愛知県豊田市にある足助病院は、“終の住処を守る”をコンセプトに、地域の急性期から在宅医療までを担う病院です。
豊田市の足助地域は山に囲まれ、高齢化率は40%超と市内よりも進んでいますが、同院は単なる地域医療にとどまらず、ここに住む方をいろいろな意味で支え、守る病院になっています。同院がどのような想いでどんな医療を提供し、どう地域を支えているのかを知っていただくことで地域の方々との距離を少しでも縮めたいと願う、同院院長の小林 真哉先生に伺いました。
当院は、1950年(昭和25年)10月に開設されました。当初は内科と外科のみの病院でしたが、当時から医師、看護、薬務、事務による巡回診療班を編成し、山間部を巡って“鍬先診療”と呼ばれる診療を行っていたという記録があります。
地域の健康を支えるために診療科や病床数を少しずつ拡大してきた当院ですが、建物が手狭になったことから、1966年(昭和41年)に現在地の岩神町に移転しました。愛知県屈指の紅葉の名所として知られる香嵐渓に近く、目の前には巴川が流れる自然豊かな環境となっています。
その後も改築しながら規模を広げてきましたが、建物の老朽化に伴い2013年に新病院を建築。外観は、病院としては珍しい至極色と呼ばれる深い紫~黒の落ち着いた雰囲気です。この色は前院長の早川 富博名誉院長が決めました。
院内4階には一般病床74床・地域包括ケア病床26床、3階には地域包括ケア病床48床に加えて、要介護者の方が長期療養をするための介護医療院42床を併設しています。そのほか、訪問看護ステーション、在宅介護センター、通所リハビリステーションも併設し、当院の開設当初から続いている在宅での療養支援を行っています。
当院の医療圏はほとんどが中山間地域で、第1次産業に従事している住民の方も多くみえます。高齢化率は40%を超えていて、全国平均を大きく上回る過疎化・少子高齢化地域といえるでしょう。その中で当院はどんな医療サービスを提供できるのかを常に考えています。
当院が目指すのは、医療、福祉、介護をシームレスにつなぐ地域のコミュニティホスピタルです。そのため医療機関や介護施設だけでなく、地元の企業や行政とも積極的に連携して、地域の皆さんが安心して生涯を送れるような環境作りをしていきます。
当院には内科、リハビリ科、外科、整形外科、小児科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、皮膚科、眼科、婦人科の診療科がありますが、その中でももっとも多く外来患者さんが訪れるのが内科です。平均すると、月にのべ2,300人ほどの患者さんが受診しています。なるべくスムーズに診療を行い、患者さんの待ち時間が短くなるよう、予約患者さんの診察室3室、予約のない初診患者さんの診察室3室の、6診察室体制で対応しています。
当院の診療圏に住む方の多くは、林業や農業などの第1次産業に従事しています。そのため都心部ではあまり見られないマムシの咬創や蜂刺症の患者さんも訪れます。山間部で作業する林業では、動植物によるかぶれなどの皮膚トラブルに悩まされることも珍しくありません。
マムシ咬創や蜂刺症は外科、皮膚トラブルには皮膚科の範疇ですが、いずれもそういった中山間地域ならではの疾患に慣れた医師が迅速に対応しております。
「病気になっても、できれば住み慣れた自宅で療養したい」と思う方は少なくありません。そういった在宅での療養を支えるため、当院では訪問診療、訪問看護を充実させています。
訪問エリアは豊田市東部と北設楽郡設楽町の一部地域です。予定を決めて行う定期訪問のほか、病状の急変などに備えて24時間365日対応の緊急時訪問看護も行っています。
訪問看護は医療保険または介護保険の利用が可能です。どちらになるのかは疾患にもよりますので、分からないことがありましたらぜひお気軽にご相談ください。
当院は地域のコミュニティホスピタルとして、”終の住処を支える”をテーマに医療サービスを展開しています。”終の住処を支える”とは、訪問診察、訪問看護などで、高齢の患者さんがご自宅で安心して暮らせるような環境作りをすることです。
