インタビュー

健康の鍵を握るのは“適切な歯磨き”——口内の環境は年々変化する

健康の鍵を握るのは“適切な歯磨き”——口内の環境は年々変化する
倉治 ななえ 先生

医療法人社団仁慈会 テクノポートデンタルクリニック 院長、日本歯科大学附属病院 臨床教授

倉治 ななえ 先生

青木 薫 さん

医療法人社団仁慈会 テクノポートデンタルクリニック 歯科衛生士/新東京歯科衛生士学校非常勤講師...

青木 薫 さん

目次
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歯周病や虫歯をはじめ、口臭や知覚過敏など、お口にはさまざまなトラブルが生じます。しかし、これらの多くは毎日適切な歯磨きを実施することによって予防することが可能です。今回は、お口のトラブルが招く健康への影響や適切な歯磨きのポイントについて、テクノポートデンタルクリニック院長の倉治(くらじ) ななえ先生と歯科衛生士の青木(あおき) (かおる)さんにお話を伺いました。

倉治先生:

日本歯科医師会が2016年に発表した調査結果によると、日本人のお口や歯に関する悩みのトップ3は、1位“ものが挟まる”、2位“歯の色”、3位“口臭”となっています。実はこのうち“ものが挟まる”“口臭”という悩みについては、歯周病が関係しています。加えて、2018年に8020推進財団によって行われた永久歯の抜歯原因調査の結果を見てみると、歯が失われる原因としてもっとも多かったのが歯周病(37.1%)、次いで虫歯(29.2%)でした。また、特に歯周病においては、40歳以上の日本人のうち約8割がかかっているともいわれています。

左:倉治 ななえ先生 右:青木 薫さん
左:倉治 ななえ先生 右:青木 薫さん

倉治先生:

歯周病によって口臭が気になる・歯がぐらついて好きなものが食べられない、虫歯によって歯が痛むなど、お口のトラブルが原因でQOL(生活の質)の低下を体感したことがある方も多いと思います。しかし、お口のトラブルが引き起こす問題はこれだけではありません。特に慢性的に歯周病にかかっていると、全身の健康に影響を及ぼすリスクが高まってしまいます。歯周病が原因で発症リスクが高まったり悪化を招いたりする病気の一例として挙げられるのは、心筋梗塞脳卒中糖尿病肺炎などです。

また、歯の本数(残歯数)と寿命、健康状態には密接な関係があり、残歯数が多いほど寿命が延びるという研究結果が出ています。さらに、残歯数が多いことで認知症発症や転倒のリスクが低くなるということも判明しており、健康な歯を保つことが健康に長生きすることに貢献するといえます。

倉治先生:

歯周病と虫歯のいずれも、原因となるのは口内のプラーク(歯垢)です。プラークの正体は細菌の塊で、歯周病や虫歯を引き起こす細菌はそれぞれ性質が異なります。歯周病菌は嫌気性菌(けんきせいきん)といって酸素を嫌い、虫歯菌は好気性菌(こうきせいきん)といって酸素を好みます。こうした性質の違いにより、それぞれの菌が主に口内のどこに生息しているかが異なっているのです。ただ、歯磨きの最大の目的が、プラークを取り除き歯周病と虫歯を予防するということに変わりはありません。

一方で、誤った方法で歯磨きを続けることでプラークを取り除けずに歯周病や虫歯になってしまうだけでなく、知覚過敏を引き起こすこともあります。本来、歯はエナメル質という硬い組織で覆われています。しかし長年、必要以上に強い力で歯を磨き続ける、加齢により歯肉退縮が起こる、といったことで歯ぐきが下がり、歯根の象牙質(ぞうげしつ)という組織が露出します。象牙質には神経の管が通っているため、冷たいものなどを口にした刺激で痛みを感じるようになります。加えて、象牙質はエナメル質の半分程度の柔らかい組織のため、すり減りやすく、虫歯が進行しやすいのです。このように、誤った歯磨きを続けることで悪循環をもたらすことも懸念されます。

歯の断面図
歯の断面図

青木さん:

一口に“適切な歯磨き方法”といっても、実際は年代や口腔内の環境(歯並びや既往歴、生活習慣)などによって一人ひとり方法が異なります。また、歯周病と虫歯のどちらを予防するのかによっても、ポイントが変わってきます。中学生くらいまでであれば歯周病予防を意識する必要はありませんが、年齢を重ねるにつれて歯周病予防を念頭に置いた磨き方も身につけていただきたいです。ブラッシングの手法はいくつもありますが、ここでは虫歯予防と歯周病予防、それぞれの代表的なブラッシング方法を紹介します。

