インタビュー

心臓疾患の手術選択について——メリット/デメリット・安全性は?

心臓疾患の手術選択について——メリット/デメリット・安全性は?
渡邊 剛 先生

ニューハート・ワタナベ国際病院 総長

渡邊 剛 先生

目次
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2000年に日本でダ・ヴィンチが導入されて以来、手術シーンにおいてロボットが重要な役割を果たすようになりつつあります。前立腺がんが保険適用になって以降、様々な医療機関で利用されはじめたダ・ヴィンチですが、2016年、新しく腎臓がんが一部保険適用となりました。大腸がん胃がんは2016年現在、保険適用されていませんが、これらのがんにもダ・ヴィンチの活用が可能です。ニューハート・ワタナベ国際病院の渡邊剛総長は、その適用範囲をさらに押し広げ、難しいとされる「心臓疾患」領域でダ・ヴィンチを活用されています。そこで、ニューハート・ワタナベ国際病院の渡邊剛総長に、ダ・ヴィンチの心臓手術について詳しくお話しを伺いました。

ダ・ヴィンチについて詳しくご紹介した記事はこちら

パイオニアが語る!手術用ロボット ダ・ヴィンチとその可能性

ダビンチ手術の適応疾患

※網掛けの部分はダ・ヴィンチ手術の適応

上記が主な心臓疾患の一覧ですが、このうち網掛けの部分(僧帽弁形成術・冠動脈バイパス術・心房中隔欠損閉鎖術・心臓腫瘍切除術)がダ・ヴィンチ手術の適応となります(ニューハート・ワタナベ国際病院では上記すべての疾患に対応可能です)。最近では、新しく甲状腺腫瘍にもダ・ヴィンチを適用できるようになっています。

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ダ・ヴィンチによる心臓ロボット手術では胸骨を切らないため出血が少なく、胸骨感染のリスクもありません。また、MICSと呼ばれる小切開心臓手術で起こる傷の痛みや知覚障害もほとんどありません。そのため、術後すぐにリハビリテーションを開始することができ、早期の退院・社会復帰が可能になります。また、傷が目立たず美容的に優れているので、特に女性の患者さんには大変喜ばれています。

たとえば、腹部の手術の場合、お腹を開ける開腹手術でも内視鏡でも、結局腸がくっついてからでなければ食事はできないため、術後の回復には時間がかかります。しかし、心臓のロボット手術は次の日から通常の食事が可能であり、回復の早さがまったく違います。

内視鏡手術は神経に触ることがありませんが、MICS(小切開心臓手術)の場合は肋骨の間を小さく切って広げる際に肋間神経を圧迫するので痛みがあります。それに対して、正中切開のときに切る胸骨は神経が最後に合わさるところなので、実はあまり痛みは強くありません。ただし胸骨を真ん中で切ってしまうと繋がるまでに2〜3か月ぐらいかかりますし、何よりも傷が大きくて見た目が良くないという問題があります。

なぜ正中切開がずっと行われてきたかというと、心臓へのアプローチが容易だからです。ビギナーが手術を始めるには非常に良い方法であることはたしかです。しかし患者さんの立場としては、できることならそんな手術は受けたくないと思うのは当然のことです。患者さんにとっては傷が小さい、痛みが少ないということは何物にも代えがたい価値があります。

術後2年経過時の手術創の様子 (渡邊剛 公式Webサイトより)
術後2年経過時の手術創の様子
(渡邊剛 公式Webサイトより)

僧帽弁形成術心房中隔欠損症の手術の場合、右側胸部から2~4か所の小さな傷で手術を行います。冠動脈バイパス術の場合は左から鉗子を挿入して、ダ・ヴィンチで血管を取って小切開でバイパス手術を行います。いずれの場合も正中切開の場合とは術後の見た目がまったく違います。患者さんが我々のところに来る理由は、正中切開で手術をしたくないというものが圧倒的に多いのです。

ダ・ヴィンチ手術の出血量は30~50ccほどです。普通の正中切開では、胸骨を切るだけで150cc以上出血します。胸骨の骨髄からじわじわと出血するため、最終的には出血量はさらに200ccほど増えます。その点ダ・ヴィンチは非常に出血が少ないので、輸血も必要ありません。