改めて我々の人生を考えてみると、医療が関われる範囲はほんの数%に過ぎません。医療よりも福祉・介護分野のほうが、関わる範囲が大きいことでしょう。ただ、医療・福祉・介護の分野は全て専門職の人でつながっています。それぞれの機関がバラバラにサービスを提供していたのでは、決して利用しやすいとはいえないでしょう。当院では、保健、医療、福祉、介護をシームレスに提供することを目指しています。そのため院内に訪問看護ステーション、在宅介護センター、通所リハビリステーション、介護医療院を併設しています。またへき地医療拠点病院として、中山間地域への巡回診療、へき地診療所への医師派遣などを行っています。
さらに、近年では”看仏連携”のような医療・看護・介護を越えた領域へのアプローチも始めました。看仏連携とは、患者さんが病院で亡くなった際に患者さんの体を清めて見た目を整えるエンゼルケアや、ご遺族の気持ちに寄り添って言葉をかけるといったグリーフケアの先に広がる世界観です。
当院では以前から、看仏連携にあたる行為を看護部を中心としたスタッフが自主的に行っていました。看仏連携という言葉ができたことで、そういったサービスが周囲にも見えやすくなり、スタッフもより意識的に行うことができるようになったと感じられます。現在ではこの取り組みをさらに進め、患者さんや当院の職員がお寺で座禅を組んだり、地域のコミュニティハウスに住職に来ていただいて講話をしていただいてACP(アドバンス・ケア・プランニング。人生会議とも呼ばれる、人生の最終段階における医療・ケアについて考えること)につなげたりといったイベントを行っています。
これからも“終の住処を支える”ために、地域の方々が最期まで安心して住めると実感できるような環境作りをスタッフ一丸となって進めていきたいと思っています。
地域医療を支えるためには、常にスタッフの確保が大切です。当院ではそのため優秀な人材の育成に取り組んでいます。
当院では地域に沿った医療サービスとして、訪問診療、訪問看護、へき地巡回医療などを行っています。院内での診療の研修だけでなく、そういった幅広い経験ができるのは、当院ならではの特徴といっていいでしょう。当院には毎年70人前後の研修医が訪れ、研鑽を積んでいます。彼らが当院で行った研修の感想をご覧いただけるページがあるので、ぜひご覧ください*。
また、2023年からは総合診療科研修プログラムを開始しました。大学卒業後3年目から行われる後期研修のプログラムで、診療科を特定しない総合診療に興味のあるドクターを育成するものです。
当院には、日常的な不調や怪我から高度医療が必要な疾患まで、さまざまな患者さんが訪れます。そういったニーズに対応するためには、患者さんを総合的に診られる医師が不可欠です。そのための研修プログラムといっていいでしょう。
当院ならではの診療体制に興味を持ち、研修後も当院に残ってくれるスタッフも少なくありません。教育の場としての機能を果たすことで、今後も地域医療を支えていきたいと考えています。
当院は災害拠点病院ではありませんが、災害が起こった際には地域の中心となって住民の方々を支える役目を任されています。
医療機関として災害時に住民の方々の命を守るのは当然のこととして、その財産もできることなら守りたい。当院はそう考えて、災害に備えたさまざまな取り組みを行ってきました。
1つは、豊田市次世代航空モビリティ協業ネットワークへの参画です。次世代航空モビリティ協業ネットワークは、“空飛ぶクルマ”として物流ドローンの開発や運航サービスを行うため、豊田市内の企業が協力し合うというシステムです。当院では以前から設備点検や広報活動で小型の撮影ドローンを使っていたことから、お声がけをいただき参加を決めました、
2022年12月、ドローン開発企業である株式会社SkyDrive、豊田市と共同で、物流ドローンSkyLiftによる実証実験を実施しました。足助地区で地震が起こったと仮定して、医療物資や食料品をドローンで空輸するというものです。
当院の診療圏となっている中山間地域は、豪雨での土砂崩れや道路の寸断などが懸念される区域が少なくありません。実証実験の成果から、万が一の災害の際にもドローンが活用できることが証明されました。
