名古屋市立大学病院 緩和ケアチームは、がんや治療に伴う苦痛を和らげるケアを行っているチームです。痛み、不安などのさまざまな“つらさ”に対応できるよう、多職種が連携してサポートにあたっています。特に、精神症状緩和や心理的な支援の充実を図り、患者さんやご家族の心のケアにも注力していることが特徴です。
今回は、緩和ケアチームの取り組みや特徴について、名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野教授 明智龍男先生にお伺いしました。
がんの患者さんにとって重要なのは、“がんを治療する”ことだと思います。しかし、がんになることや、がんの治療に伴って生じる、気持ちの動揺、痛み、だるさ、吐き気などの、さまざまな苦痛を和らげることも大切だと考えています。
緩和ケアチームは、がん、あるいはがん治療に伴うさまざまな苦痛、つらさを和らげるためのコンサルテーション活動を多職種で行う部門です。患者さんが、できるだけ生活の質(QOL)を保ちながら、主治医の先生と一緒にしっかりと治療を受けていただけるようにサポートしています。
緩和ケアチームでは、がんの患者さんやご家族の心のケアをはじめとした、がんと“こころ”の関係を扱う学問“サイコオンコロジー(精神腫瘍学)”を実践しています。
サイコオンコロジーは、1970年代頃に欧米で始まった学問です。今でこそ、いわゆるがん告知を行うことは一般的になりましたが、がんという病名を知らせることは、精神的に大きな影響があるものです。そこで、精神的なケアも重要だと広く認識されるようになり、確立した学問領域です。
サイコオンコロジーには2つの柱があります。1つは、がんになった患者さんやご家族に対する精神的なケアを扱う領域です。もう1つは、“病は気から”というように、精神的、社会的な問題によって、がんを発症しやすくなるのか、そして、がんになってからの生存期間に影響を及ぼすのかを、科学的に検証する領域です。
このサイコオンコロジーを専門とする医師が中心となって、精神的な治療を含めてがんの患者さんをサポートしていることが、当チームの特徴です。サイコオンコロジーについて、詳しくはこちらの記事で解説しています。
緩和ケアチームの診療の対象となるのは、主に当院に入院中の患者さんです。患者さんご自身が希望して受診されることもありますが、多くの方は、院内での紹介でいらっしゃいます。主治医や担当看護師が、「治療は順調だが痛みに苦しんでいる」「精神的に動揺が強く眠れていない」といった患者さんに対し、緩和ケアチームのサポートが必要だと判断した場合、当チームへの紹介となることが多いです。もちろん必要に応じて外来の患者さんやがん以外の患者さんのサポートもさせていただきます。
患者さんが感じているつらさは1つではないことが多いです。一例として、40代の乳がんの患者さんの場合についてお話しします。
その患者さんは、治療を終えて日常生活を送っているとき、体に痛みを感じるようになりました。病院で検査を受けたところ、がんが骨に転移(再発)していることが分かりました。このような場合、主治医は基本的に「再発しても治療の選択肢は複数あるのだから、転移(再発)の進行を食い止めるようながん治療を提供していこう」と考えます。
しかし、その患者さんは、大きな精神的動揺があり、通常の痛み止めではコントロールすることが難しいような強い痛みを感じていました。ご家族も患者さんの様子を見て不安を感じ、経済的な問題にも直面しました。このように、がんを発症すると、さまざまな悩み事や心配事が一気に押し寄せてくるものなのです。
当院に入院中のがん患者さんが当チームに紹介された場合、まずは依頼の内容に応じて緩和ケアの看護師、医師、薬剤師などスタッフが詳しくお話を伺います。痛みが十分に取れていないこと、患者さんも精神的に動揺していること、ご家族も精神的なサポートを必要とすることなどが分かってきたら、痛みの緩和のため、あるいは精神的なつらさの緩和のため、必要なスタッフが参加して緩和ケアを提供します。
