院長インタビュー

結核病院から地域医療を担う病院へ――「発症から亡くなるまで」を支える川崎市立井田病院の歩み

結核病院から地域医療を担う病院へ――「発症から亡くなるまで」を支える川崎市立井田病院の歩み
メディカルノート編集部  [取材]

メディカルノート編集部 [取材]

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川崎市中原区にある川崎市立井田病院は、1949年の開設以来、時代の変化や地域の医療ニーズに合わせてその役割を広げてきた歴史ある病院です。当初は結核患者さんを診療する病院としてスタートしましたが、時代の移り変わりとともに、慢性疾患の継続的なケアから在宅医療の導入、そしてがん診療や緩和ケアへと診療の幅を広げてきました。

現在では、複数の病気を抱える高齢者の複合的なニーズに応え、救急医療にも注力しながら地域を支えています。「発症から亡くなるまでを診る」という長年受け継がれてきた理念の下、同院が患者さんの人生に寄り添う医療をどのように実践しているのか、院長の澤藤 誠(さわふじ まこと)先生にお話を伺いました。

当院は戦後間もない1949年に、結核や伝染病の患者さんを診療する病院として開設されました。その後、1951年からは結核専門病院となり、診療を行ってきたという歴史があります。現在では住宅が広がるこの地域も、当時はのどかな環境であり、結核などの患者さんが療養生活を過ごしやすいようにと人里離れた井田山緑地の山の上に建てられたと聞いています。

現在、川崎市内で結核病床を持っているのは当院のみであり(2026年9月時点)、市内で結核の患者さんが出た場合は基本的に私たちが受け入れる仕組みになっています。結核病床自体が全国的に減ってきていることもあり、近年は川崎市内だけでなく、横浜市や県西部など市外の結核の患者さんも受け入れています。

(キャプション)川崎市立井田病院外観(川崎市立井田病院ご提供)
(キャプション)川崎市立井田病院外観(川崎市立井田病院ご提供)

かつては国民病とも呼ばれた結核ですが、優れた抗結核薬が次々と開発され、1960年代には当院でも入院患者さんが急速に減少していきました。そこで当時の幹部たちは今後の病院のあり方を深く考え、1965年から一般診療を開始し、1970年代には生活習慣病やがんなどの、当時は成人病と呼ばれていた「慢性疾患」を専門とした病院へと大きく方向転換を図りました。
このような病院の存在は今では普通のことですが、当時としては画期的な改革だったと私は思います。

その後、長く続く慢性疾患の診療を行っていくなかで、当院では「ただ病気を治療して終わりにするのではなく、発症から最期を迎えるまで、地域全体で一貫した治療システムで診ていくべきだ」という考え方が育っていきました。これは現在、厚生労働省が提唱する「地域包括ケアシステム」(住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される仕組み)を先取りした考え方といえるでしょう。
この考え方の下で当院は発展を続けてきた歴史があり、今でも私たちが提供する医療の礎になっています。

発症から最期まで患者さんを長く診ていくため、当時の幹部たちは、入院と外来に次ぐ「第3の医療」として「在宅医療」の必要性を強く訴えていました。在宅医療には、地域の診療所との密接な連携や、訪問診療が欠かせません。

そこで当院は1980年、院内に医師と保健師、ソーシャルワーカーからなる在宅診療部門を立ち上げ、1982年より退院後の患者さんがご自宅にいながらにして継続した医療を受けられる「訪問診療」を病院でありながらもスタートさせました。

当時は在宅医療に対し、診療報酬の点数も一部にしか存在しません。しかし、患者さんに住み慣れたご自宅で過ごしていただきたいという思いから、半ば病院のボランティア活動の意気込みで取り組んだと聞いています。この当院のはじめた在宅医療には、後に、当時の厚生省の方が数週間にわたって視察に訪れ、実際の業務を観察して診療報酬の保険点数設定の参考にしたというエピソードも残っています。

その後も、1985年に在宅酸素療法、1986年に在宅中心静脈栄養や持続式腹膜透析を開始するなど、在宅での医療への移行には力を注いできました。また、在宅医療に欠かせない地域のクリニックの先生方との密接な連携づくりの活動も在宅診療部門の開設とともに活性化させ、現在はかかりつけの先生方を支援する地域医療支援病院、かかりつけ医と連携して在宅療養を支える在宅療養後方支援病院かつ、かかりつけの先生などからの紹介状を持って受診していただく紹介受診重点医療機関となっています。紹介率(初診患者さんのうち、紹介状をお持ちだった患者さんの割合)は80%超、逆紹介率(当院で治療後、かかりつけの先生方へ患者さんを紹介した割合)は、紹介状がなく当院を受診された患者さんを近くの先生を紹介することもあるために100%超(2024年4月から2025年3月の実績)と、地域医療支援病院となるための要件である紹介率50%、逆紹介率70%などを大きく超えている状況です。

現在の日本の医療を先取りした先輩方の取り組みは、現在の当院の地域連携や在宅療養支援へ脈々と受け継がれ、地域全体で患者さんを最期までみる仕組みにつながっています。

当院の大きな柱となっているのががん診療です。現在、当院は地域がん診療連携拠点病院に指定されており、消化器、乳腺、呼吸器、泌尿器などを主な領域として、手術・放射線治療・化学療法の3大療法による集学的ながん診療を行っております。

