先天性嚢胞性肺疾患は、基本的に治療を行うことで症状はよくなり、治療後もよい経過を辿るのが特徴です。埼玉県立小児医療センターでは、先天性嚢胞性肺疾患の治療において、開胸手術ではなく完全胸腔鏡下による手術を行っています。今回は埼玉県立小児医療センター 小児外科 科長である川嶋 寛先生に、先天性嚢胞性肺疾患に対する胸腔鏡下手術についてお話を伺いました。
先天性嚢胞性肺疾患は、放置することで嚢胞が細菌に感染したり、がん化につながってしまったりする恐れがあります。そのため、先天性嚢胞性肺疾患のある方は基本的に全員が手術の対象となります。
当院では、肺葉内肺分画症、先天性肺気道奇形(Congenital Pulmonary Airway Malformation:CPAM)、気管支閉鎖症などのケースにおいて、呼吸状態が落ち着いているという条件のもと、およそ生後半年の時点で手術を実施しています。一般的には、呼吸状態が落ち着いて1歳になるのを待ってから手術を行う病院が多いですが、当院では完全胸腔鏡下での手術を導入することで、比較的早期のタイミングから治療に対応できるようにしています。
ただし、なかにはすぐに手術を行わないケースもあります。
たとえば、肺葉外肺分画症で症状があまりみられない場合や症状が落ち着いている場合は、半年から1年ほど経過を見て手術を行う場合もあります。
病変に炎症を伴う場合は、炎症が治まってから半年ほどの期間をおいて手術を行います。この理由は、炎症が起こっているとそれに伴って病変の癒着も起こっており手術が難しくなることから、炎症が治まって癒着状態が比較的軽くなるのを待つためです。
先天性嚢胞性肺疾患の手術では、肺葉内肺分画症であってもCPAMであっても基本的には肺葉切除術を行います。右肺であれば上葉、中葉、下葉、左肺であれば上葉、下葉の病変がある部位のいずれかを切除するのが小児科で行われている一般的な手術です。
肺分画症の場合は異常血管も存在するため、異常血管と分画肺の切除を行います。肺葉内肺分画症では分画肺を肺葉ごと切除し、肺葉外肺分画症では肺葉の外にある分画肺を切除します。
当院では、先天性嚢胞性肺疾患においては基本的に完全胸腔鏡下で手術を行っています。開胸手術や、開胸を併用した手術などは特別な例を除いて行っていません。手術における切開は、大人にとっては小さい範囲であっても、生後半年程度の子どもにとっては通常の開胸手術と変わらないほど大きな傷あとになってしまいます。ですから患者さんの負担軽減を考慮し、積極的に完全胸腔鏡下手術を取り入れています。
完全胸腔鏡下手術のメリットとしては、手術の傷が小さく、開胸手術と比べて患者さんの体への負担が少ないことが挙げられます。開胸手術では、肋骨と肋骨の間にある肋間筋という筋肉がダメージを受けてしまいます。肋骨にも影響を及ぼすことで、呼吸障害や背骨・胸郭の変形の原因にもなり得ます。そういった点から、胸腔鏡下で手術を行う意義は非常に高いと考えます。
デメリットとしては、小児の肺疾患手術において、胸腔鏡を用いて行っている病院が現時点では少ないことが挙げられます。
手術直後の合併症としては、縫合不全によって気管や肺組織から空気が漏れてしまう気胸を発症するケースがみられます。また、気道内の細菌による胸腔内感染や、手術中の接触による肺炎、出血も起こる場合があります。こうした術後合併症への対処法としては、胸腔ドレーン*を体格に応じて1本または2本挿入することで不要な空気や液体を体外へ排出し、気胸や出血、感染に対応しています。
術後の長期の合併症としては、胸郭変形、成長障害、喘息などが国内および海外でいくつか報告されていますが、発生頻度は明らかではありません。
*胸腔ドレーン:肺と胸壁の間の空間(胸腔)に挿入するチューブのこと。この処置は肺が虚脱しているときに、胸腔から空気や液体(胸水)を抜くために行われる。
完全胸腔鏡下手術の場合、切開自体は開胸手術に比べて小さく済みますが、最終的には切除した肺を取り出すために2cm程度の傷が必要となります。切除した肺をもっと効率的に取り出せる方法が開発されれば、手術の傷はさらに小さくすることができますが、現状ではどうしても2cm程度は切開しなければなりません。現在当院では生後半年の時点で手術を行っていますが、この適応年齢をさらに下げて半年未満で手術を行った場合、体格に対して傷の大きさが、たった2cmでも大きな傷となってしまいます。切開する範囲をなるべく抑え、手術の傷をさらに小さくするにはどうするかが今後検討すべき課題の1つです。
また、一般的に肺切除術は1歳を迎えてから手術が行われています。ここは各施設での考え方の違いがありますので、どちらが正しくてどちらが間違っているということはありません。手術の傷が同じ2cmなのであれば、生後半年よりも体が成長した1歳のほうが身体的な負担は少なくなります。一方で、胸の中に嚢胞が残っていると感染の原因になりやすく、一度感染が起こってしまうと嚢胞切除が難しくなってしまいます。そのため、感染が起こる前になるべく早い段階で対応したほうがよいという考え方もあります。手術実施のタイミングに関してはコンセンサス*が得られていないため、今後は患者さんにとっても分かりやすいように手術の時期を決めていく必要があります。
今後の展望としては、胸腔鏡下手術の更なる普及が望まれます。小児の肺疾患自体が数少ないため、現時点では胸腔鏡を用いて肺の切除手術を行っている小児外科医はあまり多くありません。全国の小児外科医へ胸腔鏡下手術がよりいっそう普及していくことで、患者さんの選択肢も増え、治療時のさまざまな負担を軽減することができると考えられます。
*コンセンサス:合意、総意、大多数の意見。治療ガイドラインを作るときには、ガイドライン作成委員会メンバーのコンセンサスを得て、最終的にその治療法の内容や適応年齢、推奨度を決める。
一般的な先天性嚢胞性肺疾患の予後は、肺分画症、CPAMのいずれにおいても非常に良好です。例外的に、胎児診断がなされ出生直後に治療が必要な方で、肺の成長障害がある場合は難しい経過を辿ることもありますが、そのようなケースは割合としては多くありません。
基本的には日常生活の中で大きな制限はありません。普段の生活の中で自覚症状が現れることもほとんどありませんが、手術直後の激しい運動などは心肺機能に大きな負荷をかけるため、運動をされる際は十分に注意してください。肺を一部切除している分、呼吸機能は通常よりも低下しているためです。
術後の生活では、肺炎などの感染を起こさないことが一番重要です。病気の慢性化を予防するためにも定期的に運動を行い、呼吸機能の維持と向上に努めてください。
先天性嚢胞性肺疾患で肺を切除することに対してネガティブなイメージを抱く親御さんは多いでしょう。しかし、手術を行うことで良好な予後を辿る患者さんも多いので、ぜひ積極的に治療を受けていただきたいと考えます。また、近年は胸腔鏡下手術の技術もどんどん進歩しており、手術の幅も広がってきています。治療について迷われている方は、胸腔鏡下手術の適応も含めて、ぜひ埼玉県立小児医療センターへご相談ください。
埼玉県立小児医療センター 小児外科 科長
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