敗血症とは、感染症をきっかけに、さまざまな臓器の機能不全が現れる病態です。重症化すると、4人に1人が亡くなるといわれています。
広島大学の教授である志馬 伸朗先生は、敗血症の診療に長く携わり、啓発活動にも取り組んでいらっしゃいます。志馬先生によると、敗血症は近年、増加傾向にあるそうです。それはなぜなのでしょうか。今回は志馬先生に、敗血症の原因や症状から、その早期発見と対応までお話しいただきました。
敗血症とは、感染症への罹患をきっかけに、心臓や肺、腎臓など、さまざまな臓器の機能不全が現れる病態を指します。敗血症のなかでも、重篤な循環、細胞代謝の異常を呈する特に重症なものを、敗血症性ショックと呼びます。
敗血症は、かつては、感染症に伴い生じる全身性の炎症によって臓器が障害される病態と捉えられていました。しかし、2016年の「敗血症および敗血症性ショックの国際コンセンサス定義第3版(Sepsis-3)」が発表されたことで、病態の捉え方が変化しました。
新たな定義では、全身性の炎症反応にのみ重点が置かれることがなくなりました。実際に、敗血症に罹患すると、全身性の炎症反応だけが起こるわけではありません。全身性の炎症反応の後には、炎症が収束する抗炎症が生じます。
このため、敗血症とは、炎症によってのみ生じるものではなく、感染への全体的な制御反応の調節がうまくいかないことによって生じる病態ということができるでしょう。
敗血症の致死率(退院時死亡率)は、調査時期や対象患者さんが多少異なるのですが、2013年の日本救急医学会の調査では29%、2017年の米国での調査(最新の米国の疫学データ:Seymour CM, New England Journal of Meidicne 2017)では24%と、概ね25%前後ということがわかっています。
治療成績のよい施設であれば退院時死亡率は10%台であるとの報告もありますが、現状では、4人に1人は亡くなる重篤な病態であるといえます。
敗血症は、肺炎や尿路感染症、腹膜炎など、あらゆる感染症に伴い発生する可能性があります。細菌、ウイルス、真菌(かび)など、あらゆる微生物が原因となりえますが、なかでも最も多いものは細菌でしょう。
通常、細菌やウイルスなど何らかの異物が体内に入ってくると、免疫細胞が活性化され、異物が増加しないように働きます。このような防御反応は、発熱や炎症反応という形で現れます。敗血症は、この防御反応が過剰に現れたり、抑制されることで発生するといわれています。
敗血症を発症しやすい方は、新生児と高齢者です。特に皮膚粘膜や臓器機能、免疫機能などが脆弱(ぜいじゃく)な状態である未熟新生児は発症の危険性が高く、死亡率も高いことがわかっています。また、感染症に罹患しやすい高齢者も発症しやすく、回復にも時間がかかるといわれています。
敗血症の症状として、ここでは、イギリスで市民啓発のために使用されているSepsis sixと呼ばれる敗血症のサインをご紹介します。主に以下のようなサインが現れたら敗血症を疑うべきであるといわれています。
上記のように、敗血症の初期症状では、意識がおかしく、ぐったりとしているなどの症状が現れます。また、変なことを言うようになったり、呼吸が速く息切れが現れるケースもあるでしょう。
血圧が低くなることで血のめぐりが悪くなり、手足が冷たくなったり顔色が青白くなる患者さんもいます。さらに、下肢が紫色になるチアノーゼという症状も、敗血症のサインということができるでしょう。
発熱は体が炎症反応を起こしているサインですが、発熱のみから敗血症を判断することは案外難しいです。風邪などの軽微な感染症でも発熱することがあるからです。
一方、発熱の後に平熱より体温が下がるということは、体の機能が低下しているサインでもあります。実際に、重篤な感染症に罹患すると、熱が下がるといわれています。このため、感染症に罹患し、体温が下がった場合には敗血症の重要なサインということができるでしょう。
また、意識障害は、高齢者の方に特に多くみられる症状です。突然意識をなくした場合、脳卒中などを疑う方が多いかもしれません。しかし、意識障害により救急搬送される患者さんの最も多い原因は感染症であるといわれています。感染症に罹患し、全身状態が悪化した結果、脳の機能障害の症状として意識障害が現れることがわかっています。
