今から30年ほど前、吸入ステロイド剤や生物学的製剤、抗肝炎ウイルス薬などがなかった時代には、気管支喘息や関節リウマチ、ウイルス性肝炎などの患者さんに対して、漢方薬をよく処方していました。現在では、西洋医学的な薬剤を用いても効果がみられない心因性の症状などに対し、漢方薬を使うことが増えています。富山大学附属病院和漢診療科教授の嶋田豊先生は、30年以上にわたり、その時代に西洋医学でカバーできる範囲から漏れた症状や疾患を治療するため、漢方医学と西洋医学双方の手法を用いた和漢診療を行い続けています。本記事では、漢方医学と西洋医学の特徴や、和漢診療科で処方される漢方薬について、嶋田先生に解説していただきました。
漢方医学とは、中国から伝来した古代中国の医学を、日本人が独自の民族性や体質に合わせて改変した日本伝統医学のことを指します。
韓国にも、中国医学に端を発した韓国独自の伝統医学、韓医学が存在します。
日本では鎖国体制を敷いていた江戸時代までは、漢方医学が日本の医療を担っていました。当時は、医学=漢方医学だったのです。
漢方医学(東洋医学)と西洋医学という2つの概念が生まれ、双方を区別して考えるようになったのは、江戸時代中期に蘭学(蘭方)として西洋医学が日本に伝来してからのことになります。
ただし、西洋医学そのものも時代とともに変化しているため、両者の違いや特徴もまた、時を経て変化していることを知っていただく必要があります。
漢方医学には生薬を使うという特徴がありますが、科学技術が発展する以前は西洋の医療においても、当然のことながら合成化学薬剤ではなく天然のものを薬として使用していたと考えられます。
以下に記す漢方医学と西洋医学の違いや特徴を誤解なく捉えるためには、双方の起源や根本、発展の歴史そのものが異なっていることを理解していただくことが大切です。
西洋医学には、臓器別や機能別に病気をみるという特徴があります。そのため、今日では総合診療が普及しつつあるとはいえ、少なくとも一定の規模以上の病院においては、循環器内科、消化器内科など、診療科ごとに縦割りで医療提供が行われています。
この背景には、西洋医学では解剖学や生理学が進んでおり、科学的に発展を遂げてきたという経緯があります。近年では、更に的を絞った分子標的治療も行われるようになりました。
ウイルスや細菌など、病気の原因を突き詰めて捉え、焦点を絞って専門分化した治療を考えるという点では、西洋医学は科学的で分析的、集団的な医学といえるのかもしれません。
※ただし、今日ではがん治療領域などで、オーダーメイドの医療も積極的に行われています。
一方、心身一如(しんしんいちにょ)という言葉がありますが、漢方医学では心の状態まで含めた患者さんの全体をみて、その人に最もふさわしいと思われる処方を行います。
そのため、漢方医学は個の医療ということもできます。
現在の医学では、臨床試験を行い、有意差をもって効果が見出されたものを標準的な治療として使用しますが、漢方医学ではたとえば4人に効いたが6人に効かなかったものを効果がないとは判断しません。
ただし、効果のあった4人はどういう人であったかということを、科学的な手法を用いて検証していくことは、今後私たちが取り組んでいくべき課題であると考えています。
また、診察時には、陰陽や虚実など、漢方医学独自の概念に基づいて診断をつけるため、患者さんをみるものさし自体も西洋医学と異なります。
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今日の西洋医学における薬剤とは、主に合成した化学医薬品や、天然のものから抽出した単一成分のことをいいます。
一方、漢方医学では、複数の生薬(しょうやく)がブレンドされたものを用います。たとえば、有名な漢方薬に葛根湯(カッコントウ)がありますが、これは7種類の生薬が配合されたものです。
このように、複数の生薬が一定の配合で組み合わされたものを漢方処方といいます。
漢方薬といえば、昔は生薬の煎じ薬が主に使われていましたが、今日では漢方エキス製剤が一般的になっています。
漢方エキス製剤は、コーヒーにたとえるならば粉末のインスタントです。
煎じ薬を凍結乾燥させて水分を飛ばしたあと、湿気ってしまわないように乳糖などでコーティングし、1回分ごとに分包されているため、便利で煎じる手間も省け品質も安定しているというメリットがあります。ただし、製造後に配合されている生薬の調整を行うことはできないというデメリットもあります。
