大阪市西区にある大阪掖済会病院は、2次救急病院として地域の急性期医療を担っています。地域に密着した病院として、患者に寄り添うような診療体制を構築しようとする同院の役割や今後ついて、院長である村橋 邦康先生に伺いました。
大阪掖済会病院は、1913年(大正2年)に大阪診療所として開設され、2023年には開院110周年を迎えました。掖済とは、”腋に手を差し入れて、支え助ける”という意味です。
開院当時、船乗りたちは江戸時代からの風習を引きずって、劣悪な環境で働かざるを得ませんでした。「海員の生活を改めなければ、海運の発展は望めない」と立ち上がったのが、”郵便の父”として知られ、1円普通切手の肖像にもなっている前島密です。
彼を中心とする約50人の有志によって日本海員掖済会が設立され、全国各地に病院が開設されました。当院もそのひとつです。現在は船員のみではなく、一般に広く門戸を開いていますが、掖済会病院はいずれも港に近い場所に位置している傾向があります。
2002年(平成14年)には、さらに医療機能を充実させるための増改築工事に着手し、3年の歳月をかけて新病院が完成。同時に、介護老人保健施設”えきさい大阪”を新規開設しました。これにより病床数も、一般病棟135床、介護老人保健施設100床となりました。
現在、大阪市では「救急患者の受け入れがスムーズに出来る体制の構築」を考えています。当院も大阪市西部医療圏の2次救急病院として、24時間体制で救急患者の受け入れを行うなど、積極的に協力する方針をとっています。そのため2024年現在では、入院患者の約4割が救急からの患者さんとなっています。
また、在宅医療の受け入れも進めています。患者さんがよりよい環境で治療に専念できるよう、訪問看護ステーションと連携をとり、在宅患者の支援を行っています。
当院では、消化器疾患に対してスピーディーな治療ができるよう、2020年4月に消化器センターを開設しました。消化器センターは、内科や外科といった診療科の垣根を取り払った構成になっていて、24時間体制で救急患者の受け入れを行っています。
吐下血がある、腹膜炎を起こしているといった消化器系の救急患者は、時間帯によっては受け入れできる病院が少なく搬送までに時間がかかってしまうことがあります。当院は消化器疾患の受入れを断らないようにし、より多くの患者さんを受け入れられるシステムを構築しました。
近年では、当院の属する大阪市の西部地域だけではなく、大阪市外から消化器疾患の患者さんが搬送されてくることも増えました。救急隊員の方からも「消化器の急性疾患は、大阪掖済会病院へ運べば安心」という言葉をいただいています。場合によっては県境をまたいで兵庫県から搬送されてくることもあり、消化器センターのニーズは高いと感じています。
手は、骨、関節、神経、血管などの細かいパーツが複雑に絡み合って動く、人間の身体の中でも特殊な部位です。その手に特化し、複雑な手の機能をできる限り維持できるよう治療を行うのが、手外科です。
大阪市内は小さな町工場が多いという地域特性があります。そのため、指や手の切断といった事故件数が多いという特徴があります。切断した部位をつなげるには、患部を顕微鏡で拡大して、神経や血管を縫い合わせていかなければなりません。この特殊な手術をマイクロサージャリーと呼びます。
当院の上席副院長である五谷寛之先生は、2024年より日本マイクロサージャリー学会の理事長も務める、マイクロサージャリーの権威です。切断された指をつなぐだけではなく、指の先が失われてしまったケースでは、足の指を移植したり、骨を伸ばすことで元の長さに近づけたりといった、独自の治療も行っています。
全国的にもマイクロサージャリーが可能な病院の数は少ないため、当院の手外科・外傷マイクロサージャリーセンターには、三次救急医療機関を含め大阪府全域から救急患者が搬送されてきます。受け入れ要請を断らない方針で、患者さんの将来の生活まで見据えた治療を行っており、その業績が評価され、五谷上席副院長は第50回医療功労賞を受賞致しました。
どんな病気やけがも、早期治療が大切なことはいうまでもありません。当院では、治療のスピード感を重視して、消化器疾患に関しては、消化器センター医師と直接連絡をとれるホットラインを構築しています。
紹介元の先生方からは、早期に受け入れ可能かの判断をして欲しいという要望が強いです。ホットラインを活用することで、紹介元の先生方と直接お話しが出来るため、受け入れの可否を即座に判断できるようになりました。
スピーディーな判断や治療は、患者さんの負担を減らすことにつながります。検査もできる限りスムーズに受けられ、結果が早く分かる、入院の期間も短くするなど、ほかにもさまざまな面でスピーディーな対応を心がけています。
当院のような中小規模の病院は、それぞれ得意な治療分野をもつことで特色が出せると思っています。当院ならば、消化器センターと手外科・外傷マイクロサージャリーセンターが得意分野といえるでしょう。そういった特色のある病院同士が連携することで、高度な医療サービスを提供する総合病院化ができるのではと考えています。当院においても、当院の特色を生かした連携が進みつつあります。
連携や患者さんの搬送にも、やはりスピード感が必要です。患者の受け入れについて地域連携室に連絡があった場合も、担当の医師がすぐに判断できる体制を作っています。グループ化によって、地域のみなさんに提供できる医療の質も向上することでしょう。
当院の設立当時からの理念として、「患者さんに優しい治療を、スピード感をもって行う」というものがあります。そもそも”掖済”とは、そういう意味を込めて前島密が作った言葉です。時代は変わっても、その理念は変わりません。
私は研修医時代に、指導医から「信頼を得るためには、何度も患者さんのところに足を運ばなければならない」と教わりました。治療には知識や経験も必要ですが、同時に患者さんからの信頼を得ることも大切です。スタッフ全員が患者さんと十分にコミュニケーションをとり、患者さんに寄り添ってこそ、”掖済の心”に叶うのだと感じています。
当院は現在、消化器センターと手外科・外傷マイクロサージャリーセンターを2本の柱として、11の診療科で医療サービスを提供しています。かつては循環器センターもありましたが、残念ながら医師の不足で活動できていない状態が続いています。個人的にはぜひ復活させたいので、その分野にも尽力していきたいと考えています。
また、地域住民の方を対象に、医学講演会を行ったり、医療相談を受け付けたりといった活動もしています。これからも医療の質の向上や、よりよい医療環境作りにつながる地域活動を推し進めていきたいと思っています。