<虫歯予防のブラッシング>

・歯に対して直角に歯ブラシを当て、往復する。

歯に対して直角に歯ブラシを当て、往復する。

・奥歯の噛み合わせの溝に歯ブラシの毛先を当て、細かく動かす。

歯周病予防のブラッシング

<歯周病予防のブラッシング>

・歯の外側、内側ともに歯と歯ぐきの境目に対して45度になるよう歯ブラシを当て、細かく動かす。

歯周病予防のブラッシング

・前歯の裏側は歯ブラシを縦に使用する。

歯周病予防のブラッシング2

青木さん:

丁寧に磨き残しなくブラッシングをしようとすると、最低でも3分前後はかかると思います。ただ、やはりあくまでこれらは一般的な磨き方・時間の目安のため、ご自身の口内環境に合ったブラッシングを知るには、歯科医院で指導を受ける必要があります。

青木さん:

一方で、歯磨きをするうえで誰しもがおさえるべきポイントもあります。そのポイントが以下のとおりです。

  • 歯ぐきに近い部分
  • 噛み合わせの部分
  • 歯間

歯ぐきに近い部分に汚れが残っていると、歯周病や虫歯になりやすくなります。歯ぐきに近い部分を磨くということは、全ての方に意識していただきたいポイントです。

さらに、虫歯予防の観点でいえば、奥歯の噛み合わせの部分と歯間は非常に虫歯になりやすいため、丁寧に磨いてください。

加えて、普段の診療のなかで磨き残しを見つけることが多いのは、上の歯であれば奥歯の外側、特に一番奥の歯に磨き残しが見られます。また、下の歯で磨き残しが多いのが奥歯の内側です。たまに、鏡を使ってきちんと奥まで歯ブラシが届いているか、確認してみるとよいと思います。

上の奥歯の外側と下の奥歯の内側も要注意ポイント  素材提供:PIXTA/加工:メディカルノート
上の奥歯の外側と下の奥歯の内側も要注意ポイント 素材提供:PIXTA/加工:メディカルノート

青木さん

倉治先生:

歯磨きの頻度とタイミングは、起床時と朝昼晩の食後3分以内、1日3~4回がベストだと思います。寝ている間は唾液量の分泌が減り、口内の細菌が増殖してしまいます。そのため、起床時と夜の歯磨きは特に念入りに行っていただくとよりよいです。

倉治先生:

より歯磨きを意味あるものにするためにも、歯磨剤の選び方や使用方法も重要です。まず、大前提として基本はフッ化物(フッ素)配合のものを選択してください。フッ化物は歯のエナメル質や象牙質に作用して、虫歯を予防してくれます。そのうえで、ご自身の気になる症状や目的によって第2成分を選択してください。第2成分の選択のポイントは以下の通りです。

研磨剤 種類

倉治先生:

加えて、低研磨・低発砲・低香味のものを使用すると、なおよいと思います。研磨性が高すぎると、エナメル質や象牙質を傷つけてしまいます。低発砲であれば泡立ちにくいため長時間磨けますし、低香味は“香りが強いため磨いた気になってしまう”ことを防いでくれます。

また、歯磨剤を使用する量も重要です。虫歯予防の観点でいえば、各年齢における適切な歯磨剤の量とフッ化物濃度は以下のとおりです。

フッ化物濃度

倉治先生:

フッ化物の予防効果を発揮させるためには、歯磨きをした後のうがいは15ml程度の水で1回のみ行います。あまりうがいをしすぎると、せっかくのフッ化物の成分が流れ出てしまうので注意してください。

青木さん:

歯ブラシの選び方は、人によって適切なものが異なるため一概には言えません。同じ大人用の歯ブラシであっても、ブラシ部分(ヘッド)が大きいものと小さいもので差があります。それぞれヘッドにおけるメリット、デメリットは以下の通りです。

歯ブラシの選び方

青木さん:

また、歯ブラシの毛の硬さも、たとえば強く磨きすぎてしまう癖のある方には、毛の柔らかいブラシをすすめたり、逆に握力などが低下したご高齢の方には、やや硬めのブラシをすすめたりしています。歯磨剤との組み合わせも重要で、研磨性の高い歯磨剤と毛の硬い歯ブラシを組み合わせてしまうと、エナメル質が削れる原因になることもあります。

青木さん:

非常に丁寧に磨けていても、歯間にプラークがたまっている方は多いです。歯ブラシだけでは物理的に取り切れないので、デンタルフロスなどのオーラルケアアイテムをぜひ取り入れてみてください。プラークの除去が大変上手にできている方にケアの方法をお伺いすると、デンタルフロスをはじめ、歯間ブラシや電動歯ブラシなどのオーラルケアアイテムを正しく活用できている傾向にあると感じます。

倉治先生:

