性器に感染するハイリスク型のヒトパピローマウイルス(HPV)は感染しただけでは症状の出ないウイルスで、多くの方が感染に気付かないまま普通に生活を送っています。ローリスク型のHPVのうち、HPV6型、11型は、感染すると約70%の確率で性感染症の1つである尖圭コンジローマを発症します。一方、感染したヒトパピローマウイルス(HPV)の種類や個人の体質によっては、子宮頸がんなどが引き起こされる可能性があるため、病気の原因となり得るヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を予防しておくことが重要です。
今回は、HPV予防ワクチンとHPV治療薬の今後の展望について、日本大学医学部産婦人科学系産婦人科学分野主任教授・川名敬先生にご解説いただきました。
ヒトパピローマウイルス(HPV)はおよそ200種類の型が発見されている、ごくありふれたウイルスです。
なかでも性交渉により感染する粘膜性器型HPV(以下、ヒトパピローマウイルス(HPV))はほとんどの大人が感染しており、2017年現在1度感染したら根治する方法はありません。ヒトパピローマウイルス(HPV)は感染しても症状の出ないことが特徴ですが、感染した種類(HPV型)によっては、がんや性感染症を引き起こす可能性があります。特に女性特有のがんである子宮頸がんを引き起こすことがあるため、20歳以上の女性は定期的にがん検診を受けることが大切です。
また日本では、ワクチン接種によってヒトパピローマウイルス(HPV)の感染を予防することができます。いつ、どのHPV型に感染するかは予測できないため、感染する前にワクチン接種で自衛することが効果的です。
HPV予防ワクチンは3種類あります。子宮頸がんを予防する2価ワクチン(HPV16、18型に対応)、子宮頸がんと尖圭コンジローマを予防する4価ワクチン(HPV6、11、16、18型に対応)は、定期接種で選択することができます。
2020年に承認された9価ワクチン(HPV6、11、16、18、31、33、45、52、58型に対応)は任意接種となっています(2022年8月現在)。
子宮頸がんは、子宮の入り口である子宮頸部にヒトパピローマウイルス(HPV)が感染したことをきっかけに発症するがんです。さまざまな種類があるヒトパピローマウイルスの中でも主にHPV16型・18型の感染によって引き起こされます。
日本では年間で約1万人が子宮頸がんに罹患し、約2,900人*の方が亡くなっています。子宮頸がんが発病する年齢は40歳がピークですが、がんの進行が早い16型・18型に感染すると20歳代などの若年層でも多くの方が発がんします。
ワクチンの接種で16型・18型を予防することができれば、若年層の子宮頸がんが激減することが推測されます。
子宮頸がんについては『子宮頸がんとは。若い女性にも頻発する疾患』にて詳しく解説しています。
尖圭コンジローマは、ヒトパピローマウイルス(HPV)が感染した部位(性器など)にイボができる性感染症です。主にHPV6型、11型の感染によって引き起こされます。
尖圭コンジローマはがんではありませんが下記のようなリスクがあるため、予防することは非常に有意義です。
※母子感染する
尖圭コンジローマは接触感染する疾患で、母子感染のリスクがあります。尖圭コンジローマに罹患している母親が治療しないままお産(経腟分娩)をすると、高い頻度で母親の膣内から胎児の喉に感染します。感染すると生後6か月~2歳頃から、再発性呼吸器乳頭腫症と呼ばれる喉のイボができ始めます。イボによって声がかすれる(嗄声)ため多くの場合は早期に治療を始められますが、症状が重篤な場合は窒息して死亡するケースがあります。
※完治せず再発する
尖圭コンジローマの治療法は、レーザーによるイボの除去や、イボの再発を抑制する薬の服用が一般的です。しかし一度発症すると完治せず、3か月に1回など頻繁に再発を繰り返します。また、妊娠中など免疫力が低下しているときには再発しやすくなるなど、女性にとってストレスになりやすい疾患です。
詳しくは『女性の尖圭コンジローマの症状』にて解説しています。
