カテーテルを用いて治療できる心臓領域の疾患は、冠動脈疾患だけにとどまりません。医療の進歩により、現在では心房中隔欠損症などの先天的な心臓病も、開胸することなくカテーテルと最新機器を用いて治療することができるようになりました。このような治療を総称して「心血管インターベンション治療」といいます。
心房中隔欠損症と卵円孔開存に対するカテーテルインターベンション治療の方法と課題について、国際医療福祉大学医学部循環器内科学主任教授の河村明夫先生にご解説いただきました。
現在、日本には先天性の心臓の疾患を持つ成人患者さんが約45万人いるとされています。先天性心疾患とは文字通り先天的な心臓病を指しますが、医療の進歩により、持病を持ちつつも成人される方が増えたため、現在では小児患者さんよりも成人患者さんのほうが多くなっています。
また、心疾患を持って生まれたものの問題なく成長され、成人後はじめて症状などが現れてご自身の病気を知るという患者さんも少なくはありません。
このように、成人患者さんの持つ、生まれつきの心臓の病気を総称して、「成人先天性心疾患」と呼びます。
成人先天性心疾患のなかで最も患者数が多い病気は、心室中隔欠損症(しんしつちゅうかくけっそんしょう)、次いで心房中隔欠損症(しんぼうちゅうかくけっそんしょう)となっています。
心血管インターベンション治療の対象となる成人先天性心疾患という視点から述べると、最も多い疾患は心房中隔欠損症です。
このほかには、動脈管開存や肺動脈狭窄(先天性の心臓弁膜症)が、治療対象となる代表的な疾患として挙げられます。
心臓には、右心房と右心室、左心房と左心室の4つの部屋があり、左心房には肺から戻ってきた新鮮な動脈血が、右心房には全身を巡った静脈血が流れ込みます。
心房中隔欠損症とは、生まれつき右心房と左心房を隔てる筋肉に孔が空いている疾患のことを指し、孔の大きさにより重症度が変わります。
心臓の圧は左心房側のほうが高いため、空いた孔からは微量あるいは多量の動脈血が右心房側へと流れ込んでしまいます。これにより、本来は全身を巡る予定であった血液が不足するといった不都合が生じます。
孔が大きい場合は乳幼児期や小児期に症状が出ることも多く、その時点で治療を行なうこともあります。これとは逆に、孔が小さい場合は高齢になってはじめて症状が現れ、医療機関にかかることもあります。女性の軽症患者さんのなかには、ご自身が心房中隔欠損症であることを知らず、妊娠・出産を問題なく経験された方もいらっしゃいます。
カテーテルを用いたインターベンション治療の対象となるのは、この中間の中等症の心房中隔欠損症です。「外科手術の対象とはならないもの」と捉えていただいてもよいでしょう。
記事1『冠動脈疾患の治療-カテーテルを用いたインターベンション治療の種類と効果』では、狭窄した冠動脈を拡張するインターベンション治療についてお話ししましたが、先天性心疾患の治療のほとんどは「空いている孔を詰める」という目的で行われます。
心房中隔欠損症の治療では、ニチノールという形状記憶合金で作られた円盤を収納したカテーテルを、足の付け根から挿入します。
円盤はイラストのように二重になっています。カテーテルを用いて心臓に到達させたあと、左心房側で1枚を広げ、もう1枚を右心房側で広げることで空いた孔を塞ぎます。
お腹のなかの胎児の心臓には、左心房と右心房をつなぐ孔が空いています。この孔を卵円孔(らんえんこう)と呼びます。肺が機能していない胎児の体内でも血液が正常に循環しているのは、心臓に卵円孔があるからなのです。
自発呼吸を始めることで役割を失う卵円孔は、多くの場合自然に閉じていきますが、一定の割合で卵円孔が空いたまま成長される方もいらっしゃいます。これが「卵円孔開存(らんえんこうかいぞん)」です。卵円孔開存の頻度は、欧米の統計では4人に1人、日本ではおおよそ10人に1人ほどと推定されています。
以上の解説からもおわかりいただけるように、卵円孔開存は先天性心疾患とは異なり、病気ではありません。また、卵円孔開存のみにより問題が起こることも、基本的にはありません。おそらく9割9部の卵円孔開存の方は、全く問題なく一生を過ごされているものと考えられます。
では、どのようなときに治療が必要になるのでしょうか。
卵円孔開存と何らかの合併症が重なると、脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)が起こることがあります。このような場合は、治療を行なうこととなります。
一例として、卵円孔開存の方がエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)を発症した場合について、考えてみましょう。
エコノミークラス症候群は、長時間同じ姿勢を続けることなどにより下肢静脈に血栓(血の塊)が生じ、その血栓が肺へと飛ぶことで起こります。最悪の場合、死に至ることで知られるエコノミークラス症候群ですが、肺の血管は全てを切り開くとテニスコート1枚分にも値するといわれるほどの面積があるため、命を落としてしまうケースとは多数の血栓が詰まってしまった非常に不幸なケースといえます。
ところが、卵円孔が空いている場合、静脈中の小さな血栓は卵円孔を通って動脈へと入ってしまい、頭部の血管へ飛ぶことがあります。頭部の血管は肺の血管とは異なり非常に緻密なため、ひとつの小さな血栓により脳梗塞を起こすこともあります。これが、卵円孔開存と何らかの合併症が重なって起こる問題です。