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ダ・ヴィンチによる心臓ロボット手術

ダ・ヴィンチによるロボット手術で現在保険適用になっているのは、前立腺がんに対する前立腺全摘除と腎がんに対する腎部分切除だけです。したがって、それ以外の手術はすべて自由診療、つまり医療費が患者さんの自己負担となります。そのため、患者さんにご負担いただく医療費が高額であることがネックになります。

また、ダ・ヴィンチの価格自体も高額ですので、ロボット手術の導入・普及という点では施設側の負担も大きくなります。私が在籍していた金沢大学で最初にダ・ヴィンチを購入した当時、学内ではダ・ヴィンチ導入の優先順位はけっして高くなかったのですが、周囲からの後押しもあって2005年からダ・ヴィンチを使い始めることができました。

同じ時期に東京医科大学からも私に来て欲しいとの要請があり、ダ・ヴィンチが2台導入されました。そこで私は金沢大学と東京医科大学の両方でダ・ヴィンチを使って200人ぐらいの患者さんを手術しました。このときの経験が私自身のラーニングカーブをぐっと上げてくれたのだと考えています。そこから症例を積み重ねて今では400例近くになりますが、その時期がなければ今の私はないと感謝しています。

大学という組織の中で、患者さんからお金をいただくのではなく、大学の負担で手術をさせてもらえたということも大きかったと考えています。私は幸運にも多くの方のご支援のおかげでダ・ヴィンチを使わせていただき、実績を積み重ねることができました。しかし何といっても価格が高額ですので、金沢大学の2台目の新しい機械は石川県の地域医療振興費の助成を受けて購入しました。

その後1〜2年で私は金沢大学を離れてしまいましたので、あまり使うことはできませんでしたが、今、金沢大学でそのダ・ヴィンチを使っているのは泌尿器科領域だけです。日本にダ・ヴィンチが200台以上ありますが、実際に使っているのはほとんどが泌尿器科です。日本の医療制度では保険医療にならないと使いづらいというのが実情です。肺がんにしても胃がんにしても、患者さんの自費負担か大学が費用を負担するか、そのどちらかしか選択肢がないため、どうしても症例数が伸びないのです。

しかし、保険診療として認められるためには症例の積み重ねが必要です。やはり多くの外科医はその点に困難を感じてしまいます。あるいは自分には無理だからと諦めてしまうという部分もあるでしょう。結果として、日本では心臓のロボット手術を手がける医師が私以外にはほとんどいないというのが今の状況です。

また、心臓手術のさまざまな分野の中では、ロボットが比較的苦手とする部分もあります。たとえば、縫う作業が多い場合、大動脈などの高圧系と呼ばれる部位の手術はより難しいといえます。低圧系であれば問題がなくても、高圧系の大動脈の場合は糸が緩んだところから出血が起こる可能性があるため、極めて慎重に行う必要があります。本来ならば動脈瘤の手術などでもダ・ヴィンチが使えるとよいのですが、実際には動脈瘤の手術はまだ難しいところです。

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チームワタナベの実績としては、金沢大学と東京医科大学でロボット手術を開始した2005年12月から2016年7月現在まで、通算で357件を実施し、重大な合併症は0件です。

我々は2015年にロボット心臓手術関連学会協議会として「心臓外科におけるダ・ヴィンチ支援手術のための指針」を制定しました。(http://j-robo.or.jp/news/pdf/j-robo_shishin_20160316.pdf

技術や経験が乏しいままロボット手術に携わっても術者の技量をカバーしてくれるわけではありませんし、むしろ危険です。そこで日本心臓血管外科学会・日本胸部外科学会・日本ロボット外科学会の三学会が合同で指針を作成しました。

この指針の中では、たとえば施設基準では「体外循環使用手術を年間100例以上実施していること」「心停止下低侵襲心臓外科手術(MICS)を20例以上実施していること」などが定められ、術者および手術チームに求められる基準や教育プログラムについても規定しています。 

我々は、ロボット手術は初心者が安易に手をつけるべきものではないと考えています。一番に被害を被るのは患者さんです。また、過去にも医療事故によって社会の信頼を損ない、日本の内視鏡医療が立ち遅れるということがありました。そういったことがあれば患者さんだけではなく、我々にとっても大きな損失になります。