その際、どのような苦痛を感じているのか、包括的な評価を行います。痛みの緩和を目的として紹介された場合でも、たとえば精神的な問題がないか、家族のことで悩んでいないか、というようなことも含めて考えます。そのうえでサポートの必要があると考えられる場合、患者さんのご希望を聞きながら、緩和ケアチームのスタッフが主治医のチームに加わります。がんの治療に加えて、症状の緩和も同時に提供していきます。
緩和ケアチームには、身体症状を和らげる専門家である緩和ケア医、精神科の医師である精神腫瘍医(サイコオンコロジスト)、臨床心理士、がん看護専門看護師、管理栄養士、理学療法士、薬剤師が在籍しています。現在は2チームに分かれて緩和ケアを行っています。この中から、医師が診察をすることもあれば、看護師がお話を伺いに行くこともあります。主治医や担当看護師からの情報をもとに、どのスタッフが治療に参加するとよいかを検討し、必要に応じて、社会福祉士、管理栄養士、歯科衛生士などもチームに加わることがあります。
基本的には、精神症状がある患者さんには精神科医、場合によって臨床心理士が対応します。痛みなどの身体症状がある患者さんには、看護師や緩和ケア医が対応します。
患者さんによって、身体症状の緩和のみ行うケースもあれば、薬剤師、看護師、臨床心理士の対応が必要なケースもあります。さまざまな症状を包括的に評価し、患者さんに合わせて、オーダーメイドで診療を行う体制を取ることが重要だと考えています。
先に述べたように、精神症状緩和や心理的な支援の充実を図っていることは、当チームの特徴のひとつです。特に、精神科医も臨床心理士も複数在籍していることは、緩和ケアにおいて重要なことだと考えています。
精神科医は、医学的に精神症状を評価する役割を担います。典型的には、薬物治療が必要かどうかを判断します。また、入院中の患者さんは“せん妄”という特殊な意識障害が現れることがあり、その場合は精神科医が主体となって対応することが多いです。当院では、たとえば、血液・腫瘍内科で移植手術を行うケースを緩和ケアチームの精神科医がサポートする仕組みを整えています。
臨床心理士は、患者さんやご家族の心のケアなどを行う心理的なサポートの専門家です。たとえば、小児がんのお子さんと保護者の方のサポートを臨床心理士が担当しています。
ここまで述べたように、当院の緩和ケアチームには複数の精神科医や臨床心理士が在籍し、心のケアも含めたサポートを行っていますが、全国どこでも同じ状況をつくることは難しいと考えています。そこで、私たちは、大学病院としてさまざまな研究に取り組んできました。
2019年現在、実施している研究は複数ありますが、そのうちの2つをご紹介します。1つは、乳がんの患者さんが抱く再発不安に対し、スマートフォンで精神療法(カウンセリング)を行って和らげるという研究です。もう1つは、がんの患者さんのご遺族の精神心理的苦痛緩和というテーマで、遺族の方にとってどのようなケアが適しているのかを検討する研究です。どちらも私が主任研究者を務めて進めています。
今後は、スタッフの教育や啓蒙活動にも力を入れていきたいと思っています。最終的な目標は、主治医や担当看護師が、身体症状や精神症状緩和の技術を身につけて、がん治療のなかで当たり前に緩和ケアを提供できる環境の構築です。そのために、教育や啓蒙活動を行っていくことは重要だと考えています。
“緩和ケア”という言葉に、進行がんや終末期というイメージを持っている方も多いかもしれません。しかし、“がん対策推進基本計画(平成24年6月閣議決定)”にも明記されているように、緩和ケアは、がんと診断された時点から始めるものです。すなわち、診断されたときの精神的な動揺からケアが必要だということです。がん治療をしっかり受けるとともに、緩和ケアを始めていきましょう。
緩和ケアの対象には、ご自身だけでなくご家族も含まれます。つらいこと、悩んでいることなど、気兼ねなくご相談いただければと思います。
名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセンター長、名古屋市立大学病院 副病院長、名古屋市立大学大学院学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授
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