大阪医科大学附属病院消化器内科教授の樋口和秀先生は、日本で初めて逆流性食道炎の内視鏡治療を行われ、2011年に「泳ぐ内視鏡」を開発されました。内視鏡が泳ぐ、とはどのような意味を指すのでしょうか。非常に新しく、画期的な発明でもある泳ぐ内視鏡について、樋口先生にご説明していただきました。
未だに内視鏡はきつい、つらいという声がよく聞かれます。ですから、できるだけコンパクトなカプセルで内視鏡検査を行えれば、患者さんも検診で受ける際、負担が少なくなります。
また、カプセル内視鏡で胃が診られるようになれば、食道から大腸まですべてひとつのカプセル検査で診られるため、効率的に診察を受けることができます。
現在日本で使われているカプセル内視鏡には小腸用・大腸用のふたつがあります。また、食道用も世界レベルで見れば存在します。しかし、胃専門のカプセルは作成されていません。
それはなぜかというと、胃の構造上の問題があるからです。胃は袋状になっているため、消化管の蠕動の力だけではうまく写真が撮れません。そこで、私は胃カメラの代わりになるカプセル内視鏡を開発しようと考え、「自走式」のカプセルを思い至りました。つまり体外からそのカプセルを操作できるカプセルをつくれば、消化管を一度に診察できると考えたのです。
検査の基本時間は2~3時間で、食道から大腸、肛門まで撮る必要があります。通常、それだけの検査をしようと思うとカメラ検査を3~4回は受けないといけなくなり、非常に大変です。そのような負担をかけることなく、検診で2時間程度の時間ですべて診られるようになれば…というのが、泳ぐ内視鏡の基本のコンセプトです。
体外からカプセルを動かそうと考えたとき、磁場でカプセルを動かそうと思う方も多いはずです。容易に飲み込め、人体に安全で、なおかつ熱が発生しない、ということを考えると、磁場で空気中を動かすというのは難しく、結論として水の中で泳がそうということになりました。水の中なら容易に動かすことができます。
泳ぐ内視鏡の開発メカニズムは以下のとおりです。まず実験段階で水槽の中でカプセルに尾(しっぽ)を付け、泳がせました。これでぴたりと止まることもできるし、頭部のみ左右に振ることもできます。また、3次元にも動かすことができます。
最初に水槽で実験したあとは胃の模型で練習をし、次に犬を使って実際に検査を行いました。それが成功したため、今度は人に対してこの方法を適応しました。胃の中に水を溜めておき、カプセルを飲み込んで、胃の中を泳がせると写真が撮れる仕組みになっています。
泳ぐ内視鏡を開発する過程で生じた課題は、いかにきれいな写真を、どのような状態の患者さんに対しても撮れるかという点にありました。
はじめは1秒に2~3枚の写真しか撮れず、写真と写真の間にタイムラグが発生していました。カプセルが撮ってきた写真を見ながら操作するため、この枚数だと微妙にズレが生じます。これが大きな課題でした。
しかし、研究を重ねた結果、今のカプセルでは1秒に16枚ほど画像撮影ができるほどに進化を遂げました。それはまるでビデオ撮影のように滑らかな画像を撮ることができます。カプセルが撮った画像を診ながら進むことができるわけですから、医師も非常に検査がやりやすくなりました。
着実に進歩を続ける泳ぐ内視鏡ですが、今後はカプセルを動かす精度およびいかに前処置をうまくきれいにするかが課題となると考えています
前処置とは、具体的にいうと検査を行う前に患者さんのコンディションを整えることです。たとえば胃を撮るとき、胃の中の粘液などが多量に付着してしまいます。そのため、胃カメラの場合でも器具を洗いながら写真を撮るというふうにすることになっています。ところがカプセルは洗うことができません。
検査を受ける患者さんの全員が水槽のようにきれいな水を保てる状態の体になっていただかない限り、カプセルが行くいたるところに支障が生じます。そうならないための前処置の方法が必要であり、その前処置をどう行えば一番いいのか、様々な薬を用いて、どういう方法が最適なのかを現在研究している最中です。
また、人体の構造上、胃は水を溜めやすくできていますが、小腸は溜めにくい性質を持っています。そのため、小腸の写真撮影がスムーズにいかない可能性があります。そのような場合は、最悪カプセルを飲んだまま小腸の蠕動の流れに任せてしまいますが、すべての箇所で滞りなく撮影が進むような工夫をすることが必要になってきます。
さらには、カプセルは片方がカメラでもう片方が尾びれになっているため、向きがひっくり返ったときにまたひっくり返せるかという問題が生じます。現在ではまだあまり症例がないため、これを深く研究できていないのが現状です。もちろん後ろ向きに撮れてもいけないわけではありませんが、撮影する限りは見落としのないようにしなければいけませんし、そのあたりの担保をとっていかなければいけないでしょう。
いずれにせよ、まだ症例数は少なく、大阪医大のみで行われている試験です。今後はもっと試験を重ね、確実なものに固めていく必要があります。
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