小児科学会の定義において、移行期医療は「小児期医療から個々の患者に相応しい成人期医療への移り変わり」ということを指します。小児科や腎臓内科などを中心に、近年注目を集めている分野であるものの、移行期医療をさらに普及させるためには、患者さん側の視点や医師側の視点、制度、地域と専門施設の連携、専門医不足など数多くの課題を解決しなければなりません。特に患者数が少ない難病の場合にはこれらの課題が根強く残っています。今回は希少疾患の筋ジストロフィーをはじめとした神経筋疾患の患者さんの移行期医療について考えていきます。国立精神・神経医療研究センターの取り組みを踏まえ、現在の日本における移行期医療の問題点と課題について、国立精神・神経医療研究センター病院神経内科の森まどか先生にご解説いただきます。
医療技術の進歩に伴って神経筋疾患※の患者さんの寿命は延びています。たとえば、最も頻度の高い重症筋ジストロフィーであるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの場合、以前は平均寿命は18歳くらいでしたが、さまざまな治療介入により30歳を超えるようになり、50代の患者さんもおみかけするようになりました。
このように、小児期に筋ジストロフィーと診断され、小児科で長期間治療を受けていた患者さんのなかで、大人になっても生存が見込まれる患者さんは、当然ながら心身の発達、加齢に合わせて、成人する20歳を目安に成人の診療科(筋ジストロフィーの場合は神経内科など)へ「移行」する必要が出てきます。
※神経筋疾患:神経・筋肉が障害される病気。筋ジストロフィーは神経筋疾患の一種で、特定疾患の中では比較的認知度が高い。
※本記事では筋ジストロフィーを例にして解説していますが、移行期医療は神経筋疾患全般の問題といえます。
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我々医師は患者さんが何らかの症状を訴えて受診されたとき、「この症状を起こす病気には何があるか」を考えます。ここで想定する頻度が高い病気の順番は、成人の診療科と小児科で大きく異なるのです。
小児科で専門的に扱う成長や思春期に関わる病気や諸問題は、成人の診療科の医師にはなじみのないものです。一方、成人ではがんや生活習慣病など、通常小児期にはかかりづらい病気を起こしやすくなります。そのため、本来小児科と成人の診療科では、最も得意とする領域を診察できる「棲み分け」をすることが適切です。
最近になり、特に小児科で移行期医療が注目されるようになってきている理由には、小児の患者さんの高齢化に伴い、小児科の先生方がご覧になる機会の少ない生活習慣病やがんなどの問題を、速やかに解決しなければならなという背景も潜んでいるでしょう。
ここからは筋ジストロフィーや神経筋疾患の移行期医療における問題点や課題について、順番にご説明していきます。課題には大きく分けて、「患者さん視点」「医師視点」「日本の制度の問題」「マンパワーの問題」「評価制度の問題」があります。
移行期に差し掛かった筋ジストロフィーの患者さんにとって、小児科医は時には新生児期から20年近くにわたって付き合ってきた間柄です。両者には、患者さんが症状の変化や要望を言葉に出さなくとも無条件で医師に伝わり、お互いにわかり合えるような信頼関係が築かれています。しかし、移行先である神経内科ではもう一度初めから関係を作り上げるため、患者さん側から主治医に自分の状況や要望を説明しなければなりません。
また、小児科医は神経疾患以外にも、喘息やアレルギーなど一般的な小児疾患を診察できますし、発達などの相談にも乗ることができます。一方、成人の診療科の場合、神経内科のみでは全ての病気を診ることはしていません。
たとえば、神経内科で治療を受けていても喘息を起こした場合は呼吸器科の診察を受ける必要があります。また、小児期ではあまり重篤な問題を生じなかった心臓の障害など、筋疾患の全身合併症が成人になってくると進行して、高度な専門医療が不可欠になることもあります。このような分業によって治療の専門性は高くなるものの、患者さんには大きな負担がかかってしまいます。
患者さんの成長とともに、親御さんも歳をとっていきます。
高齢になった親御さんが患者さんの身体介護をすることが難しくなったり、ご本人が自立(一人暮らし)を希望した場合は、ケアワーカーや地域の住民など第三者と良好な関係を築くためのスキルが求められてきます。そのためには、患者さんが自分自身の病気の経過をしっかりと把握する必要があります。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの場合、小児期には歩きづらさや肺活量の低下といった症状がみられますが、移行期(20歳前後)は生命予後に関わる病状の進行が顕在化する時期で、人工呼吸器の装着が必要となったり、心不全で症状が起こりやすくなるなど、病状の進行を否応なく自覚する場合もあります。
また、青年期には「患者さんが一人の大人として生活できる場所はどこにあるのか」という問題が生じます。
