潰瘍性大腸炎は、増悪・再発を繰り返す疾患です。そのため、よりよい治療アプローチを生み出せるよう日々研究が進められています。本記事では注目される潰瘍性大腸炎の発症・再発抑制に関するエビデンスや、今後期待が寄せられる研究について、炎症性腸疾患研究の第一人者である札幌医科大学 消化器・免疫・リウマチ内科学講座 教授 仲瀬 裕志先生に解説いただきました。
近年、潰瘍性大腸炎の増悪要因として禁煙が注目されています。禁煙と聞くと病気の予防につながるイメージが強いため意外に思われる方も多いと思いますが、タバコをやめることが潰瘍性大腸炎の発症・増悪・再発に影響を及ぼす可能性が示唆されています。
“禁煙が潰瘍性大腸炎を悪化させる”ことを示した代表的なエビデンスをご紹介しましょう。1994年に行われた研究1)で、潰瘍性大腸炎患者さんを、内服薬治療しながら“ニコチンの貼り薬を使用するグループ”“プラセボ(偽薬)の張り薬を使用するグループ”に分け、症状の変化を比較した試験があります。この研究の結果、プラセボ貼り薬グループでは寛解例は37人中9人であったのに対し、ニコチン貼り薬グループでは35人中17人であり、ニコチングループで寛解例が多いことが示されました*。このほかにも禁煙と潰瘍性大腸炎の関連性を示す研究結果が報告されており、その関連性の検討が進められています。
*有意差あり(P = 0.03)
1) Pullan,R.D., Rhodes,J., Ganesh,S., et al. Transdermal nicotine for active ulcerative colitis. New Engl J Med 330:811-815, 1994.
一方で、小腸や大腸の炎症を引き起こすクローン病では、喫煙が発症危険因子、再発促進因子だと報告されています2)。似た病気であっても、タバコによるリスクは大きく異なると予想されます。
2) Osborne,M.J., Stansby,G.P. Cigarette smoking and its relationship to inflammatory bowel disease: a review. J R Soc Med 85:214-216, 1992.
喫煙がなぜ潰瘍性大腸炎の治癒に効果的かどうかはまだ明らかになっていません。現段階では、要因のひとつに、大腸粘膜の血流量増減が影響しているのではないかと推測されています。潰瘍性大腸炎では大腸粘膜で炎症が起きています。タバコに含まれるニコチンには、血管を収縮させ、血管の血流量を減少させるはたらきがあるため、炎症を抑制します。このことが潰瘍性大腸炎の治癒に役立っていると推測されています。一方、クローン病では、大腸粘膜の局所で虚血がはたらいています。そのためクローン病では血管収縮による病状改善作用は見られず、病態進展への有用性が低いと考えられます。
これらはまだ研究段階の話であり、潰瘍性大腸炎における喫煙を推奨するものではありません。しかし、研究が進み、禁煙と潰瘍性大腸炎の関連が明確になってくれば、ニコチンを用いた潰瘍性大腸炎治療が一般的に活用される時代が来るかもしれません。
次にご紹介するのは、潰瘍性大腸炎の病態に関与するとされる腸内細菌についての研究です。
ヒトの腸の中には多種多様な腸内細菌が生息し、さまざまな代謝機能や、病原菌に対する感染防御などに関わっています。これらの腸内細菌は健康に深く関与しており、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病など)や過敏性腸症候群といった腸疾患や、自己免疫性疾患(アトピーなど)、生活習慣病などさまざまな病気との関連性が研究されています。
そして近年、その腸内細菌が母乳を通して子どもに受け継がれることが、アメリカの研究結果から報告されました。この研究は、妊婦を対象とし、子どもが生まれる3か月前~生まれた3か月後まで(全6か月間)、アトピーを抑えるプロバイオティクス*を摂取した母親のグループと、摂取しなかった母親のグループに分け、それぞれ子どもを母乳栄養で育てるという方法で行われました。その結果、子どもが成長したときに、アトピーを抑えるプロバイオティクスを摂取した母親のグループの子どものほうがアトピーになりにくいということが示されました。つまり母体の腸内環境が生まれてくる子どもの体質を決める可能性が示唆されたのです。
