インタビュー

桂枝茯苓丸が動脈硬化の進展を防ぐ-漢方治療にエビデンス(科学的根拠)を作るための研究

桂枝茯苓丸が動脈硬化の進展を防ぐ-漢方治療にエビデンス(科学的根拠)を作るための研究
嶋田 豊 先生

富山大学大学院医学薬学研究部和漢診療学講座 教授

嶋田 豊 先生

漢方治療に関する科学的な研究や学術論文の数は多いとはいえず、その有効性を疑問視する方も少なくはありません。漢方薬を処方され、「本当に効くのだろうか?」と半信半疑で服用したという経験をお持ちの方もいることでしょう。

富山大学附属病院和漢診療科教授の嶋田豊先生は、漢方薬の臨床試験や基礎研究を行い、多数の功績をあげている、数少ない医師のひとりです。本記事では、「血管性認知症に対する釣藤散の有用性」や「動脈硬化進展予防における桂枝茯苓丸の有用性」の研究成果について、一般の方に向けてわかりやすく解説していただきました。

釣藤散は、慢性的な肩こりや頭痛めまいなどの症状に対して使われることの多い漢方薬です。釣藤鈎(チョウトウコウ)や人参など、11種類の生薬が配合されており、明治時代に宮内省侍医として活躍した浅田宗伯の著書『勿誤薬室方函口訣』にも、「癇症ノ人、気逆甚シク、頭痛、眩暈シ、或ハ肩背強急、眼目赤ク心気鬱塞スル者ヲ治ス」として登場しています。

1990年代、当科の教授を、私の師で和漢診療学の創始者でもある寺澤捷年先生が務めていらっしゃった頃、厚生省(現在の厚労省)の長寿科学総合研究費を受け、血管性認知症の患者さんに釣藤散(実薬)とプラセボ(偽薬)のいずれか一方を飲んでいただく二重盲検試験(臨床試験)を実施しました。

このとき使用したプラセボは、漢方エキス製剤の製薬メーカーに依頼して、開発していただいたものです。

試験では、139例の患者さんに、釣藤散またはプラセボのどちらか一方を12週間飲んでいただき、自覚症状や神経症候、日常生活動作障害、精神症候の改善度を比較しました。

この結果、夜間せん妄睡眠障害、幻覚・妄想といった陽性症状といわれる認知症の行動・心理症状や、会話の自発性の低下などの陰性症状の改善に、釣藤散が有効であることが有意差をもって証明されたのです。(※アルツハイマー型認知症を対象とした研究ではありません)

本研究は国際誌にも掲載されるところとなりました。

現在では漢方治療のエビデンスを作るための臨床研究も盛んに行われていますが、その先陣を切った研究であったと考えます。

最近経験した症例ですが、80歳前後のアルツハイマー型認知症の患者さんで、ドネペジルというアルツハイマー型認知症に使う薬をすでにのんでおられましたが、興奮して騒ぐことがしばしばあり、ご家族やケアマネージャーの方を悩ませていました。釣藤散を併用して服用していただいたところ、「以前のように興奮して騒ぐことがなくなった」と、大変喜ばれました。

赤血球

上述の研究を行ったことがきっかけとなり、私たちは釣藤散の薬理作用(メカニズム)を解明するために、さらに臨床研究を行いました。

無症候性脳梗塞の患者さんを対象とした研究では、血液の流動性や赤血球集合能の変化を調べ、いわゆるドロドロ血液に対し、釣藤散がよい変化をもたらすことを発表しました。

脳卒中などの疾患は、血管内皮機能が低下して、動脈硬化が進展することが一因となって起こります。

そこで私たちは、SHR-SPと呼ばれる、脳卒中を自然発症しやすいモデル動物(ラット)に対して釣藤散を用いて基礎研究を行いました。

この研究では、釣藤散を投与した群は、無投与群に比べて脳卒中を発症する週齢が遅くなり、生存期間が延長する(長生きできた)という結果が得られました。

脳梗塞などにより、脳虚血の状態になると、本来記憶や学習などに重要な役割を果たしているグルタミン酸(アミノ酸の一種)は、神経細胞死を誘発してしまいます。

私たちは培養神経細胞を用いた基礎研究により、釣藤散に含まれる11種類の生薬のひとつ釣藤鈎に、グルタミン酸によって誘導される神経細胞死を抑制する作用があることを発見しました。

この釣藤鈎という生薬は、アルツハイマー型認知症の陽性の行動・心理症状に対し使用されることも多い抑肝散(ヨクカンサン)という漢方薬にも含まれています。

アルツハイマー型認知症に対する抑肝散の作用機序(メカニズム)にも、釣藤鈎の神経細胞保護作用が関与していることが考えられます。

前項に記した研究の後、私たちは一過性脳虚血後のモデル動物(スナネズミ)を用い、釣藤散と釣藤鈎の神経保護作用を評価するための基礎研究も行っています。

この研究では、モデル動物に釣藤散または釣藤鈎エキスを経口投与すると、虚血後に海馬のCA1領域において神経細胞死が抑制されることがわかりました。海馬のCA1領域とは、脳の中でも記憶や学習に関与する重要な部分です。