かつては患者さんが短命であったため、高等教育機関への就学やその後の就職に至ることのできる患者さんはごくわずかでしたが、現在では患者さんの寿命が延び、就学を終えて社会で活躍している方も少なからずいらっしゃいます。
そのような時期になると、逆に親御さんは高齢の域にさしかかってくるため、患者さんの身体をふくむ全ての介護をこれまで通りには負担できなくなることもあります。
一方、筋ジストロフィーをはじめ、神経筋疾患の患者さんの長期療養施設は少なく、入所まで数年待ちとなっている施設も少なくありません。また、そのような施設での生活ではなく社会のなかで生活したい患者さん・ご家族も数多く存在します。
生活の場やライフスタイル、就労などの自己決定を行ううえで、病状の理解が必要であることはいうまでもありません。私たち医療従事者が筋ジストロフィーの患者さんに対してするべきことは、患者さんが自分自身の病気をしっかりと理解できるよう説明し、サポートしていくことだと考えます。
※最近では、自立支援生活センターや自助組織が積極的に支援を行っています。実際にこれらのサポートを受けて自立した患者さんも増えてきています。
成人してゆく子どもにとって「どうやって、何をして生きていくのか」という問題は、健常人でも避けて通れません。筋ジストロフィーの患者さんが早くして命を落とす危険性は低くなってきています。そのため将来的な生活を予測して、ご自身がどのような大人になりたいのか、予め考えておくことが望まれます。つまり、社会のなかで生きていく準備です。
加えて、患者さんが健常者に遠慮せず意見を伝えたり、積極的に活動したりする意欲や訓練も重要です。実際、自らの病気が足枷となり一般者に対して萎縮してしまう方は多く、後になって「自分が分厚い壁になっている」と気づく方もいらっしゃいます。
今後、積極的に社会参画する筋ジストロフィーの患者さんが増えていけば、私たち一般人も世の中に障害者がいることを自然認知する機会が増え、健常者の意識が変わってくる可能性もあります。
国立精神・神経医療研究センター病院は全国の神経内科のなかでも新患枠の受診時間を長くとっており、初診に約30分設けています。しかしそれでも患者さんの現在の病態を把握するには不十分なこともあります。特に移行期医療に伴って、小児科から神経内科に来られた方の場合は、患者さん側からこれまでの経過やエピソードを聞くだけでも多くの時間を取られてしまいます。
小児科の主治医から紹介されたときに患者さんの情報をいただいていても、紙の資料だけではどうしてもこれまでに担当医から受けた説明の幅や患者さんの病気への受け取り方がわかりません。
小児期において、医師から筋ジストロフィーという病気の詳しい説明を聞くのは主に保護者である親御さんであり、患者さん本人が治療選択の主役ではありません。一方で成人期以降は治療の主役が保護者から患者さんに移行するので、患者さん本人が医師から話を聞き、病気を理解して、治療に求めるものやこれからの生活の仕方を選択することが大切になります。
このように移行期医療は単純に医師が変わるのではなく、主役の交代も含まれてくるため、より一層継続性が大切と考えられているのです。
※知的障害を合併している場合は状況が異なるため、方針が異なる場合があります。
成人の筋ジストロフィーは当然、神経内科医が担当しなくてはならない疾患ですが、患者数が少ない稀少疾患であり、実際にこの病気を担当する機会が少ないため、診療に苦手意識を持つ神経内科医は多いと思います。
更に、患者さんが心筋症や呼吸不全など合併症を持つ重症の方である場合、神経内科医と他科の連携次第では病院が受け入れを拒否してしまうケースもあります。
また、知的障害を伴う患者さんの場合もハードルが高いと思われてしまい、成人の診療科から断られることが多いそうです。
確かに発達の問題にかかわる知的障害患者への対応については、小児科では担当してもらえますが、神経内科にかかることはないので医師も対応に難儀してしまう部分があるのかもしれません。
国立精神・神経医療研究センター病院に紹介される患者さんには、元々は地域の大学病院や小児医療センターに通っていたという方が多くいらっしゃいます。地域の病院に神経筋疾患を扱う施設があれば理想的ですが、これらの施設には筋ジストロフィーを専門とする医師がいないことも多いのです。
専門医療を求める患者さんは、不自由を抱えながら遠方の病院に通われることもままあります。
また、筋疾患医療に関心を持つ若手医師が不足しているというマンパワーの問題もあります。
上述したように筋ジストロフィーは患者数が少なく、神経内科で診察する機会がないため、神経内科の若い医師にとっては「筋ジストロフィーの患者を診る」という発想自体が出てこない可能性が高いと考えられます。
また、基本的に筋ジストロフィーなどの難病は現代の医療では完治することのない病気ですから、「患者さんが治る」というやりがいを求める医師は、他のジャンルに進むことが多いようです。もちろん、治らない病気でも薬剤やケアの介入次第でかなりの改善が見込まれますし、最近では遺伝子治療など「根治療法」の萌芽がみられるようになっていますが、上述したような面も若手医師の不足に影響しているのでしょう。
