月経前に心身の状態が不安定になる月経前症候群(PMS)の中でも、特に精神症状が強く現れるものを月経前不快気分障害(PMDD)といいます。PMDDは学校生活や社会生活などに支障が出ることが多いため、早期に気付いて適切な治療を行うことが大切です。近畿大学東洋医学研究所所長・教授の武田 卓先生は、「治療の選択肢は複数あるので、我慢せずに受診してほしい」とおっしゃいます。
今回は、PMDDの症状や治療方法などについて、西洋医学に漢方を取り入れた治療に取り組む武田先生にお伺いしました。
月経の3~10日前から“イライラする”“お腹や腰が痛い”といった不調を心身にきたし、月経開始とともに徐々に症状が和らぐものを月経前症候群(PMS:premenstrual syndrome)と呼びます。PMSの中でも特に精神症状が重度のものを月経前不快気分障害(PMDD:premenstrual dysphoric disorder)といい、日本では成人女性の1.2%がPMDDであるという報告もあります。
なお、PMDDとPMSは連続的な病気と考えるのが一般的になっており、2つを合わせてPMDs(premenstrual disorders)と呼ばれることもあります。
気分の不安定、怒り、イライラ、不安、緊張といった精神症状が月経前の期間にのみ強く現れ、月経が始まると症状が軽くなる、あるいはほとんどなくなるというのがPMDDの一番の特徴です。
PMDDは日常生活や社会活動に支障をきたすため、学生だと通学が困難になる方もいますし、社会人であれば月経前に1週間ほど毎月仕事を休まなければならないために常勤の仕事に就けない方もいます。また、職場の人間関係がこじれてしまったり、家族との関係がうまくいかなくなったりする場合もあります。転勤や異動をはじめとする環境の変化、大きな災害や新型コロナウイルス感染症の流行によるストレスは、PMDDやPMSの悪化の一因になることが明らかになっています。
なお、もともとうつ病などの精神疾患があり、その症状が月経前に悪化する場合にはPMDDとは異なる病態(PME)であるため、その鑑別も重要といえます。
PMDDの詳細な原因は、はっきりとは分かっていません。明らかになっていることは、卵胞ホルモン(女性らしい体をつくるホルモン)や黄体ホルモン(排卵後に分泌される妊娠に備えるホルモン)といった女性ホルモンの異常は起こっていないということです。このことから、排卵後の黄体ホルモンに対する感受性(影響度)が一因ではないかと考えられています。
また、セロトニンやGABAといった神経伝達物質の異常もPMDDの一因ではないかという説もあります。セロトニンやGABAには気持ちを落ち着かせるはたらきがあるため、月経が始まる1週間ほど前から急激に黄体ホルモンの分泌量が減少し、これらの神経伝達物質がうまく作用しなくなることが月経前の精神症状とつながっているといわれています。
PMDDを疑う症状がある方は、まずは婦人科領域を中心に診療している産婦人科を受診して相談していただくのがよいでしょう。精神症状が非常に強い場合や、産婦人科でしばらく治療を続けても改善がみられない場合には、精神科への受診をおすすめします。
PMDDでは卵胞ホルモンや黄体ホルモンといった通常の血液検査で測定できるホルモンには異常はありません。そのため診断においては、問診が非常に重要です。問診では、“どのような時期からどういった症状が現れ、いつ頃から軽くなったか”を中心にお話を伺います。また、漢方を用いた専門的な診療の場合には、問診に加えて舌診や腹診といった漢方医学独自の診察方法を行うこともあります。
診断には米国精神科学会が作成したDSM-5という診断マニュアルの中に記載されているPMDD診断基準が用いられています。毎日の記録や問診によって自覚症状や日常生活、社会活動への影響の度合いを評価します。
下記の症状が月経前の期間に限定して現れ、月経開始とともに症状が軽くなることが前提となります。
1.感情が著しく不安定になる
2.著しいいらだたしさや怒り、あるいは対人関係における摩擦が増加する
3.著しい抑うつ気分や絶望感、あるいは自己批判的思考に陥る
4.著しい不安や緊張に襲われる、あるいは気持ちの高ぶりやいらだちを感じる。またはその両方がある
5.仕事や学校などの通常の活動への興味が減退する
