熊本県玉名市にあるくまもと県北病院は、2021年3月に開院した県北エリアの中核的な病院で、高度な医療の提供や救急医療、地域医療に力を注いでいます。熊本大学の地域医療教育の拠点として、研修医・修練医の育成にも取り組む同院の役割や今後について、院長の田宮 貞宏先生に伺いました。
当院は2021年3月に開院したばかりの病院です。30余の診療科があり、病床は一般病床が312床、回復期リハビリテーション病床が45床、地域包括ケア病棟が45床で、あわせて402床になります。トレードマークの梅の花は、令和の元号に込められた想いと同じく、厳しい寒さの後に春の訪れを告げて咲き誇る梅の花をイメージしました。5枚の花びらは玉名地域の1市4町、または県北地域の荒尾市、玉名市、山鹿市、菊池市、阿蘇市の5つの地域を意味し、さまざまな人との連携のもと、すばらしい医療環境を提供するという願いが込められています。
当院がある有明医療圏は熊本県の県北に位置しており、熊本市へのアクセスが良好なエリアです。医療圏は人口が約15万人で、高齢化率は30%を超えており全国平均を上回っています(2020年時点)。そのため、来院される患者さんは高齢者の割合が高く、糖尿病をはじめとした生活習慣病の方が多く見られます。また、複数の慢性疾患を抱えている方も少なくありません。そのような中、地域の診療所は継承者不足で閉院するケースが増えており、医療はもちろん介護福祉に目を向けても需要が高まっているのに反して、受け入れる医療機関が減っているのが現状です。地域医療をもう少し充実させないと、数年先には患者さんの行き場がなくなるのではないかと危惧しています。
当院は有明医療圏において一次救急(入院や手術を伴わない医療)と二次救急(入院や手術を要する重症患者への救急医療)の患者さんの診療にあたっています。有明医療圏の救急搬送数は年間で約8,000~9,000件あると言われており、そのうちの3,000件ほど*が当院に搬送されています。救急搬送された患者さんのうち、緊急入院される方の割合は3~5割くらいです。
軽傷の方はまずは診療をして、適切な診療科へ紹介する“よろず相談所”のような役割も果たしています。一方、症状が重篤な方は、三次救急(生命に関わる重症患者に対応する救急医療)を担う医療機関と連携しながら対応しています。
*救急車受入台数(2023年度)実績:3,415台
当院の小児科は県北の中核病院として、入院治療を含めて小児科疾患全般に対応しています。対象となる患者さんは新生児から乳幼児、小・中学生までで、低出生体重児や先天性心疾患など、基礎疾患のある小児の診療もしています。
特徴的なのは小児救急医療に対応していることです。4人の小児科医がオンコール体制(すぐ対応できるよう待機する勤務形態)を敷いており、緊急を要する患者さんには24時間体制で診療しています。
当院には診療科の垣根を越えて患者さんを診療する、総合診療科があります。患者さんによっては“どの診療科を受診すればよいのか分からない”“原因が分からないが体調がすぐれない”などといったケースがあることから、まずは総合診療科を受診していただき、そのあとで適切な診療科に引き継いでいます。
また、救急患者さんの感染症や、集中治療が必要な方の対応など、専門性が高い領域でも各診療科のサポートをしています。高齢化が進むと複数の病気を発症するケースや、慢性疾患をお持ちの方が他の病気を併発するケースが増えますので、各診療科の後方支援をする総合診療科の役割はとても重要です。
当院には専門性の高い医療を提供している診療科があります。その1つが、呼吸器内科や腫瘍内科と連携しながら肺がん治療に取り組んでいる呼吸器外科です。呼吸器外科では、胸に2~4cmの穴を何か所か開け、挿入した胸腔鏡からの映像を見ながら手術をする胸腔鏡下手術(VATS)を実施しています。遠くの病院へ行かずとも地域でこうした先端の手術を受けられることは、患者さんにとって負担の軽減や安心にもつながるのではないかと思います。
泌尿器科には複数の常勤医が在籍しており、増加傾向にある前立腺がんや前立腺肥大症の患者さんの診療をしています。2023年には県北地域では初となる手術支援ロボット“da Vinci Xi(ダビンチ)”を導入しました。従来の開腹手術に比べて患者さんの体への負担が小さいことから、前立腺がんや膀胱がんの治療で積極的にロボット支援下手術を実施しています。
整形外科では、手外科、関節外科、関節リウマチなどの専門外来を設け、それぞれの領域で専門的な診療を行っています。指先にしびれが出る手根管症候群などをはじめ手の病気を専門的に診ることができる診療科は、熊本県では少ないのではないでしょうか。そのほかにも、歩行時に膝の痛みが出現する変形性膝関節症の治療などを実施しております。
当院は、基本方針に教育病院であることを掲げ、若手医師をはじめ医療人の育成にも注力しています。地域医療および総合診療の教育拠点として熊本大学病院の分室を設置しています。そこでは医学生の特別臨床実習(クリクラ)の受入れを行い、大学の教員が総合診療科として診療をしつつ指導・育成にあたっています。また、初期研修医の基幹型臨床研修病院でもあるため、地域医療をフィールドに医師育成を推進しています。近年では、当院で育った若い医師が各地で活躍し、また常勤医として当院に戻ってくるという流れも生まれています。こうした活動を通して、県北地域の救急医療や地域医療がより充実することを目指しています。
地域の医療機関との連携では、地域医療支援病院としてかかりつけ医との連携はもちろんのこと、郡市医師会が運営する“たまな在宅ネットワーク”に積極的に参画しています。患者さんとご家族が希望する、住み慣れた我が家と地域での療養生活に繋ぐため、医師だけでなく、訪問看護や介護サービスの方々多職種との協働を大切に、地域の皆さんで支える医療に取り組んでいます。
少子高齢化が進んでいるこの地域では、閉院する診療所が増えています。地域によっては入院できる医療機関がなくなってしまい、受け入れてもらえない患者さんが増えることも予想されます。こうした状況の中で当院に何ができるか考えると、ニーズが高まる在宅医療を支えるため、高度な急性期医療に加えて地域包括ケアや回復ケアなど、包括的な医療体制を今後も充実させていかなければなりません。そのためにしなければならないことはたくさんありますが、できることからひとつずつ、まずはやってみようと思います。
最後になりますが、この地域の皆さんが安心・安全な状況で、世代を超えて暮らしていけるよう、医療の提供を通して貢献したいと考えています。また、若い先生方が地域医療を支えるため、この地に赴任していただけるよう、魅力的な職場であり続けるための努力も続けていく所存です。
*病床数や診療科、提供している医療の内容等についての情報は全て、2024年6月時点のものです。