脳の中の海馬

また、釣藤散・釣藤鈎の神経細胞保護作用には、抗酸化作用が関与しているということも明らかになりました。

釣藤散・釣藤鈎を投与することで、カタラーゼという抗酸化酵素の活性が高められ、この作用が脳虚血による神経細胞死抑制のメカニズムのひとつと考えられます。

以上が、当科で行ってきた釣藤散に関する一連の研究の概要になります。

桂枝茯苓丸は、婦人科領域の疾患(月経不順月経困難症更年期障害など)に限らず、肩こりや頭痛、冷えなどの諸症状に対して、様々な領域で使われる漢方薬です。

明らかな病気から病名のつかない症状にまで幅広く処方されていますが、漢方医学的な言葉を使って説明すると、桂枝茯苓丸は瘀血(おけつ)に対して用いられる漢方薬です。

瘀血とは、俗な言葉ですが、血液がドロドロとし流れに滞りが生じている状態のことです。

当科では、桂枝茯苓丸がはたして本当に血液の状態を改善するといえるのかを科学的に証明すべく、以下に記す臨床試験と基礎研究を行いました。

多発性脳梗塞の患者さんを対象とした臨床研究では、桂枝茯苓丸を飲み初めて4週間後に、重度の瘀血群において赤血球集合能が顕著に改善したという結果が得られました。

また、多発性脳梗塞の患者さんのうち瘀血といえる症例において、桂枝茯苓丸が赤血球変形能を改善することも明らかになりました。

つづいて、実験用のウサギを用いた基礎研究の概要を紹介します。ウサギは、餌の中に1%のコレステロールを混ぜると、容易に動脈硬化を起こすという性質を持っています。

本研究では、コレステロール1%を含有する餌を投与する群と、それに加えて1%の桂枝茯苓丸エキスも含有する餌を投与する群に分けて、8週間後の血管の状態を比較しました。

この結果、明らかに前者の群では動脈硬化が抑えられており、桂枝茯苓丸に抗動脈硬化作用があることが証明されました。

これは、桂枝茯苓丸に血管内皮保護作用があるからで、この作用は、マグヌス法という手法を用いてウサギの大動脈の血管作動性をみることで、証明することができました。

肝臓
画像:PIXTA

上記の基礎研究の際、動脈硬化を起こしたウサギの肝臓を病理の医師にみせたところ、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)を起こしていたことが判明しました。

NAFLDは、肝硬変肝がんを引き起こす危険があるため、現在問題視されている疾患のひとつです。

そこで私たちは、桂枝茯苓丸がNAFLDにも有効なのではないかと考え、新たに研究を行いました。

ウサギを用いた基礎研究では、桂枝茯苓丸が肝臓の線維化を抑制することが明らかとなり、メタボリックシンドロームに伴う肝疾患の進展予防に役立てられるのではないかと期待しています。

後ろ向き臨床研究ではありますが、当院で治療を受けていた糖尿病患者さんのうち、長く漢方治療を受けていた方は、そうでない方に比べ、糖尿病性腎症の程度が軽度で済んでいました。また、それらの患者さんには、桂枝茯苓丸が最も多く処方されていました。

この作用を確かめるために、私たちは糖尿病性腎症のモデル動物(ラット)に桂枝茯苓丸を30週間投与する基礎研究を行いました。

桂枝茯苓丸投与群では、腎機能障害の指標となる尿蛋白や血清尿素窒素の数値が低く、動物実験レベルでは、桂枝茯苓丸の糖尿病性腎症の進展抑制作用と腎臓保護作用を証明することができました。

最近では、エンドパット2000™と呼ばれる臨床検査機器が登場し、臨床的に人間の血管内皮機能を評価することができるようになりました。

これは、片方の腕に巻いた駆血帯(くけつたい)で5分間血流を遮断した後、血流を開放し、指先につけた血流センサーから、血管内皮細胞から放出される血管拡張物質である一酸化窒素(NO)を間接的に調べ、血管内皮機能を評価するものです。

当科ではこの機器を使い、100例のメタボリックシンドローム関連因子を有する患者さんを対象とし、桂枝茯苓丸の効果を検証する臨床研究を行いました。

対象の患者さんには、桂枝茯苓丸を服用する期間と服用しない期間をそれぞれ4週間ずつ設けていいただき、それぞれの期間の前後で血管内皮機能を測定しました。その結果、桂枝茯苓丸を服用していた期間の前後で、血管内皮機能の指標に改善がみられました。

先にも述べたように、動脈硬化は血管内皮機能が低下することが一因で生じます。したがって、血管内皮機能保護作用を持つ桂枝茯苓丸は、動脈硬化の進展抑制のみならず、動脈硬化が進むことで起こる心筋梗塞脳梗塞の予防にも貢献できる可能性があると考えることができます。

記事1『和漢診療科とは?西洋医学では対応できない症状などに漢方医学を活用する』で、漢方医学には未病という概念があるとお話ししました。

心筋梗塞や脳梗塞の予防としての桂枝茯苓丸を用いた動脈硬化に対する治療は、この未病の概念に通ずるところがあるといえます。

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  • 富山大学大学院医学薬学研究部和漢診療学講座 教授

    嶋田 豊 先生

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