これらの症状の進行のスピードは、感染症の重症度と患者さんの免疫機能によって異なります。数十分で悪化するケースもありますし、数時間単位で悪化するケースもあります。概ね、1日のなかで急激な変化が起こる点が特徴的です。
敗血症ショックにいたるには、さまざまな理由があります。まず、感染源の病原性そのものが強いケースです。俗に「人食いバクテリア」と呼ばれる、劇症型の溶連菌感染症などはその典型例です。
また、患者さん側の抵抗力も関係します。患者さんの抵抗力が弱っている状態であると、体内の防御機構を感染源である細菌やウイルスに突破されてしまい、重症化しやすくなります。
さらに、介入が遅れれば遅れるほど状況は悪化し、重症化しやすくなることもわかっています。
敗血症の症例数の正確な統計は、存在していません。それは、敗血症は疾患ではなく病態であるため、統計をとることが難しいという背景があります。
しかし、あくまで私の感覚からお話しさせていただくと、近年、敗血症は増加傾向にあると捉えています。
増加している理由は、以下の2つであると考えています。まず一つ目は、高齢化です。高齢者は何らかの慢性疾患に罹患している方も多く、感染症に罹患しやすい、重症化しやすいという背景があります。
また、医療が進歩したことも影響していると考えています。近年、医療の進歩によって、移植手術やがんの化学療法などの増加に伴い、免疫を抑える治療が適応されるケースが増えています。免疫を抑制する治療を受けている患者さんは免疫システムが機能しないために、感染症に罹患しやすくなってしまいます。また、在宅で点滴治療を受けたり、人工呼吸器をつけているような方も感染症に罹患しやすいという特徴があり、敗血症に罹患するリスクが高いといえるでしょう。
これらの結果、敗血症が増加しているのではないでしょうか。
敗血症を予防するためには、原因となる感染症に罹患しないことが重要になります。成人であれば、肺炎やインフルエンザを予防するワクチンを接種することが有効でしょう。乳児や小児であれば、罹患する可能性のある細菌やウイルスのワクチン接種を受け、抵抗力を高めることが重要です。
また、何らかの疾患の治療のために血管に管を入れて生活している方もいるでしょう。この場合、その管からばい菌が入り、感染症に罹患するケースも少なくありません。このように、治療のために体内に何らかの異物を入れている場合には注意が必要でしょう。
とりわけ、上述したsepsis sixに当てはまるような症状を含め、普段とは違う強い重篤感を感じることがあれば、なるべく早く病院を受診していただきたいと思っています。特に、高齢の方など敗血症になりやすい方であれば、かかりつけの医師を持ち、異変がある場合にはすぐにみてもらえる体制を築くことが重症化を防ぐために重要になるでしょう。
敗血症の診断と治療-早期介入を目指す取り組みに関しては、記事2『敗血症の診断と治療-早期介入を目指す取り組み』をご覧ください。
広島大学大学院 救急集中治療医学 教授
日本救急医学会 救急科専門医日本集中治療医学会 集中治療専門医日本麻酔科学会 麻酔科専門医・麻酔科指導医日本感染症学会 感染症専門医日本化学療法学会 抗菌化学療法認定医・抗菌化学療法指導医日本外科感染症学会 外科周術期感染管理教育医・外科周術期感染管理認定医日本ペインクリニック学会 ペインクリニック専門医日本呼吸療法医学会 呼吸療法専門医 ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター
救急医学や集中治療医学を専門とし、2015年より広島大学大学院において救急集中治療医学の教授に就任。広島県のみならず、日本全体の救急・集中治療領域における医学研究や医療の質と安全性の向上のためにさまざまな活動に従事するとともに、救急・集中治療医を目指す若手医師の増加を目標に尽力している。
志馬 伸朗 先生の所属医療機関
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