自分や家族が認知症と診断されたら――。そんな恐怖心から病院への受診をためらっている方もいるかもしれません。しかし認知症と診断されても、早期診断・早期対応によって進行を抑えられるケースもあります。認知症ケアをはじめとする高齢者の在宅医療に尽力する傍ら、行政と連携して認知症対策にも取り組まれている、たかせクリニック 理事長 髙瀬 義昌(たかせ よしまさ)先生に、認知症の早期発見のチェックポイント、認知症の方とのコミュニケーションの重要性などについて伺いました。

認知症を取り巻く問題にBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)があります。BPSDとは「認知症に伴う行動・心理症状」のことで、幻覚、妄想、抑うつ、意欲低下、興奮、徘徊などの症状を指します。具体例を挙げると、夜中に起きて動き回る、何度も家族に電話をかけたりメールを送り続けたりする、お金を盗まれたと訴える――などは介護者の困り事としてよく聞かれるBPSDの症状です。症状の強い方では、興奮してノコギリや包丁といった凶器を振り回すなど極めて危険な行動がみられるケースもあります。
BPSDに対しては、効果が期待できる薬物療法が確立されていない時代が長く続いていましたが、近年、アルツハイマー型認知症による焦燥や興奮から生じる暴言や暴力に対して効果が期待できる抗精神病薬ブレクスピプラゾールが使用できるようになりました。有効な手立てがほとんどなかった状況から、少しずつではあるものの、BPSD対策が可能になりつつあるといえるでしょう。
ただ、依然としてBPSDによる介護者の負担は大きく、精神的にも身体的にも大変な思いをされている方は少なくありません。“8050問題”や“9060問題”といわれるように、認知症の80、90歳代の親を50、60歳代の子が支える例もみられます。介護と仕事との両立が難しくなると介護離職につながるケースもあります。
認知症であっても、レビー小体型認知症*など認知機能の低下が目立たないタイプの認知症もあります。レビー小体型認知症では幻覚症状が現れることがありますが、それ以外に目立った症状が現れない場合が多く、実際に診断を受けると「まさか認知症だったなんて」という反応をされる方が多い印象です。また、認知症の予備軍とされる軽度認知障害(MCI)でも目立った症状がみられないことが多いのです。認知症の方は、過去のことは鮮明に覚えている一方で、最近のことは覚えられないという場合が少なくありませんが「年をとって物忘れが多くなったのかな」と見逃されてしまうことが多いようです。
このように症状から認知症かどうか判断することは困難です。できる限り進行する前に治療を始め重症化を防ぐためには、少しでも可能性を感じたら、自己判断ではなく一度病院に行くことをおすすめします。
早期発見につなげるためには、身の回りの異変にも気をつけてみてください。私がよくお伝えしているチェックポイントは「風呂、服、トイレ、財布、冷蔵庫」です。お風呂に入る回数が減る、季節に適した服を着られなくなる、トイレの回数が多い、お風呂やトイレが汚れている、財布に小銭がたくさん入っている――といった行動・場面は、認知症のサインである可能性があります。また、冷蔵庫の中に腐った食品がたくさん入っているといったケースも多いです。一人暮らしの高齢のご家族がいたら、定期的に冷蔵庫の中身を確認していただきたいと思います。
ほかに分かりやすい症状として、ご自身が体験したことを忘れてしまう「エピソード記憶障害」があります。入院されていた認知症の患者さんと退院時にお話ししていたときに、「先生、さっきから入院の話をしていますが、一体誰が入院していたんですか」と聞かれたことがあります。ご自身が入院されていたことを丸々忘れてしまっていたわけです。
*レビー小体型認知症:脳内にα-シヌクレインというタンパクがたまることにより発症する。何もないところに動物や子どもが見えるといった幻覚、夢の内容を実際に動作や発声として表すレム睡眠行動障害、状態の良し悪しによって大きく揺れ動く認知機能の変動を特徴とする。
