンズの適応や種類については診療の中でも一番時間をかけて丁寧に説明し、患者さんが納得できるまで話し合うよう心がけています。
術式によって選択できるレンズが限られることもありますが、患者さんの目の状態やライフスタイルに合わせて、適切なレンズを選ぶことが大切です。適応に関しては、白内障の診断の後で医師からの説明をしっかりと受け、そのうえでよく検討するようにしてください。
眼内レンズには、大きく分けて単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズがあり、それぞれ次のような特徴があります。
そのほか、乱視矯正の効果を期待できる眼内レンズもあります。
多焦点眼内レンズ*は、眼鏡がほとんど不要になり利便性が高いレンズですが、適応の基準が厳しいことに注意を要します。どこでも問題なく見えるわけではなく、ピントの合う場所は2か所もしくは3か所(2焦点、3焦点)です。
また、単焦点眼内レンズにはないような、さまざまな症状が出てきます。たとえば、夜に街灯などを見ると光がリング状ににじんで見えたり、まぶしく見えたりする特有の現象(ハロー・グレア)を知覚するため、夜間に運転するトラックやバスなどの運転手の方には不向きな場合があります。単焦点眼内レンズと比較するとコントラスト感度が低下するため、アーティストなどの仕事の方には不向きな場合があります。なお、網膜の病気や緑内障を合併している方はよい適応とならないことも多く、主治医と十分に相談することが重要です。これらを踏まえてご検討ください。
*当院では多焦点眼内レンズは自由診療であり、患者さんの自己負担額は片目で50万円程度です(入院諸費用などは除く)。
眼内レンズの光学部(レンズ部分)の素材には、近年では主に軟らかいアクリルが使用されています。丸めるように折り曲げて、狭い切開創(傷口)から挿入するため、手術による合併症を減らすことが期待できます。また、アクリルは安定性が高いという特徴があります。
眼内レンズには、ループとよばれる足が2本ついています。それが水晶体を包むカプセル(水晶体嚢)の中でしっかりと足を張るように固定されることで、眼内レンズの安定性を維持します。
ループの素材にもさまざまな種類があります。たとえば、軟らかいアクリル素材のループは、手術の際に術者が扱いやすいタイプです。しかし、水晶体嚢の中に眼内レンズを入れる、嚢内固定が難しいケースでは、眼内レンズが傾いたり移動してしまったりする恐れがあるため、症例により固い素材のループがついたものを選択します。
眼内レンズの大きさはさまざまで、小さい物では直径がおよそ6mmです。
直径が7mmの大口径眼内レンズは主に、瞳孔を広げて行う眼底の検査やレーザー治療が必要な糖尿病網膜症などの患者さんに選択されます。傷口は大きくなりますが、診察や治療の際にレンズの縁の影響を受けにくい点で適しています。
眼内レンズの中でも単焦点眼内レンズの光学部には、非球面レンズと球面レンズという種類があります。非球面レンズは、角膜の収差とよばれる色のにじみを減らす効果があり、近年ではよく用いられています。
ほとんどの眼内レンズ にはUV カットの機能があります。サングラスはまぶしさ予防には有用ですが、紫外線予防を目的とする場合は不要です。
白内障は、治療により回復が期待できる病気です。進行して生活に支障をきたしてから手術をしても遅くはありませんが、急性緑内障発作を発症させやすい目の構造をお持ちの方は、症状がなくても手術を検討したほうがよい場合があります。その理由について説明します。
白内障のタイプによっては、進行すると水晶体が膨化して急性緑内障発作をきたす場合があります。急性緑内障発作とは、急激に目の圧力(眼圧)が上昇し、目の強い痛み、吐き気、頭痛、視力低下、視野障害などを引き起こす、失明のリスクもある病気です。
通常、眼球内の圧力は、目の中を満たす房水の産生量と排出量のバランスにより保たれており、産生された房水は、眼球の茶目部分にあたる虹彩の裏と水晶体の間から黒目部分にあたる瞳孔を通って、隅角という排出口へ流れていきます。しかし、水晶体が膨化すると、虹彩の裏側にある水の通り道が閉じ、房水がうまく流れなくなってしまいます(瞳孔ブロック)。房水の産生量と排出量がアンバランスとなり眼圧が急激に上昇すると、急性緑内障発作を発症します。