先にも述べたように、卵円孔開存により問題が起こることは極めて稀です。ただし、40代未満の若い患者さんが原因不明の脳梗塞を繰り返している場合、医療者は卵円孔開存を疑い心臓の検査を行なうべきでしょう。動脈に入った血栓は、頭部だけでなく全身の至る部位に飛ぶ危険性があります。
心臓の血管が詰まった場合には心筋梗塞などを起こすこともあるため、卵円孔開存に起因する問題が起きた時点で治療を行なう必要が生じます。
卵円孔開存に対するインターベンション治療では、心房中隔欠損症の項目でもご紹介した、円盤状の形状記憶合金を取り付けたカテーテルを挿入し、卵円孔を塞ぎます。これを卵円孔開存閉鎖術といいます。
カテーテルを用いた卵円孔開存閉鎖術は保険収載されておらず、患者さんの自己負担額が大きくなってしまうという問題点があります。
そのため、卵円孔開存に対する治療の第一選択は薬物療法となっています。
過去に行われた臨床試験(CLOSURE1※1)によると、卵円孔開存閉鎖術による脳卒中や一過性脳虚血発作(TIA)の再発予防効果は、薬物療法によるものと変わらないとされています。卵円孔開存閉鎖術が保険適用外とされていたのも、このような研究報告を受けてのことのです。
(※1:Closure or medical therapy for cryptogenic stroke with patent foramen ovale. 参照:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22417252 PubMed)
ところが、2013年に発表された最新の臨床試験(RESPECT※2)では、薬物療法に比べ卵円孔開存閉鎖術のほうが、得られる効果はやや上回ることが明らかになりました。これを受け、アメリカのFDA(医療機器などの認可や取締まりを行なう機関)は、2016年に条件付きでAmplatzer PFO Occluder(卵円孔開存に対する脳卒中予防用の経カテーテル閉鎖デバイス)を認可しました。
このような流れを受け、わが国の厚生労働省も、近い将来カテーテルを用いた卵円孔開存閉鎖術を保険収載するものと考えられています。
(※2:Closure of patent foramen ovale versus medical therapy after cryptogenic stroke. 参照:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23514286 PubMed)
ここまでに、2記事にわたり心疾患や心臓の血管の障害を治療する心血管インターベンション治療について、ご解説してきました。最後に、安心して心血管インターベンション治療を受けていただくために、病院や医師の選び方と、私たち医師の患者さんに対する姿勢についてお話しさせていただきます。
まず、患者さん側からみえる施設選びの基準のひとつとして、しばしば「症例数」が挙げられますが、これは多ければ多いほどよいというわけではないこともあります。
もちろん、極端に症例数が少ない場合は、治療に慣れていない可能性もあるため注意が必要です。しかし、極端に多い場合には、不要な検査や治療を行なう施設であるという可能性もあります。
非常に線引きが難しい問題ではありますが、「ある程度の症例数」を持つ病院を探すといった感覚で、お選びいただくのがよいのではないかと考えます。
治療を受ける施設を選ぶ際には、病院をみること以上に、主治医の先生と話しやすいと感じるかどうか、質問しやすい雰囲気があるかどうかという点に着目することが最も重要だと考えます。
私自身も患者さんとのコミュニケーションを重視しており、医学生にも心血管インターベンションを行なう医師の役割や在り方について、以下のように教えています。
私たちは、障害が起こっている血管だけを治せばよいわけではありません。患者さんがどのような生活をされているか、どのような趣味を持ち、治療後に何を望むかを考慮しながら、治療方針を決めていくことが大切です。
たとえば、同じ80歳代の患者さんのなかにも、ゴルフや水泳を楽しみたいという方もいれば、ご自宅でご家族の介護のもと、ゆっくり過ごしたいという方もいらっしゃいます。その方のライフスタイルに応じ、治療後のQOL(生活の質)を維持することを考えた治療を提供することが、最善の医療といえるのではないでしょうか。
このような医療を実践するためには、患者さんが何という名の病気を持っているのかではなく、「どういう人が」その病気を持っているのかという視点を持つ必要があります。たとえば、治療前のコミュニケーションのなかで、お好きな食べ物や世帯構成を伺うことも、その方に適した治療を行なうために役立ちます。
ただし、いざ血管造影撮影室に入ったら、私たち医師は目の前の血管を治すことに集中し、断固としてやり遂げるべく全神経を切り替える必要があります。しばしば医師の在り方を表す言葉として使われる「鬼手仏心」という概念を、私も自身の座右の銘としながら日々治療にあたっています。
国際医療福祉大学 医学部 循環器内科学主任教授
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