概要
便失禁は肛門から便が漏れる症状ですが、日本大腸肛門病学会による『便失禁診療ガイドライン』(以下、便失禁GL)によると、“無意識または自分の意思に反して肛門から便が漏れる症状”と定義されています。切迫性便失禁とは、このうちの“自分の意思に反して便が漏れる症状”であって、便失禁GLでは“便意を感じるが、トイレまで我慢できずに便を漏らす症状”と定義されています。
便失禁には、切迫性便失禁のほかに、“便意を伴わず、気付かないうちに便を漏らす症状”もあり、これは漏出性便失禁と呼ばれます。そして、漏出性便失禁と切迫性便失禁の両症状を有する場合は、混合性便失禁と呼ばれます。
便失禁を主訴に病院を受診する患者のうち、漏出性が49%、切迫性が16%、混合性が35%と切迫性便失禁がもっとも少ないタイプです。
原因
急性腸炎や炎症性腸疾患は、下痢を生じることで切迫性便失禁の原因になります。
外肛門括約筋の収縮力低下も切迫性便失禁の主な原因の1つで、外肛門括約筋機能低下と呼ばれます。肛門括約筋とは肛門を締める筋肉のことですが、それには内肛門括約筋と外肛門括約筋の2種類があります。
外肛門括約筋は横紋筋という随意筋でできていますので、自分の意志で締めることができます。したがって、S状結腸にためられていた便が大蠕動によって直腸に移動して便意を感じた場合、トイレまで我慢するために外肛門括約筋を収縮させて肛門を締めます。この収縮力が弱いと、トイレまで我慢できずに便が漏れてしまいます。これが切迫性便失禁で、大量に漏れて下着のみならず着衣まで汚れてしまうことがあります。
外肛門括約筋機能低下の原因として加齢に伴う筋力低下がありますが、女性では、経腟分娩時の会陰裂傷による肛門括約筋断裂が原因になることが多いです。それ以外に、経腟分娩時に外肛門括約筋をコントロールしている神経(陰部神経)が過伸展されて障害を受ける陰部神経障害も原因になります。また、糖尿病でも陰部神経障害を生じることがあります。
過敏性腸症候群では、下痢が切迫性便失禁の原因になる場合がありますが、下痢でなくても直腸感覚が過敏になっているために切迫性便失禁を生じる場合もあります。
下剤の過量内服や刺激性下剤の不適切使用のために下痢になって、切迫性便失禁を生じることもあります。
症状
切迫性便失禁は、S状結腸にためられていた便が大蠕動によって直腸に移動したときに便意を感じるがトイレまで我慢できずに便を漏らす症状なので、大量に漏れて下着のみならず着衣まで汚れてしまうことがあります。
患者は、便意が生じるタイミングを事前に予測することが困難なため、外出先や職場、学校などで常に便意の発生やトイレの場所を気にしなければならず、「再び便が大量に漏れたらどうしよう」という不安にかられるケースが多いです。これが、便失禁が“不安の症状”と呼ばれる理由です。そのために、トイレのない電車やバスに乗ることがためらわれ、人前に出ることができない、集団生活ができない、旅行や買い物に行けないなど社会生活に支障をきたすことも多々あります。さらにそれに付随して、抑うつ気分などの精神的な不調を招くこともあります。
検査・診断
症状などから切迫性便失禁が疑われるときは、次のような検査が行われます。
血液検査、便培養検査
感染性腸炎や炎症性腸疾患など下痢を引き起こす病気が切迫性便失禁の原因と考えられる場合は、体内の炎症や貧血の程度などを調べるために血液検査が行われます。
また、感染性腸炎が強く疑われるときは、便の中に細菌などの微生物が含まれていないか調べる便培養検査を実施することもあります。
大腸内視鏡検査
下痢の原因として炎症性腸疾患などが疑われる場合は、大腸の中を詳しく調べるために大腸内視鏡検査が必要となります。
肛門内圧検査
肛門内に“圧力”を測定できるカテーテル(細い管)を挿入し、肛門括約筋の収縮力を測定する検査です。この検査で、肛門をできるだけ強く締めたときの肛門管内の圧力の上昇値(随意収縮圧増加値と呼ばれます)が低い(一般的には女性で100mmHg未満、男性で150mmHg未満 )と、切迫性便失禁の原因が外肛門括約筋機能低下であると考えられます。