歯ブラシで磨くだけでは、プラークの除去率は60%にも満たないといわれています。かつて、アメリカの歯周病学会が“Floss or Die(フロスをしますか、それとも死を選びますか)”というメッセージを用いて啓発を行っていたほど、デンタルフロスは歯周病予防に役立ちます。

青木さん:

ただ、デンタルフロスを使用している方の中には、その使い方を誤っている方もいらっしゃいます。せっかくデンタルフロスを使うという意識はあるのに、それを最大限生かせないのは非常にもったいないです。一度、歯科医院でデンタルフロスの使い方をレクチャーしてもらうのがよいと思います。

倉治先生:

ブラッシングに自信がない方は、電動歯ブラシを活用するのもよいですね。各メーカーがさまざまなタイプの電動歯ブラシを開発しているので、それぞれの特徴を知り、違いを把握したうえで用途に合わせて選択するのが望ましいです。

青木さん:

メーカー(タイプ)ごとにブラシの動かし方が異なったり、使用者の使い方の癖があったりするので、個人的には電動歯ブラシの使い方も歯科医院で一度レクチャーしてもらうのがよいと思います。レクチャーを受けたい場合には、ご自身が使用している電動歯ブラシを歯科医院に持って行ってみてください。

倉治先生:

2020年7月現在のトピックとして挙げられるのが、新型コロナウイルスと結びつく受容体が、舌や口の中の粘膜にも多く存在するという研究です。また、以前より、歯周病菌が出すたんぱく分解酵素(プロテアーゼ)がのどの粘膜を保護する糖たんぱく質を溶かし、インフルエンザに感染しやすくなるということが分かっています。こうしたことから、歯周病菌が口内に多く存在することで、新型コロナウイルスを含むある種のウイルスに感染しやすくなる可能性も考えられます。このような研究をふまえ、歯磨きや舌の掃除をきちんと行い、口内を清潔に保つことが新型コロナウイルス感染症予防につながるという考え方が徐々に広まってきています。個人的には、歯磨きのほか市販の口腔ケアシートなどを用いて舌の上や頬の内側などの粘膜の汚れを拭き取るという方法を推奨しています。

青木さん:

一般的な歯磨きの方法などをご紹介しましたが、やはり一番よいのは、実際に歯科医院に行き、ご自身にとって適切なホームケアの方法を知ることです。

倉治先生:

さらに口内環境というのは刻々と変化しますので、“昔習った方法”では歯磨きの最大限の効果は得られません。

青木さん:

メンテナンスを目的とする方の多くは、大体3か月に1回のペースで来院されます。虫歯などの調子がよければ半年に1回の方もいらっしゃいます。現時点でまったく問題がないという方であっても1年に1回は歯科医院を受診し、オーラルケアに関するアドバイスを受けていただきたいです。

倉治先生:

歯周病や虫歯は、その発生のメカニズムがすでに明らかになっているため、皆さん一人ひとりが歯科医師や歯科衛生士と協力しながら自分に合った適切なケアを行うことで、必ず予防することができます。今、お口に残っているご自身の歯は何本あるでしょうか。歯は皆さんが自分らしく最後まで人生を全うするということに大きく貢献してくれます。だからこそ、たかが歯1本と思わずに、今皆さんが持っている歯を人生の最後まで大切にしてほしいと思います。

そのためには、年々変化していく口内環境に合わせてホームケアの方法を変えていく必要があります。また、ホームケアだけでは足りない部分もあります。しかし、皆さん一人ひとりにぴったりのホームケアをお伝えし、ホームケアでは足りない部分をお手伝いするのが、私たち歯の専門家である歯科医師や歯科衛生士の役割です。健康に過ごすためにも、まずはかかりつけの歯科医を作って、定期的に適切な口内ケアのアドバイスを受けることをおすすめします。歯と健康を守るために共に歩んでいきましょう。

青木さん:

 “食べる”ということは健康に影響します。そして、その“食べる”ということを支えるのが“歯”です。歯の調子が悪いときだけ気を配るのではなく、常によいコンディションを保つよう心がけることが、食べること、そして健康へとつながります。歯周病と虫歯は予防ができる一方で、なってしまえば歯を削る必要などが生じ完全に元通りにすることはできません。「歯周病や虫歯になったときに治療すればいいや」という考え方ではなく、そうならないように、ぜひ普段のケアを大切にしていただきたいと思います。そのためにも、個々に合った適切なケアの方法を知り、日々実践することが重要です。ぜひ歯科医師や歯科衛生士を頼っていただき、それぞれのお口にあった方法で、“毎日のルーティーンとしての歯磨き”ではなく、“健康を守るための歯磨き”をしていただけたらと思います。

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