HPV予防ワクチンは厚生労働省より定期接種の義務が定められています。日本では、まだヒトパピローマウイルス(HPV)に感染していないとされる思春期の女性(12~16歳)を対象として無料接種が実施されています。
17歳以降の女性も、20歳頃までは予防接種を受けたほうがよいといわれています。すでに性交渉を経験していたとしても、20歳前後では16型、18型のようなハイリスクHPVには感染していない女性のほうが多く、今後の感染を防ぐことができると考えられるためです。定期接種の期間を過ぎると無料にはなりませんが、自費であればいつでも受けられます。
40歳代以上になると、20~30歳代に比べて、新しくヒトパピローマウイルス(HPV)に感染する可能性は低くなります。特に閉経している女性の場合は子宮頸がん予防ワクチンの接種は不要です。女性は、閉経してホルモンが減少すると子宮頸がんのできる場所が中のほうへ入り込み、子宮頸部にヒトパピローマウイルス(HPV)が感染しなくなるためです。
ただし高齢者が子宮頸がんにならないというわけではありません。患者さんの中には80歳代を越える年齢の方もいます。高齢で発がんする方のほとんどは、若い頃すでにヒトパピローマウイルス(HPV)に感染していたのだと考えられます。
HPV予防ワクチンは3回にわたって接種することが一般的です(0か月、1か月、6か月)。しかし9~14歳の女性は免疫がつきやすいこともあり、WHOや米国のガイドラインでは2回の接種を標準的な接種回数*としています。日本でも今後は2回の接種でよいことになる可能性があります(0か月、6か月もしくは12か月)。HPV予防ワクチンは筋肉注射(深いところに注射する)で筋肉痛のような痛みが出るため、少ない回数で予防接種を実施すれば患者さんの負担が減ると考えられています。ただし大人の場合は免疫がつきにくいため3回が推奨されています。
標準的な接種回数……『HPVワクチンに関するWHOポジションペーパー2017』において、14歳までの若年者の場合、2回接種の効果は3回接種に劣らないとしている。
ヒトパピローマウイルス(HPV)の治療薬は今のところ実用化されていません。しかし2017年現在、私は、すでに感染して子宮頸部の上皮内に腫瘍ができ始めた女性向けに免疫をつける薬を世界で初めて開発し、治験段階まで研究を進めてきています。乳酸菌のサプリメントのような飲み薬で、子宮頸部をはじめとする生殖器、腸管、喉など粘膜全般に効果がある医薬品です。実用化の際には婦人科などで処方されることを見込んでおり、HPV感染に伴う発症例が減少することを期待しています。
ヒトパピローマウイルス(HPV)はありふれたウイルスですが、感染すると、個人の体質やHPV型によって性感染症やがんにつながってしまうことがあります。日本では現在、ワクチン接種によって予防することができるので、その恩恵を無駄にしないでほしいと思います。
また、ヒトパピローマウイルス(HPV)は感染しても症状が出るウイルスではありません。症状の有無に頼らず、定期的にがん検診を受けるようにしてください。
日本大学 医学部産婦人科学系産婦人科学分野 主任教授、日本大学 医学部附属板橋病院産婦人科 部長
日本大学 医学部産婦人科学系産婦人科学分野 主任教授、日本大学 医学部附属板橋病院産婦人科 部長
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本婦人科腫瘍学会 婦人科腫瘍専門医・婦人科腫瘍指導医日本臨床細胞学会 細胞診専門医
1993年東北大学医学部卒。東京大学病院産科婦人科准教授を経て、2016年より日本大学医学部産婦人科学系産婦人科学分野で主任教授を務める。専門分野は婦人科がん治療。子宮頸癌前癌病変(CIN3)の初の治療薬として、乳酸菌を使用した経口薬を開発した。子宮頸がんの癌治療を第一線で行う臨床家であると同時に、子宮頸がんに対する新規治療ワクチンや、ヒトパピローマウイルス(HPV)の研究者として世界的に知られている。
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