一方、煎じ薬の場合は、病院内の薬剤部や調剤薬局で処方された生薬を、患者さんに毎日ご自宅で煎じていただく必要があり、手間や時間がかかるというデメリットがあります。
しかし、患者さんの体質に合わせて、ある生薬を抜いたほうがよい場合、あるいは加えた方がよい場合などには、配合を変えられるという大きなメリットがあります。
たとえば、高血圧やむくみを引き起こす偽アルドステロン症は、甘草という生薬が原因でおこります。甘草は葛根湯など、多くの漢方処方に配合されているメジャーな生薬ですが、偽アルドステロン症を生じた患者さんには、甘草を抜いた煎じ薬を処方することが可能となります。
時間や手間、携帯時の利便性などから、現在ではエキス製剤を希望される患者さんの比率が高くなっていますが、富山大学附属病院では、エキス製剤と煎じ薬のどちらも保険診療で処方しており、近隣の多くの調剤薬局も生薬を取り扱ってくれています。
また、入院治療中の患者さんに煎じ薬を処方する際には、あらかじめ病院の薬剤部で煎じたものをお出ししています。
2000年以上もの昔から使用されている未病という言葉は最近、CMなどでもよく耳にします。
未病の元々の意味には予防医学的な要素が含まれており、「未病を治す」とは、次のように現代風に解釈できるのではないでしょうか。
・1次予防=健康の増進を図り、病気にならないように心身を整える
・2次予防=病気を早期に発見し、早期に治療し重症化するのを防ぐ
※西洋医学でいうと、内視鏡で早期がんを見つけ、手術をする、など。
・3次予防=持病を持っている場合、それ以上進行したり、余病を併発しないように治療する
※たとえば、糖尿病の患者さんが糖尿病性合併症(腎症など)を発症しないよう、機能維持に努めること。
飽食の時代と呼ばれる現代の日本と、2000年以上前の中国では、未病の意味合いも違うのかもしれません。
そのうえで、今日の日本のような先進国に当てはめて「未病を治す」という概念を考える場合、以下のような生活習慣病の予防や、動脈硬化性疾患の進展予防をイメージしていただくとよいのではないでしょうか。
・生活習慣病やメタボリックシンドロームにならないよう、日常生活に注意する
・必要に応じて、それらが原因となって生ずる動脈硬化が進展しないよう治療する
・そして、脳卒中や心筋梗塞など、命にかかわる動脈硬化性疾患の発症を未然に防ぐ
さらには、診断できないささいな心身の不調を未病と捉え、生活習慣の改善に努め、時には漢方薬をのんで治療し、症状の悪化を未然に防ぐ、といった考えもあってよいのではないでしょうか。
中国や韓国では、西洋医学(現代医学)の医師と漢方医学(伝統医学)の医師は、医学部、医師免許が異なっており、片方の医師免許を持っている医師が、専門ではない他方の薬剤を処方することは一般には行われません。
しかし、日本の医師は漢方を専門とするものも含め皆、現代医学(西洋医学)を学んで医師免許を取得しています。ですから、和漢診療科でも、漢方医学をベースとしつつも、西洋医学的な診断や治療も考慮して個々の患者さんの診療にあたっています。
漢方医学的な視点と西洋医学的な視点を同時に持ち、時に併用し時に取捨選択して、その患者さんにとって最良の医療と考えられる医療を施すということが、和漢診療学の考え方です。
当科は和漢診療科という「看板」を掲げているため、患者さんはすべてといってよいほど漢方治療を希望して受診されます。
しかし、現在では市中のクリニックや大病院の各診療科でも、西洋医学の薬剤とともに漢方薬がごく普通に処方されています。自ら希望をしたわけではなくとも、内科や産婦人科、消化器内科などで漢方薬を処方されたことがあるという方も多いでしょう。
ちなみに、欧米諸国では、医療機関で漢方薬が処方されるということは原則的にはなく、このような医療制度は日本特有のものです。
医学教育モデル・コア・カリキュラムにも「和漢薬(漢方薬)」が組み込まれ、現在では多くの日本の医師が、漢方医学に対するスタンスの違いこそあれ、日常の診療のなかで多かれ少なかれ和漢診療と通じる医療行為を行っているといってもよいのではないでしょうか。
和漢診療学というと、西洋医学と漢方医学を融合させた特殊な学問のように感じられるかもしれませんが、日本の臨床現場ではごく一般的な医療として西洋医学と漢方医学の併用(補完)がなされており、看板なき和漢診療は今後も普及していくものと考えます。
富山大学大学院医学薬学研究部和漢診療学講座 教授
嶋田 豊 先生の所属医療機関
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