神経筋疾患医療に興味を持ってくれる若手医師を増やすことも、移行期医療の大きな目標の一つです。最近では遺伝子医療や分子治療が出てきているので、そうした面から治療研究や病態アプローチをする若手が増えればよいと考えています。
しかし、若手医師が興味を持つだけでは地域に希少疾患の医療を広めることはできません。
たとえば、筋疾患医療に関心を持って国立精神・神経医療研究センターに研修にくる若手医師が増えたとしても、その医師が地元に戻った場合、筋疾患医療の診療スキルをフルに生かせる機会がないということもあり得ます。
繰り返しになりますが、筋ジストロフィーをはじめ神経筋疾患治療の核となる病院は少なく、人口の多い都道府県を中心に各地方に1~2施設、比較的多い関東でも3~4施設程度です。
勿論、地域に希少疾患の専門医がいることは重要ですが、希少疾患診療の需要がどのくらいあるのかを考えなければなりません。
国立精神・神経医療研究センターは小児の筋ジストロフィー医療に力を入れている東京女子医科大学小児科と連携して、神経筋疾患患者さんの移行期医療を積極的に進めています。
具体的な流れは、下記の通りです。
16歳ごろに神経内科外来を親子で受診し、外来の雰囲気をみていただきます。
夏休みなど適当な機会に1週間程度入院。いろいろな検査やお話を通して多職種の医師による評価を行い、我々が患者さんのことを把握します。
退院時に担当の小児科医を国立精神・神経医療研究センターに招いて、多職種の医療従事者たちとともに移行カンファレンスを行い、問題点を洗い出します。その上で患者さん、ご家族が神経筋疾患をどのように受け止めているのかを確認し、今後の治療の詳細および治療方針決定の主体者が本人になることを説明しています。
入院後はメインの主治医を神経内科にして、入院することがあれば神経内科での対応になりますが、外来受診はどちらの診療科にするか(あるいは両方でも)、患者さんの希望次第で決めています。20歳が近くなると外来もメインは神経内科になりますが、気心の知れた小児科の先生ともいろいろなご相談をされる患者さんも多くいらっしゃいます。
こういった流れが実現化できている理由は、東京女子医科大学病院の小児科の先生方が移行期医療に熱心であること、また両院の距離が近いことが挙げられます。
もしも移行元、移行先に2時間以上の距離があった場合、対面でのカンファレンス施行など連携実現が厳しくなるでしょう。しかし、遠方距離の患者さんも多数いらっしゃるため、今後、遠距離地方から移行期医療の依頼があった場合は双方が相談したうえでお互いの病院を行き来したり、電話会議を行ったりするなどの方法で調整していければ理想的です。
地方に専門医が不足している事態や受け入れ施設集約への対策としては、国立精神・神経医療研究センターなどの専門施設と地域が連携していく例を増やしていくしかないと考えています。
具体的には、筋ジストロフィーの患者さんに緊急を要する症状の悪化が起こった場合、まず地域の救急病院で初療していただきます。継続して神経筋疾患の治療が必要な場合には国立精神・神経医療研究センター病院に転院してもらい、こちらの神経内科で長期医療を行うという流れが構築されれば、患者さんの急な容態変化にも対応が可能です。
また毎月、国立精神・神経医療研究センター病院への来院が難しい患者さんに対しては、地元の開業医の先生に依頼して往診を行うことで、こまめに患者さんと体の不調についての相談や便秘の治療、食べ物が食べにくいときなど、その時点で必要な対応をお願いしています。
これまで述べてきたように移行期医療で最も大切なのは、患者さんに丁寧に話をして、しっかりと理解していただく過程だと考えます。
ただ、こうした時間をかけて説明することが医療界において正当に評価されていないとも感じています。
患者さんへの説明に要する労働時間は、現在のところ診療報酬ではカバーされていません。極端に言えば丁寧に説明してもしなくても、同じ診療だと評価されているのが現状です。ですから収支がギリギリだったり、あるいは多忙な場合は、移行期医療を行う上での説明が物理的にできなかったりする施設もあり得るだろうと思います。
移行期医療に対する評価制度がきちんと確立されれば、我々医師は患者さんへの説明や患者さんからのご相談にきちんと対応することができます。患者さんと医師との間で理解を深め、最適な医療を行い、患者さんが医療の必要性を十分理解していくことで、患者さんのコンプライアンスが飛躍的に向上し、その後の健康管理に重大な影響をもたらします。
これからは移行期医療の説明やカンファランスなど、時間やマンパワーが必要なプロセスに対する診療上の診療報酬加算などの制度があれば良いと考えています。
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科 医長
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