直腸バルーン感覚検査
直腸内にバルーン(風船)を挿入して膨らませ、直腸の感覚を調べる検査です。バルーンに注入した空気の量で評価しますが、少しの量で強い便意を感じれば、異常に強い便意が生じやすい状態で直腸感覚過敏と診断します。
肛門管超音波検査
肛門に親指大程度の太さの円筒状の超音波検査機器を挿入して、肛門括約筋が損傷したり異常に薄くなったりしていないかなどを調べる検査です。
経腟分娩時肛門括約筋損傷では、肛門括約筋が断裂している状態や範囲が描出されます。外肛門括約筋が断裂していれば、切迫性便失禁の原因となります。
治療
感染性腸炎や炎症性腸疾患が原因で下痢による切迫性便失禁を生じている場合は、その原因疾患の治療を行います。それ以外では、以下の治療を体に負担の少ない順番に行っていきます。
食事指導
切迫性便失禁では、明らかな原因がなくても軟便や下痢になっていることが多いので、まずは食物繊維の摂取量を増やす食事指導をします。
薬物療法
食事指導でも切迫性便失禁が改善しない場合は、ポリカルボフィルカルシウムという薬を内服して便の硬さを正常化します。
ポリカルボフィルカルシウムは、過敏性腸症候群の治療薬でもあります。目標は、食べ頃のバナナか、それよりもやや硬い程度です。ポリカルボフィルカルシウムの内服でも十分に便が硬くならない場合は、ロペラミド塩酸塩という下痢止めを内服しますが、内服量が多いと便秘になる危険性があるため、最初は細粒による少量内服から開始し、必要に応じて増量します。
骨盤底筋収縮訓練・バイオフィードバック療法・直腸感覚正常化訓練
外肛門括約筋機能低下が切迫性便失禁の原因である場合は、外肛門括約筋は随意筋であるため、肛門括約筋を締めて収縮力を高める骨盤底筋収縮訓練が効果的です。また、骨盤底筋収縮訓練を効果的に指導するバイオフィードバック療法も有用です。
さらに、過敏性腸症候群などで直腸感覚過敏が切迫性便失禁の原因になっている場合は、直腸バルーンを用いた直腸感覚正常化訓練が有効な場合があり、バイオフィードバック療法に併せて施行します。
経肛門的洗腸療法
専用の器具を用いて1~2日に1回,経肛門的に300~1,000mlの微温湯で洗腸し、大腸を空虚化することによって便失禁や便秘の症状を軽減する治療法です。
洗腸には手間と時間がかかるため、ほかの保存的療法で症状が十分に改善しない重症の便失禁や便秘症の患者が対象で、現時点では、直腸手術後を除く脊髄障害が原因の難治性排便障害だけが保険適用です。
肛門括約筋形成術
経腟分娩時肛門括約筋損傷が切迫性便失禁の原因になっている場合は、断裂した肛門括約筋を縫合して修復する肛門括約筋形成術が有効です。
症状改善率は手術後1年で約80%と短期成績は良好ですが、次第に悪化・再発して5年後には約50%に低下するので、長期成績があまりよくないことが問題です。
仙骨神経刺激療法
手術で神経刺激装置を皮下に植え込んで、排便に関与する仙骨神経を持続的に電気刺激することで便失禁を改善する外科治療です。保存的療法では便失禁症状が十分に改善しない患者が対象で、低侵襲で、試験刺激で有効症例を選別でき、試験刺激で無効なら刺激リードを抜去して元の状態に戻れる可逆性などが特徴です。
予防
切迫性便失禁は下痢や軟便が原因で生じることがあるので、食物繊維の多い食事摂取を心がけ、辛いものなど刺激性食品の取り過ぎ、アルコールやコーヒーの飲み過ぎなどにも注意しましょう。
また、下痢が頻回に起こるような場合は重大な病気が原因である場合もあるので、放置せずに病院を受診して検査や治療を受けましょう。
その一方、切迫性便失禁は外肛門括約筋の衰えが原因であることも多いので、外肛門括約筋の筋力をキープするには、骨盤底筋を鍛えることが大切です。ただし、単に肛門を締めればよいのではなく、正しい練習方法があるので、専門家が監修した雑誌やホームページを参考に適切な骨盤底筋収縮訓練を習得して継続しましょう。
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