手術ではダビンチを導入し、前立腺がんや直腸がんのロボット手術を行っています(2026年9月時点)。また、放射線治療においてはガイドラインや最新の知見を踏まえながら、患者さんの状態に最適な治療を提供しています。化学療法は治療ベッド12床(うち個室3床)、リクライニングチェア8台を備えた化学療法センター(2026年9月時点)にて、リラックスして受けていただけます。当院には腫瘍内科(しゅようないか)があり、センター内で同科の医師による診察を受けることも可能です。

(キャプション)化学療法センター(川崎市立井田病院ご提供)
(キャプション)化学療法センター(川崎市立井田病院ご提供)

また、当院ではがん患者さんの緩和ケアに長い歴史があり、誇りを持って取り組んでいます。先ほども述べたように、当院では慢性疾患を長く診る診療を1980年代から行ってきました。すると次第にがんの患者さんも増え、1980年代後半から1990年代にかけて院内の医師や看護師たちの間で、終末期の患者さんをどう診ていくかという勉強会が自然と立ち上がりました。その結果、当院は1994年にモデル緩和ケア病床を設置し、1998年には厚生省から緩和ケア病棟の認可を受けています。

そのような歴史を受け継ぎ、現在でも当院では緩和ケア内科が早い段階からがん患者さんの診療に加わる体制を整えるなど、緩和ケアをがん診療の柱とした医療を行っています。
また、がんそのものによる苦痛を和らげるだけでなく、不安や抑うつなどの精神的苦痛も和らげ、患者さんやご家族の生活の質を向上させるためのケアも積極的です。その例として、ボランティアの方々の協力も得て音楽会や季節の行事などの各種イベントを行っており、少しでもよい1日を過ごしいただけるよう、職員一同努めています。

また、病状が安定し当院を退院されてご自宅にいらっしゃる患者さんにも、必要があれば私たちが訪問診療を行い、ご自宅での看取りまでをサポートしています。「がんと診断された後の経過を長く支える病院」として、病院の中だけで完結させず、患者さんの生活の場まで見据えた医療を提供できることは、当院のがん診療の大きな特徴といえるでしょう。

先述したように、当院は慢性疾患を診る病院として体制を整えてきた歴史を持っています。そのため、糖尿病、高血圧や循環器疾患などさまざまな生活習慣病に対応できる医師が在籍しています。

ご高齢の患者さんの場合、1つの病気だけでなく複数の病気を抱えていらっしゃる状態であることが少なくありません。そのような治療が難しい状況であっても、内科系を中心とするさまざまな領域の医師がそろっている当院であれば、総合的な診療によって患者さんを支えることができます。また、そのような患者さんを地域で支えていくために、1980年代から培った地域の先生方との連携を生かして患者さんをしっかりと地域で診続けることも、当院が担うべき重要な役割だと考えています。

当院は、2015年に建物をほぼ全面的に建て替えました。その際、将来的な地域医療への貢献を見据え、救急外来のスペースをしっかりと確保し、より多くの救急車を受け入れられるようになりました。

現在、救急車の応需率は90パーセント台後半を維持しており(2026年8月時点)、ほとんど要請を断らないという体制になっています。これは医師だけでなく、他のスタッフも含めて病院全体で救急をしっかり受け入れようという雰囲気が醸成された結果です。最近示された神奈川県の報告でも、近年問題となっている高齢者の救急患者を高い割合で応需しているとの評価をいただき、私たちの取り組みが間違っていないと実感いたしました。

全国的に医療人材の確保が課題となるなか、当院には初期研修を終えた内科の若い医師が集まってくれています。これは病院として非常にありがたいことです。

若手医師にとって、川崎市内で唯一の結核病床での診療や、歴史ある緩和ケアの学び、そして病院にいながら在宅医療、訪問診療にも関われる環境は、とても魅力的に映るようです。また救急に関しても、当院で2次救急を経験しつつ、同じ市立病院である川崎病院の救命救急センターで3次救急を学ぶ機会も用意されています。このように幅広い領域を総合的に診ることができる環境が、熱心な若手医師たちを惹きつけ、病院全体の活気ある診療体制につながっていると感じます。

当院では、地域の方々に我々のことをもっと知っていただくために、有志メンバーで広報活動にも力を入れています。現在はX(旧Twitter)の公式アカウントを活用して病院の日常や医療情報を発信しており、私もアイデアを出しながら一緒に運用に取り組んでいるところです。

Xの公式アカウントはこちら→@Kawasaki_idahp

また、定期的な市民公開講座の開催に加え、「市民交流サービス向上委員会」が中心となって院内コンサートなどの企画も行っており、2025年度は3回、1階正面玄関ホールでコンサートを開催しました。これからも当院は医療を提供するだけでなく、さまざまな関わりを通じて、皆さんに親しみを持っていただける温かな病院づくりを進めていきたいと考えております。

当院は緩和ケアの分野で名を知られていますが、がん診療の診断、治療の段階から生活習慣病まで、幅広い病気に対応できる体制を整えています。多くの領域に専門的な医師が在籍し、複数の病気を抱えるご高齢の方の医療ニーズにもしっかりと応えられるのが当院の強みです。

1970年代に当時の幹部が掲げた「発症から亡くなるまでを診る」という精神は、形を変えながらも現在の私たちに受け継がれ、責任を持って患者さんを診させていただいています。
地域の皆さんがご病気になった際、いつでも安心してかかれる質の高い医療の提供に努めることは、自治体病院としての最大の務めです。これからも地域との連携を大切にしながら、皆さんの人生を長く支える病院であり続けたいと願っております。

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