大阪府大阪市中央区大手前に位置する大阪国際がんセンターは、大阪で唯一のがん専門の医療機関です。同院の地域における役割や今後について、総長の松浦 成昭先生に伺いました。
当センターの前身は、1959年に日本初の成人病センターとして設立された大阪府立成人病センターです。成人病センターという名称が示すとおり、心臓病や脳卒中、がんなど、かつて“成人病”と呼ばれていた病気を中心に診療を行ってきました。成人病の多くが生活習慣などの影響を受けることから、設立当初より予防や健診(検診)に力を入れて取り組んでおり、世界初となる“遠隔操作式X線TVシステム”をいち早く設置し、胃がん検診の普及に貢献しました。
その後、2006年に高度医療の提供・開発を行う病院として、自治体病院としては初の特定機能病院の承認を受けました。また、2007年には大阪府のがん診療の中核となる都道府県がん診療連携拠点病院の承認を受け、がん診療に注力してきました。大阪国際がんセンターの名称となったのは、大阪市中央区大手前の地に新築移転した2017年のことです。
当院は、“患者の視点に立脚した高度ながん医療の提供と開発”という理念を掲げており、診療だけでなく新たな医療へつながるような研究開発にも取り組んでいます。大阪で唯一のがん専門の医療機関として、理想的ながん医療に向けて飛躍すべく職員一同努力を続けています。
当院は複数の診療部門に分かれており、そのうちの1つであるがん医療部門には、消化管内科、肝胆膵内科、呼吸器内科、血液内科、腫瘍内科、消化器外科など20の診療科を有しています。そのほかに、循環器医療部門や中央診療部門、検診部を備えており、内視鏡センター、胃がんセンター、肺がんセンター、がんロボット手術センターなどのセンター機能も充実しています。
各診療科やセンターとの連携により、患者さんに一人ひとりに合わせた診療を提供できるよう心がけています。また、診療だけでなく患者さんのQOL(生活の質)を維持し、苦痛や悩み、不安な気持ちを支えていけるよう、緩和ケアチームによる緩和ケアにも取り組み、包括的なサポートを実践しています。
当院の特徴の1つとして、医師や看護師・コメディカルなどスタッフのチームワークのよさが挙げられます。1つの診療科ではカバーしきれない部分、また医師だけだはサポートできない部分を、他科や多職種で連携を取り合うことによりスムーズに解決しています。
たとえば、当院では頭頸部の再建手術を多く実施していますが、頭頸部の再建手術は、根治性と機能温存、整容面などさまざまな考慮が必要となります。そのため、頭頸部外科だけでなく、形成外科など他科と協同で治療にあたっています。また、治療後のサポートも充実しており、「食べる」を支えるチーム医療として多職種連携のもと口腔ケアや嚥下リハビリテーションも実施しています。
当院では、前身である成人病センターの時代から造血幹細胞移植に取り組んでおり、長い歴史と実績を有していますが、造血幹細胞移植においても造血幹細胞移植チームが一丸となり、一人でも多くの血液がん、血液難病の患者さんに成功率の高い移植治療を提供できるよう尽力しています。
また、難治がんの1つである膵がんの治療などにおいても、栄養サポートやリハビリテーションなど多職種の連携が欠かせません。このように、多角的な連携が必要となる場面は多くあり、院内で適切な連携が取れているかどうかは治療を進めるうえで非常に重要です。当院は今後もチームワークを生かし、患者さんが安心して治療に臨めるよう努めてまいります。
近年では、がん細胞の遺伝子情報(がんゲノム)が、がん治療において重要な役割を果たすことが明らかになり、がんゲノム医療が展開されています。当院は、2019年よりがんゲノム医療拠点病院に指定されており、がん遺伝子パネル検査を実施しています。検査後は、エキスパートパネル(専門家会議)で検討した後、主治医を通じて治療の可能性についてお伝えさせていただきます。
高度な医療提供のため、当院では医療機器の導入も積極的に行っています。手術支援ロボット“ダヴィンチXi”は現在3台導入しており、泌尿器科・消化器外科(胃・腸)・呼吸器外科・婦人科の手術で使用しています。ロボット支援下手術により、従来の腹腔鏡下手術・胸腔鏡下手術の弱点である鉗子操作の制限がなくなり、より安全かつ正確な手術を目指すことが可能となりました。また、低侵襲(体への負担が少ない)で合併症が少ないことから在院日数の短縮につながるなどのメリットもあるため、今後もロボット手術に注力していく所存です。
また当院では多くのがんに対し、患者さん一人ひとりに合わせた放射線治療をご提案しており、直線加速器(リニアック)は4台導入しています。リニアックによる治療は、体の外から放射線をあてる方法で、強度変調放射線治療(IMRT)、IMRTの発展型である強度変調回転放射線治療(VMAT)、定位放射線治療(SRS・SRT)、体幹部定位放射線治療(SBRT)、を実施しています。さらに、リモートアフターローディングシステム(RALS)を用いたイリジウム192による子宮頸がんの腔内照射も実施しています。治療においては、医師と専門の知識を有した医学物理士(医学物理士認定機構より認定)が相談を重ねながら治療計画を作成しています。
当院は、都道府県がん診療連携拠点病院として指定を受けており、大阪府下の66の拠点病院(厚労省指定18、大阪府指定48)のがん登録データを収集し、分析を行っています。分析した結果は、各拠点病院を自ら訪問し、データを見てもらっていろいろなお話しをすることで、よりよいがん医療の提供につながるよう努めています。現在、66の拠点病院で大阪府のがん患者さんの9割を診ることができているのですが、拠点となっている病院へ行けばどこでも均一に質の高いがん医療を提供できる環境を目指しています。
一方、大阪府の課題はがん検診の受診率が低いことであり、2019年までは全国最下位を記録していました。現在は少しずつ改善しワースト5位くらいに位置していますが、今後さらに受診率を改善できないかと思案しているところです。
がんという病気については、“命にかかわる”“こわい”“治療がつらい”などネガティブなイメージを持たれている方が多くいるかと思います。しかし、現在は治療法や副作用をコントロールする方法も増えており、治る可能性も格段に上がってきています。
また、“人はいずれ死ぬ”という視点で考えたとき、私自身はがんで死ぬことはそれほど悲惨な死に方ではないと考えています。多くの場合、がんは死の直前までそれなりに暮らし続けることができ、死へと向かう準備も少しずつできる病気ではないかと思います。人生会議という言葉が広まってきていますが、死と向き合うことをタブーとせず、どうすれば最期まで自分らしく生きていけるかを問う機会が、もっとあってもよいのではないでしょうか。
一昔前までは、“がんを治すこと”が目標となっていましたが、今は治すことは手段であり、その先にある“元の生活に戻ること”が目標となってきています。そのためには、医療の力だけでは不十分で、ご飯を食べてたくさん動いて、家族や友人と語らうといったことが大切です。だからこそ私たちは、リハビリや栄養指導にも力を入れて取り組んでいます。そして、地域社会やさまざまなコミユニティ、介護など多くの分野で協力し、患者さんを支えていくことも必要です。
当院はこれからも、高度な診療の提供はもちろん、がん患者さんを多角的にサポートできるようスタッフ一同精進してまいります。どうか小さなことでも心配なさらず、大阪国際がんセンターにご相談いただければ幸いです。
*写真提供……大阪国際がんセンター
*医師や提供している医療についての内容および本文中の数字は全て2025年1月時点のものです。