この結果から、母親の腸内細菌を整えることが、潰瘍性大腸炎の発症・増悪を抑制する可能性も出てきました。また、すでに潰瘍性大腸炎を発症した患者さんであっても薬剤によってしっかり治療を終えた後、腸内細菌をよくすることで、再燃・再発を予防することもできると思います。
今後はこのような“腸内細菌に注目した治療”がより発展していくかもしれません。腸内細菌を重要視するというのは、疾患を発症した後ではなく発症する前に注目するということです。このような予防医療は、今後の炎症性腸疾患治療において非常に重要だといえるでしょう。
*プロバイオティクス:健康によいはたらきをすると考えられる乳酸菌やビフィズス菌などの微生物やそれらが含まれた製品のこと。
ここからは、これからの研究についてお話しします。今、北海道において炎症性腸疾患に関する大規模な疫学研究が始まろうとしています。日本における炎症性腸疾患患者さんがどのように治療されているのか、どのような治療が奏効しているのかなどを長期間にわたるデータから解析し、今後の治療に役立てていきたいと考えています。
疫学研究とは、特定の疾患に関する発症・増悪・再発・治癒・併発などの頻度や分布、その要因を明らかにするための研究を指します。大規模な疫学研究の結果は日本における病気の特性や現状を知ることができるため、今後の疾患治療に役立つ、非常に有益なデータとなります。これまで、炎症性腸疾患に関する日本の大規模な疫学研究は行われていませんでした。しかし日本における炎症性腸疾患の疫学データを提示することは、とても意味のあることです。そこで私はこの札幌医科大学に着任してから、北海道内の多くの関連病院へ協力を呼びかけ、研究の実施を進めることにしました。協力を呼び掛けた医療施設からは全面協力のお答えをいただくことができ、このコホート研究は必ずや患者さんのQOLの向上に結び付くものであると考えられます。
本研究の概略ですが、レトロスペクティブ*1(後ろ向き研究)、プロスペクティブ**2(前向き研究)のどちらも行う想定です。まずはレトロスペクティブの研究で、これまでの北海道内の炎症性腸疾患患者さんの診療・治療成績データを可能な限り多数集積し、目的ごとにデータを解析して、北海道における炎症性腸疾患の特徴や臨床経過などを明らかにしていきます。このレトロスペクティブの研究で示された臨床経過に影響を及ぼす要因を、プロスペクティブ試験の評価項目として扱い、さらなる知見を明らかにします。
*レトロスペクティブ:過去の治療実績や症例データをもとにデータを解析して知見を得る研究
**プロスペクティブ:これから試験計画(仮説や評価項目や試験規模)を組み立て、対象患者を集めて試験を行い、仮説を証明していく研究
北海道では、患者さんが転院なさった場合でも道内に留まるケースが多いと予測され、より正確な患者さんの情報を集めることが可能だと考えています。
このような大きな試験による結果を得ることで、日本の炎症性腸疾患の研究・治療をより発展させていき、世界に通用する医療を展開していきたいと考えています。そのためには、日本国内の医療施設、医療従事者が一丸となって協力することが重要でしょう。この疫学研究を推進し、炎症性腸疾患の研究をさらに進めていきたいと思います。
札幌医科大学附属病院 消化器内科 教授
札幌医科大学附属病院 消化器内科 教授
日本炎症性腸疾患学会 副理事長日本消化器免疫学会 理事日本小腸学会 理事日本高齢消化器病学会 理事日本内科学会 評議員・総合内科専門医・指導医日本消化器病学会 財団評議員・消化器病専門医・消化器病指導医・炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン作成委員会副委員長・北海道支部 幹事日本消化器内視鏡学会 社団評議員・消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医
炎症性腸疾患の病態研究における第一人者の一人。炎症性腸疾患とサイトメガロウイルスの関連などの研究のみならず、消化器内科分野における外科、放射線科、化学療法部との密接な協力体制により患者さんのよりよいQOLのための高度先進医療を目指す。
仲瀬 裕志 先生の所属医療機関
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