白内障の患者さんだけでなく、水晶体が膨化していたり、虹彩と角膜の間にある隅角が元々狭くなっていたりするなど、急性緑内障発作を発症しやすい眼の構造を持つ方もいらっしゃいます。
急性緑内障発作を予防するために白内障手術は有効です。目の中でレンズの役割を担う厚みのある水晶体を取り除いて、薄い眼内レンズに入れ替えることで、虹彩と角膜の間にある隅角のアングルを広げることができます。
症状がないのになぜ白内障手術をするのだろうと疑問に思われる方もいらっしゃると思いますが、急性緑内障発作は普段は症状がなくても突然発症する危険性があるため、積極的に予防することが重要です。“いつか急性緑内障発作が起こるかもしれない”という不安から解放されるのもメリットだと考えています。
白内障手術のほとんどは無縫合で行い、切り開いたところは経過とともに自然に接着します。しかしそこへ強い力を加えると、手術後の早い時期には簡単に開いてしまいます。細菌感染や、眼内の水が漏れてしまうことにもつながる恐れがあるため、手術の後に目を圧迫するようなことは避けてください。
顔の表面に存在する細菌が目の中の硝子体へ入ると増殖し、体の防御反応として白血球が集まって膿をつくることがあります。白内障手術において注意が必要な合併症で、眼内炎といいます。
眼内炎を予防するためには、術後の点眼薬を徹底することが重要です。そのほか、目を触らないこと、洗顔や洗髪、運動の制限など、医師の指示に従うようにしてください。
眼内炎は非常にまれなものですが、発症すると視機能に影響が及ぶ恐れがあります。術後に“今まで見えていたのに急にかすんできた”、“真っ赤に充血してきた”、“痛みが出てきた”といった兆候に気付いたらすぐに受診してください。
当院の特徴の1つとして、フェムトセカンドレーザーを用いた難症例の手術が挙げられます。ここではフェムトセカンドレーザー白内障手術について説明します。
眼球の中にある水晶体は、細かい糸(チン小帯)に支えられ、ハンモックのようにぶら下がっています。チン小帯が切れると水晶体は眼球の奥に落ちるため、焦点が合わなくなり見えなくなってしまいます。
実は、外傷などによりチン小帯の一部が切れるなど脆弱になっている方は、意外と多くいらっしゃいます。チン小帯が脆弱な場合の手術は非常に不安定で難易度が高くなります。たとえるなら、水に浮いたリンゴをイメージすると分かりやすいかもしれません。まな板に乗せたリンゴは切れても、水に浮いたリンゴはうまく切れないように、水晶体がしっかりと支えられておらずグラグラした状態のため、手術の難易度が高いというわけです。
当院では、フェムトセカンドレーザーを用いた多焦点眼内レンズ挿入術を実践しています*。フェムトとは、ナノの1,000,000分の1の単位のことで、フェムトセカンドレーザーは“1,000兆分の1秒のレーザー”という意味です。白内障手術の工程の一部で用いることにより、手術の精度の向上が期待できます。また、フェムトセカンドレーザーは熱を発しない利点があるため、目の組織への負担を抑えることにもつながります。そのため、多焦点眼内レンズ挿入術だけでなく後述するような難症例でも、可能な限り低い侵襲で手術をする際に有用です。
*当院ではフェムトセカンドレーザーによる多焦点眼内レンズ挿入術は自由診療であり、患者さんの自己負担額は片目で50万円程度です(入院諸費用などは除く)。
白内障手術では、眼内レンズを挿入する前に、次の2つのことを行います。
水晶体を包むカプセルの前面(前嚢)に穴を開ける1.の工程では、チン小帯が水晶体をしっかりと支えていないと作成が困難であるため、チン小帯が弱くなっている難症例の手術ではフェムトセカンドレーザーを用いることが有用です。
超音波を当てて水晶体を削っていく2.の工程でも、チン小帯が水晶体をしっかりと支えていることが重要です。手術の過程中にチン小帯への負担がかかりやすく、チン小帯脆弱症例ではさらにチン小帯断裂を増加させます。チン小帯が弱くなっている難症例では、フェムトセカンドレーザーを用いることで、チン小帯に負担をかけず水晶体へ低侵襲に切れ込みを入れることが可能であるため、利点となるわけです。