認知症は適切なケア・介入によって症状が和らいだり、進行を遅らせたりできる場合があります。そのために非常に重要なのが、認知症の方とのコミュニケーションの取り方です。家族など身近な存在であるほど「それは違うでしょう」「何を言っているの」など、つい否定的な発言をしてしまったり、上から目線で話したりしてしまいがちですが、そうなると悪循環に陥りかねません。否定しないコミュニケーションをまずは心がけてほしいと思います。
私が診察のときによく使うのは回想法です。「どこで生まれたか」「どんな学校に通っていたか」など、過去の体験について質問して思い出していただく方法です。昔の思い出を振り返ることで、情緒の安定が得られる効果が期待できます。
また、相手を尊重する姿勢を示すために、あえて自分の立場を低めにして関わる「ワンダウンポジション」も意識的に活用しています。
たとえば、患者さんのほうが詳しいことや経験されていることについては、「私が知らないことも多いので、ぜひ教えてください」とお伝えし、話をじっくり伺うようにしています。ほかには、セルフディスクロージャー(自己開示)もコミュニケーションの手法として有用です。たとえば、私の親族も認知症があるのですが、患者さんに親族に関する困り事を相談すると「髙瀬先生、それはこうやって対応すれば良いのよ」と教えてくれる患者さんもいます。
こうやってうまく会話できるようになると、それだけで認知機能が改善したり、BPSDの症状が軽減したりすることがあります。実際に、ご家族が接し方を変えたことで、日常生活に支障をきたしていた重い認知症の患者さんが、風邪を引いた奥さんを気遣って1人で買い物に行けるまでに改善した例もあります。
認知症であってもできるだけ健やかな生活を続けていくためには、早めに診断を受け、適切な介入をすることが大切です。また、近年では軽度認知障害の段階で使用することでアルツハイマー型認知症の進行を抑える効果が期待できるレカネマブ、ドナメマブという薬も登場しています。認知症を早期診断することの重要性がより高まってきているといえるでしょう。
適度な運動や栄養も認知症対策に有用です。栄養面では、マルチビタミン&ミネラルやDHA、EPAなどのサプリメントの活用も役に立つと思います。また、さまざまなワクチン接種や骨折予防の取り組みも重要です。感染症にかかり重症化して入院したり、骨折して行動範囲が狭まったりすると、認知機能が大幅に低下する可能性があるためです。肺炎球菌や帯状疱疹など各種感染症のワクチン接種は積極的に受けるようにしてください。フレイル対策などを含めて運動を定期的に行うと同時に骨折にも注意し、必要に応じて骨粗鬆症の治療を受けていただきたいと思います。
私はよく「小火(ボヤ)のときにぼやぼやしないで、薬も上手に使いましょう」と伝えるようにしています。大きな火事まで進んでしまうと、火を消すのも大変です。また、認知症ケアの基本はコミュニケーションですが、それだけでは対処できないこともあります。そうした場合は、薬の量や種類の調整によって症状が和らぐケースもあるので、認知症診療を専門とする医師の下で治療を受けることも大切です。
ご家族など周囲の方は、身近な方に少しでも認知症の兆候がみられたら、気軽に認知症サポート医*やかかりつけの医師に相談してみてください。受診先に迷った場合には、地域包括支援センターに相談すれば医師を紹介してくれると思います。
東京都であれば「とうきょうオレンジドクター」という仕組みもあります。これは、地域包括支援センターなどの関係機関と連携しながら、認知症の方や認知症が心配な方をサポートする医師を認定するものです。私もとうきょうオレンジドクターとして活動中で、地域包括支援センターの要請があれば、認知症の方のところに駆けつけることもあります。認知症の方やそのご家族を支える仕組みはいろいろとありますので、上手に活用してみてください。
*認知症サポート医:認知症の診療に習熟し、かかりつけ医の認知症診断などに関する相談役・アドバイザーとなるほか、地域における連携の推進役となる医師のこと。
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