「サリドマイド薬害事件」は多くの方がご存知かと思います。この事件をきっかけに、妊娠中の薬の影響、特に「催奇形性」について多くの研究が行われてきました。その結果、胎児に影響を与える薬が徐々にわかってきました。本記事では、妊娠時期によって起こりうる薬の影響について、東京慈恵会医科大学 産婦人科学講座 助教の青木宏明先生にお話しいただきました。
妊娠期の薬の影響でもっとも問題となるのが、「催奇形性」です。鎮静・催眠薬として用いられていた「サリドマイド」による薬害事件が大きなきっかけとなり、世界各国で催奇形性に関する研究が行われました。妊娠時期によって起こる影響は以下のとおりです。
受精から 2 週間(妊娠 4 週目の中頃)程度までは、「All or Noneの法則」が働く時期であるため奇形が発生することはありません。この時期に薬を服用して、万が一大きな影響が受精卵に与えられた場合は、受精卵は死んでしまうため、初期の流産になります。一方薬による影響が小さい場合は、他の細胞が代償し、受精卵には全く影響のない通常の発育ができるとされています。
妊娠2カ月の時期を「絶対過敏期」と呼びます。胎芽から中枢神経・心臓・消化器・四肢などの重要臓器が作られ胎児となる時期で、最も影響を受けやすい時期といえます。この時期に月経が来ないことに気付いて、産婦人科を受診する場合が多くあります。妊娠に気付いた頃には最も過敏な時期に入っているということでもあるのです。
妊娠 3 カ月では、各器官が完成してきます。また外性器の分化や口蓋(こうがい)が完成する時期でもあります。妊娠 4 カ月に入ると絶対過敏期より危険性が低くなる「相対過敏期」といわれます。
この時期では、器官の形成はほぼ終了しているため奇形の発生はほとんどみられません。しかし、ACE 阻害剤・プロスタグランディン製剤などを服用することで胎児に影響を与えることがあります。この時期の問題は胎児毒性(赤ちゃんの発育や機能に悪い影響を及ばすこと)と呼ばれます。胎児の発育低下・羊水減少・胎児死亡などを引き起こします。妊娠後期に非ステロイド性解熱鎮痛消炎薬(NSAIDs)を服用することによって胎児に動脈管収縮などを起こすことがあります。また、お母さんが精神病薬などを服用していると、赤ちゃんに新生児薬物離脱症候群と呼ばれる状態を起こすことがあります。
授乳中に薬を服用すると、薬は多かれ少なかれ母乳に分泌されます。そのため多くの薬の添付文書には授乳中に薬を服用する場合は母乳をやめることのように記載されています。しかし、多くの薬は母乳に分泌される量はごくわずかであるため、赤ちゃんが薬を内服中のお母さんから母乳をもらっても、赤ちゃんに影響が起きることはほとんどありません。ただし、新生児は薬物を代謝する能力が弱いため、一部の半減期(薬成分の血中濃度が半減するまでの時間)の長い薬剤をお母さんが服用していると、授乳により赤ちゃんに移行した薬剤が赤ちゃんに蓄積し影響をおよぼす可能性もあります。しかし後述するとおり、赤ちゃんの観察を行い「眠りがち」や「哺乳不良」などの症状が出た時点で、赤ちゃんの診察や血中濃度の測定を行い、母乳を控えるという方法でも間に合うことがほとんどです。
画像:妊娠と薬情報センター作成 一部改変
「妊娠中」と「授乳中」の大きな違いは、赤ちゃんが産まれているかどうかという点です。産まれるまでは胎盤が赤ちゃんに酸素を運び、薬の代謝(ここでは分解のこと)なども行ってくれていました。ところが、産まれると赤ちゃんは自力で呼吸をし、おっぱいを飲んで栄養を取り、薬を代謝する必要があります。つまり、授乳期では赤ちゃん自身の代謝能力も考慮しなければなりません。しかし、赤ちゃんをしっかり観察してあげることができれば、お母さんは赤ちゃんになにか異常なことがあれば「母乳を中断する」・「小児科の先生に相談する」ということができるのです。母乳の数多くのメリット(感染症や重篤な病気にかかりにくくなるなど)を考慮して薬を飲みながら母乳をあげるのか、万全を期してミルクとするかは医師と相談されるのがよいでしょう。