また災害は、豪雨や雷といった気象と深い関係があります。以前より疾患と気象との関係性に興味を抱いていた私は、気象予報士の資格を取得し、その後、地域防災にも役立つ防災士の資格も修得しました。さらに資格を活かし、“あすけお元(天)気放談”*と題した動画を制作し、夏季には熱中症に注意といった気候にまつわる健康情報などを発信しています。
そういった活動に刺激を受けて、当院スタッフのうち15人が防災士の資格を取得。“ASUKE-気防健究会”というサークルも結成されました。サークル名は、気象の“気”、防災の“防”、そして医療従事者を表す“健”からとったものです。
ASUKE-気防健究会では、万が一の災害に備えての啓発活動として、地域の方々と山登りなどを行っています。登山先でテントを張ったり防災食を作ったりすることで、楽しみながら災害への心構えをしていただけたらと願っています。
* あすけお元(天)気放談は以下からご覧いただけます。
http://asukehp-orjp.check-xserver.jp/movie/
繰り返しとなりますが、当院の診療圏は高齢化率が40%と全国平均よりも非常に高い地域です。若い住人が入ってくることもありますが、今後はさらに少子高齢化が進むことでしょう。そういった地域で安心して暮らしていただくためには、当院がいざという時に頼れる存在として信頼されなければならないと強く感じます。
そのため私は、足助病院のブランディングプロジェクトを進めています。その1つが、テーマやキャッチフレーズを設定して、当院の活動を見えやすくするというものです。
まず、当院がどんなことをしているのかを知ってもらわなければ、信頼にはつながりません。リーフレットなどで病院を紹介することはもちろん、カレンダーを作ったり、キャッチフレーズで分かりやすく説明したりして、病院やスタッフと地域の方々との距離を少しでも縮めたいと思っています。私自身のキャッチフレーズもあり、それは「降り注ぐ想いで人々の心を波立てたい」というものです。当院を知っていただきたいという想いが皆さんの心に伝わるようにと考えました。
当院を多くの方に知っていただくために取り組んでいることとして、当院のホームページでは病院周辺を映したライブカメラ映像を設置しています。病院のホームページにアクセスすることで、その日の天気や交通の状況が分かれば、地域の方々にとっても便利だろうと始めたことです。
また、私は医師でありながら気象予報士や防災士の資格を持っています。このトリプルライセンス保有は比較的珍しく、テレビや雑誌などからの取材依頼もあり、私自身が広告塔のような立ち位置になって、病院のことをもっと知ってほしいという想いから取材を受けています。
地域の方々から親しみを持っていただきたいと、病院ホームページでのコラム連載**もしています。さらには、趣味の音楽活動も大学の後輩や地域の方々と一緒に行っています。病院のパティオ(中庭)で演奏会を開いたこともありました。文章を書くことも音楽活動も私が好きでやっていることですが、そういったさまざまな活動が距離を縮めるきっかけになってくれればと願っています。
私だけがブランディングプロジェクトを頑張っているのではなく、当院のスタッフもそれぞれの立場で精一杯努力をしています。2024年度には医療・介護ニュースを発信しているCBnewsが行う病院の広報活動を表彰する「病院広報アワード」へ当院もエントリーしました。経営者部門で院長の私が、広報担当部門で当院の企画部と栄養科がエントリーした結果、残念ながら大賞受賞とはならなかったものの、経営者部門ではセミファイナルに進出でき、当院の取り組みに対して非常に高い評価をいただけました。外部から評価されたことで、スタッフ一同がさらに努力をしていく原動力となると思っています。
当院のスタッフが地域に溶け込み、心の距離が縮まることで、当院が地域に対してできることも次第に増えていくのではないでしょうか。幅広い活動でさまざまな角度から地域の健康を支え、足助を誰もが安心して暮らせる場所にする。それこそが当院の目指す”終の住処”です。今後もよろしくお願いいたします。