6.集中するのが難しいと感じる
7.倦怠感があり、疲れやすい。または気力が著しく欠如する
8.食欲が著しく変化し、過食あるいは特定の食べ物を強く欲する
9.過眠、あるいは不眠である
10.圧倒される、あるいは制御できないという感じがある
11.そのほかの身体症状がある(乳房の痛みや腫れ、関節痛や筋肉痛、膨らんでいる感覚、体重増加など)
1~4のうち1つ以上は必須で、全て併せて5つ以上の項目に該当しているとPMDDと診断されます。加えて、これらの症状によって明らかな苦痛を感じ、社会活動や人間関係がうまくいかなくなっていること、またこれらの症状がうつ病やパニック症など、ほかの病気の増悪によるものではないことを確認したうえで、PMDDと診断します。なお、これらの症状が月経前に2回以上、繰り返し起こっていることも条件となります。
このように、非常に厳密な診断基準ですが、実際の臨床においては全ての基準を満たさなくても、社会生活の障害度がかなり重度である症例がしばしば認められます。そのような場合にも、PMDDに準じた治療が行われます。また、毎日症状をつけることが診断基準に記載されており、症状の改善効果があることが分かってはいるのですが、現実的には煩雑であるために実臨床では省略されている場合も多いと思われます。
PMDDには複数の治療選択肢があります。特徴や注意点を含めてどういった治療があるかご説明します。
産婦人科ではほとんどの場合、PMDDの治療薬としてLEP(Low dose estrogen progestin:低用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤)を処方します。LEPには休薬期間を挟む服用方法と、休薬期間を挟まずに次の月経がくるまでは薬を飲み続ける方法(連続投与)があります。
連続投与では、月経の回数自体を2~3か月に1回程度に減らすことが可能です。つまり、2~3か月に1度の月経期間中を除きLEPを服用し続けるため、ホルモン変動が起こらない期間が長くなり、安定が望めます。LEPにはさまざまな種類がありますが、ドロスピレノンという黄体ホルモンを含有する製剤は、PMDDの治療効果に関するエビデンスがあります。
【注意点】
ただし、LEPは投与できる方に制限があり、片頭痛がある方、中でも前兆のある片頭痛*の場合には禁忌となり、前兆がない片頭痛であっても慎重投与となります。また、LEPの副作用として血栓症のリスクが挙げられます。特に肥満の方や喫煙習慣のある方に対しては血栓リスクが高いため、使用できない場合があります。
なお、LEPは月経困難症に対する治療薬であるため、厳密な意味ではPMDDに対して保険適用にならない点はご理解ください。
*前兆のある片頭痛:片頭痛が起こるよりも前に光が見える、視野が欠けるといった特徴的な症状が現れるものを指す。
抗うつ薬の一種で、脳の神経伝達物質であるセロトニンを増やすはたらきがあるSSRI(selective serotonin reuptake inhibitor:選択的セロトニン再取込み阻害薬)を用いるケースもあります。月経前のみ服用することで症状が改善することが多いですが、効果が出なかった場合には期間を限定せず服用いただくこともあります。精神科での治療では、主にこの薬が用いられます。
【注意点】
24歳以下ではSSRIの服用によって自殺のリスクが高まるというデータがあるため、処方の判断は慎重に行う必要があります。また、SSRIは厳密な意味ではPMDDに対しては保険適用にはならないので、注意が必要です。
漢方では、気(エネルギー)・血(血液)・水(血液以外の体液)の循環のバランスが崩れると不調が起こると考えられています。PMDDは、“血”が滞っていることが不調の根底にあることもありますし、“気”がうまく巡っていないことが影響して引き起こされていることもあります。
そのため、患者さんのPMDDのさまざまな症状に応じて複数の処方を組み合わせることがほとんどです。ただし、初めから何種類かを処方すると効果判定が難しいため、まずは一剤を処方して効果をみながら追加していくことが多いでしょう。
LEPは経口避妊薬と同じ作用をしますので、内服中には妊娠することはできません。お子さんを作る予定がある場合には、LEPから漢方へ切り替えるとよいと思われます。