なお、瞳孔が広がらない症例や、水晶体が眼球の奥に落下してしまった症例など、レーザー治療が適応にならないケースもあります。
当院では、水晶体を支えるチン小帯および水晶体を包むカプセルに対して、できるだけ負担を抑えた優しい手術を心がけています。術後に眼内レンズが眼球の奥へ落ちてしまう“眼内レンズ脱臼”を防ぐためです。
眼内レンズ脱臼が引き起こされる主な要因は、チン小帯が切れたりカプセルが破れたりすることです。チン小帯が弱くなっている状態で眼内レンズをカプセルの中へ挿入すると、その重みでチン小帯が切れてレンズを支えられなくなり、いずれ眼内レンズが落下する場合があります。水晶体のカプセルが破れると、眼内レンズを入れる場所がなくなるため眼球の壁に縫い付ける特殊な方法を取るケースがあり、眼内レンズの偏位、傾斜、脱臼のリスクとなります。
眼内レンズ脱臼が起こると目のピントが合わなくなり、急に見えづらくなります。治療は可能ですが、切開創を大きく開けて落下した眼内レンズを拾い上げ摘出し、再び目の中にレンズを縫い付ける大がかりな手術が必要です。このような拡大手術を避けるためにも、眼内レンズ脱臼を予防することが重要だと考えています。
眼内レンズ脱臼を防ぐためには、水晶体に圧力をかけないことがポイントの1つです。水晶体を包むカプセルに圧力をかけすぎると、カプセルが破裂したり、水晶体を支えるチン小帯が切れたりする恐れがあるためです。
手術中に圧力をかける操作の1つに“ハイドロダイセクション法”があります。水晶体のカプセルと中身(実質)の間に水を注入して、カプセルと実質を分離させる方法です。手術の際は、超音波チップの口の先に水晶体を寄せて、実質を回転させながらくだいて吸っていくことを繰り返すため、重要な作業です。
しかし、水を入れることは加圧につながるため、ハイドロダイセクション法には合併症のリスクがあります。そこで私は、圧力を上げずにハイドロダイセクション法と同じ効果を得ることができる、灌流ハイドロダイセクション法を開発しました。これにより、当院ではチン小帯やカプセル、虹彩への負担をできるだけ抑えた手術を実現しています。
また、前立腺肥大の治療薬を内服されている方の場合、ほとんどの方において薬剤の影響で虹彩の張りが減少してしまうため、術中に虹彩の創口脱出という合併症(術中虹彩緊張低下症候群:Intraoperative floppy iris syndrome)が生じ手術に影響をきたすことがありますが、灌流ハイドロダイセクション法での手術はその予防にも有用です。
チン小帯が弱くなっている患者さんの白内障手術は、先述したフェムトセカンドレーザーにより対応可能です。しかし、カプセルの中へ無事に眼内レンズを入れることができても、眼球運動によりチン小帯が徐々に切れていき、将来的に眼内レンズが眼球の奥へ落ちてしまうケースもあります。
そのような場合は、眼内レンズをカプセルの中に入れるのではなく、カプセルの上に載せる方法をとります。カプセルの穴を開けたところに、眼内レンズの光学部をはめ込む方法で、“眼内レンズ(IOL)optic capture”といいます。フェムトセカンドレーザーと、IOL optic captureという技術を用いた白内障手術により、眼内レンズ脱臼を防ぐことが期待できます。
また、カプセルの前嚢という部分に丸く開けた穴が、白内障手術の後で収縮し、閉じてしまうケースがあります。網膜色素変性やアトピー性皮膚炎など、目の中に炎症が強く起こっている状態の患者さんに多くみられます。カプセルの前嚢が収縮するとチン小帯が切れ、眼内レンズ脱臼をきたす場合があるため、当院では前嚢の収縮を防ぐ治療を実践しています。この方法は近日中に、学会での発表を予定しています。
東京慈恵会医科大学附属病院の“病気を診ずして病人を診よ”という理念にもあるとおり、私たちは患者さん中心の医療を提供することに力を入れています。診察時間を十分に取り、患者さん一人ひとりのライフスタイルやご希望に沿えるように丁寧な診療を心がけていますので、眼科疾患で不安なことがあれば、ぜひご相談いただければと思います。
東京慈恵会医科大学附属病院 眼科 准教授・診療医長
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