常識にとらわれるな

DOCTOR’S
STORIES

常識にとらわれるな

恩師から研究者・指導者としてのあり方を学んだ仲瀬裕志先生のストーリー

札幌医科大学附属病院 消化器内科 教授
仲瀬 裕志 先生

仕事で疲れたときに、必ず聴く1本のvoice letter

私がここ、札幌医科大学の教授に就任したときに一本のvoice letterが届きました。

「Congratulations!」というその優しく力強い一言を聞くと、心がふっと軽くなります。そして、まだまだやるぞと私を奮い立たせてくれるのです。その送り主は、私のアメリカ留学時代の恩師であるNorth Carolina 大学のRyan Balfour Sartor教授。

「常識にとらわれるな」

留学先で、私に医師としての心構えを、身をもって教えてくれたのは彼でした。

偶然が、奇跡の出会いを生む

大学を卒業後、神戸市立中央市民病院,高槻病院を経て、消化器内科医として西神戸医療センターで働いていました。そんなある日、肛門狭窄を患うクローン病の男性患者さんに出会いました。便が出ないために満足にご飯も食べられない彼をみて、「なんとかよくならないか?」と、いろいろ考えた末、恩師のすすめもあり、京都大学大学院に進学しました。

京都大学大学院で博士号を取得後、京都大学千葉 勉教授から、留学を勧められました。あまりにも突然のことで、どうしようかと考えたのですが、私は炎症性腸疾患の研究をすべく海外への留学を決意します。

もともとはドイツの大学へ留学する予定でした。しかし、当時京都大学でお世話になっていた千葉 勉教授、岡崎和一教授のすすめもあり、アメリカのNorth Carolina大学へ留学先を変更することになったのです。

しかしこの偶然が、私の医師人生を左右する恩師・Balfour教授との出会いをもたらしてくれることとなります。

その常識は、誰が決めた?

Balfour教授は、難病であるクローン病を専門に研究をしていました。しかも、彼自身もクローン病を患っていました。自身も患者でありながら、クローン病の病態を解明すべく日夜研究をしている―。

「こりゃすごいや……」

私はその光景を目の当たりにし、言葉が出ませんでした。

私が留学した2001年当時、クローン病の病態解明にはリンパ球、サイトカインなどの研究がメインでした。しかしその頃、Balfour教授は無菌のマウスを用いて腸内細菌と炎症性腸疾患、特にクローン病との関係について研究していたのです。

今でこそ腸内細菌の構成成分や腸内細菌叢の乱れがクローン病の発症に関与していると認識されていますが、当時は細菌学を中心とした研究は炎症性腸疾患研究の主流ではありませんでした。Balfour教授は、そのときからいち早くこれらの関係性に着目し、研究を重ねる姿。

「難病に打ち克つという強い姿勢を持ちながら、同じ病の患者さんを救うために常識にとらわれない研究をしている。こんなにすごい人はいない!」

そう、彼に尊敬の念を抱くまでに時間はかかりませんでした。

私も彼のもとでクローン病と腸内細菌の研究に携わらせてもらい、細菌の種類によって炎症が起こる腸管部位が異なることも知ることができました。Balfour教授の研究の姿勢、自分の信じることを研究し続ける姿勢は、今でも私の研究者としての根幹を成しています。

「この治療方針、ヒロシはどう思うんだい?」

アメリカでは基礎研究に従事していましたが、帰国後は臨床医として働く予定でした。そこでBalfour教授に「基礎研究だけでなく内科医としての勉強もしたい」と申し出たところ、彼は内科のカンファレンスに参加させてくれたのです。

消化管だけでなく内科のあらゆるレジデントが一同に介するカンファレンスは、参加するだけでも有意義な時間となりました。

これだけではありません。Balfour教授はわずかに空いた時間を使って私のもとへやってきては、1枚のカルテをみせて「僕はこの患者さんにはこういう治療方針でいこうと思うんだけど、ヒロシはどう思う?」と尋ねてきたのです。これは、私の意見を参考にするためではなく、アメリカ流の治療を教えるためだったと思います。そして、臨床医として私を成長させるべく、考えさせる時間を与えるためだったのだと思います。

彼からマンツーマンのトレーニングを受けた思い出は一生忘れられません。

自身が札幌医科大学の教授になった今、後進の医師の育成において手本となっているのも、Balfour教授です。どれだけ忙しくても、じっくりとひとつの事柄に向き合わせ、考えさせる。この方針はBalfour教授から教わったものであり、私の教育方針のひとつとなっています。

Balfour教授の研究から学んだことを実践

日本に帰国してからは、Balfour教授のもとで行った研究を応用し、マウスを用いた腸内細菌の実験を始めとして様々な炎症性腸疾患の病態解明・新規治療開発に向けて研究を重ねました。

信じるべきものは、人との出会い

私が皆さんにお伝えしたいことは「常識にとらわれるな」ということ、そして「偶然の出会いを大切にする」ということです。

わずかな期間でしたが、North Carolina大学でBalfour教授のもとで指導を受けた時間は、とても濃密でした。

偶然は、奇跡の出会いに変わるのだ―。

このことは、今になってひしひしと感じています。

医師として今の私を形づくる礎は、京都大学 千葉 勉教授、関西医大岡崎教授、そしてBalfour教授から教わったことから成り立っています。日本とアメリカの恩師がいなければ私は今とはまったく違うところで、まったく別のことをしていたのでしょう。

若い先生方の中には、本意でない進学や異動などで悩んでいる方もいるかもしれません。私も、決して順風満帆な人生を送ってきたわけではありません。ただ、いえることは、偶然の出会いは、かけがえのない出会いになることがあるということです。

人との縁を信じてほしい自分が今いる場所で、精いっぱい学んでほしいと思います。そしてそれが、将来、自分という花を咲かせることに必ずつながります。

 

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