【注意点】
漢方だけでPMDDの症状を全てなくすことは難しいと考えられます。ただし、社会活動への影響度を低く抑えることは可能です。なお、漢方は保険適用で処方することができます。
LEPとSSRIはそれぞれはたらきが異なるため、個人的には重ねて服用すれば治療効果は上がると考えています。また、患者さんの症状に応じてこれらの西洋薬と漢方が併せて処方されることもあります。
以前からビタミンB₆として使用されてきたピリドキサールは、気持ちを落ち着かせる作用のあるセロトニンやGABAといった神経伝達物質を体内で合成する過程に関わっているため、PMSやPMDDの症状の改善にある程度の効果があることが分かっていました。
一方、このようなビタミンB₆の一種であるピリドキサミンは、セロトニンやGABAの合成促進だけでなく、分解抑制効果もあり、より脳内でのセロトニンやGABAを増加させる効果が期待できます。そこで、治療への実用化を目指して、PMSに伴う精神症状やPMDDを対象としたピリドキサミンの有効性と安全性を検討する医師主導治験に、責任者である治験調整医師として取り組んでいます(2022年6月時点)。
ストレスをため込まないことがPMDDの対策としてもっとも大事でしょう。スポーツや趣味など、好きなことをして上手に気分転換するのがよいと思います。
もしかすると、ストレスを感じたときに、砂糖の入ったお菓子など甘いものを食べ過ぎてしまうことがあるかもしれませんが、急激な血糖値の変動は気分の変動につながるため避けていただきたいです。甘いお菓子のほか、ジュースなどの清涼飲料水の飲み過ぎも注意すべきでしょう。そうはいっても、セロトニンの材料となるトリプトファンは糖から作られるため、糖質も摂取する必要があります。食物繊維を多く含む玄米やバナナなど、腹持ちがよく、一定の血糖値を維持できる食品をおすすめします。
また、ご家族など周囲の方の理解も重要です。まずは多くの方にPMDDについて理解を深めていただきたいと思います。
PMDDは、産婦人科や精神科を受診し適切な治療を受ければ、問題なく日常生活、社会生活を送れるまでに症状の改善が期待できます。月経前の諸症状で悩んでいる方は、我慢せず医療機関を受診してください。
また、ご本人がPMDDだと気付いておらず、受診に至らないケースも少なくありません。月経前の精神症状などで苦しんでいる方がご家族や周囲にいらしたら、その方に受診をすすめていただきたいと思います。
日本人の初経は12歳頃、そして閉経は50歳頃とされているため、月経がある期間は約40年間と考えられます。たとえば、15歳でPMDDを発症し、1週間ほど症状が続く方の場合、閉経までの約35年間(420か月)で合計3,000日ほどPMDDによって日常生活に支障をきたすことが予想されます。これだけの時間を治療せずに我慢し、思うように活動できないまま過ごせば、QOL(生活の質)が著しく低下することになるでしょう。ご自身のパフォーマンスを上げて、楽しい毎日を送るためにも、しっかりと治療をしてほしいと思います。月経前の心身の症状でお困りの方は一度医師にご相談ください。
近畿大学東洋医学研究所 所長・教授、東北大学 医学部 産婦人科 客員教授
近畿大学東洋医学研究所 所長・教授、東北大学 医学部 産婦人科 客員教授
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医・代議員・女性ヘルスケア委員会 委員日本内分泌学会 内分泌代謝科(産婦人科)専門医・内分泌代謝科指導医・評議員日本女性医学学会 女性ヘルスケア専門医・指導医日本東洋医学会 漢方専門医・指導医日本婦人科腫瘍学会 婦人科腫瘍専門医日本女性心身医学会 認定者・副理事長日本思春期学会 常務理事日本抗加齢医学会 評議員日本サルコペニア・フレイル学会 サルコペニア・フレイル指導士米国内分泌学会 会員国際女性心身医学会(ISPOG) 会員世界小児思春期婦人科学会 会員Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine Editorial Board
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