双極性障害という疾患をご存知でしょうか。双極性障害は、以前は躁うつ病と呼ばれた疾患のことを言います。生物学的精神医学においては双極性障害の原因を解明する試みが行われてきました。記事3「双極性障害(躁うつ病)を生物学的精神医学からみる」では双極性障害が生物学的精神医学の観点からどのように解明されつつあるのかについて、特にゲノム要因とカルシウムに関連する部分について理化学研究所 脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チーム・チームリーダーである加藤忠史先生にお話し頂きました。ここからは、カルシウムの制御にも関わっているミトコンドリアに着目した研究について、今後の展望も含め、引き続き伺います。
双極性障害に限らず、多くの疾患とミトコンドリア機能障害の関連が指摘されています。例えば、糖尿病も、ミトコンドリア機能障害が原因で起きる場合があると報告されました。自然界では、食べものがなかなか見つからないことが前提なので、血糖値を上げるホルモンはたくさんありますが、血糖値を下げるホルモンはインスリンしかありません。人間社会においては、満腹状態でもつい食べてしまうという、自然界の生物ではありえない状況が起きており、血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンを分泌する膵臓のランゲルハンス島には多くの負担がかかっていると考えられます。ですから、ミトコンドリア機能障害で最初に現れる症状が糖尿病であったとしても不思議ではありません。ひょっとして、双極性障害でも同じように、脳のある部分に負担がかかり、その部分のミトコンドリア機能障害によって発症するのかも知れません。
私たちは、双極性障害やうつ病を伴うことのあるミトコンドリア病の原因遺伝子の変異を持つマウスを作製し、そのマウスがこれらの気分障害の症状とよく似た行動異常を示すことを明らかにしました。このマウスを用いてリチウムのように有効で副作用の少ない薬の開発が行えるのではないかと期待しています。更に、私たちはこのマウスでは脳のどの部分のミトコンドリア機能障害が行動異常を引き起こすのか、その神経系の探索を行ってきました。候補部位を特定するまでに8年かかりましたが、この部位がこの病気の原因かどうか、さらに研究を進めていきたいと考えています。
双極性障害は、躁状態やうつ状態という、エピソードが生じる疾患です。薬を注射したら行動が増えるとか、ストレスをかけたら動かなくなるといったモデルだけでは、予防薬の開発には繋がりません。私たちが作製したマウスは、平均半年に1度、2週間程度うつ状態になるというものです。いつうつ状態になるか分からないので、結果を出すのに非常に時間がかかりましたが、初めて予防効果を検定できる動物モデルができたと考えています。
(参考:理化学研究所 研究成果 2015「自発的なうつ状態を繰り返す初めてのモデルマウス」)
また、うつ状態についての認識が、精神科臨床と神経科学研究の間で全く統一されていないのも困難な点でした。例えば、臨床では、うつ状態といっても、食欲低下/亢進、不眠/過眠、制止(動けなくなる)/焦燥(じっとしていられない)など、正反対の症状が出る場合があることは常識です。しかし、神経科学研究のコミュニティーでは、こうしたことがあまり知られておらず、うつ病モデル動物といえば、プールに泳がせると動かなくなる、あるいは砂糖水を飲まなくなる、といったテスト成績を示すのがうつ病モデルだと考えられているのです。
このように、双極性障害研究を進める上では、多くの困難があるのですが、一刻も早く双極性障害を解明していきたいと考えています。
また、最近では、自分たちの研究を進めることに加えて、次世代が何十年後かに素晴らしい発見をしてくれるように、研究環境を整えていくことも大切だと感じています。
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