ロボット手術に関しては同じ轍を踏まないという決意を込めて、私個人としてはこの指針をもっと厳しいものにしたいという考えもあったのですが、三学会の総意として現在このような形にまとめられています。もちろんこの指針は今後、臨床成績を鑑みて見直しを行っていきます。

ダ・ヴィンチはF1のマシンのようなもので、運転免許を持っているからといって乗れるものではありません。タクシー運転手として30年の経験があるから乗れるかといったら、そうではありません。トレーニングをして、やはりセンスがなければあのマシンには乗れないのです。

私はダ・ヴィンチもそういうものだと思って皆が運転してほしいと考えています。日本国内に200台以上のダ・ヴィンチが導入されていますが、だからといって安易に運用するようなことがあってはなりません。そういった意味では、患者さん自身にもロボット手術とはどういうものか、正しい知識を身につけてほしいと考えています。

何事もうまく経験を重ねることができれば経験値を積むことができますが、最初でつまずいてしまうとうまくいきません。たとえばスキーの場合、初心者で足を折ってしまうと、もうスキーをしなくなってしまうかもしれません。しかし上級者は怪我をしてもスキーを続けます。それと同じように、最初に始めるときというのは非常に大事です。背伸びをせず、ロボット手術にはあえて手を出さないということも、もちろん賢明な選択のひとつです。

普通の手術をしっかりとできないうちは、ロボット手術だけでなく小切開手術(MICS)なども慎重に行うべきだと考えています。若い医師の中には小切開手術をしたいという人は多くいます。先日も関連病院の若い医師が「先生、次は大動脈を小切開でやってもいいですか」と言ってきました。私はまず普通の手術をしっかりとやってほしいと言うのですが、若い人は次のステップにチャレンジしたいという気持ちがはやることがあります。

私自身のコントロールの及ぶ範囲であればまだサポートもできますが、我々が知らないところで誰がロボット手術を始めるかはわからない部分があります。ですから、やはりこのような指針を整備しておく必要があると考えています。

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ニューハート・ワタナベ国際病院で行っている、ダ・ヴィンチによる心臓ロボット手術の費用は以下の通りです。

・冠動脈バイパス移植術:3,150,000円
・僧帽弁形成術:3,500,000円
・心房中隔欠損閉鎖術:2,890,000円

※いずれも税別(検査・手術・室料・食事代を含む)の金額です。これらの手術は保険診療ではありません。

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心臓は心筋と呼ばれる筋肉でできています。冠動脈バイパス手術(CABG)とは、心筋に酸素や栄養を供給する冠動脈という血管が狭くなったり詰まったりした場合に、グラフトと呼ばれる新しい別の血管を用いてバイパス(迂回路)を作る手術です。

心臓バイパス手術の例
心臓バイパス手術の例

この経路が作られることによって、心筋への血流が回復して酸素が十分に供給されるようになり、狭心症などの症状が改善されます。また、将来的に狭くなっていた血管が詰まってしまった場合も、バイパスが命綱として心筋に血液を送り続けることにより、心筋梗塞を予防するという効果も期待できます。

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動画:完全内視鏡下冠動脈バイパス術 -TECAB-

ダ・ヴィンチを用いた冠動脈バイパス手術は、「完全内視鏡下心拍動下冠動脈バイパス術(TECAB)」といいます。冠動脈バイパス手術では、まず血管をどこかから取ってくる必要があります。その際、たとえば従来の小切開手術では取れる限界というものがありますが、ダ・ヴィンチ手術では内胸動脈(ないきょうどうみゃく)をきれいに全部取ることができるという大きなメリットがあります。また、血管の吻合(ふんごう・つなぎ合わせること)をピンポイントで精密に行うことができ、開胸の傷の大きさも最小限にとどめることができます。

TECAB 血管吻合
TECABの創部

内胸動脈を剥離して取ってくる場合、我々はダ・ヴィンチ導入以前には内視鏡下で行っていましたが、それ以外の術式では胸を大きく切って直接目で見ながら手で外すことになります。それが今はダ・ヴィンチだけできれいに内胸動脈を剥がすことができ、場合によってはそのままダ・ヴィンチで3Dモニターを見ながら吻合することもあります。もちろん、3本以上の血管をつなぐときには、左右の内胸動脈だけでなく、手やお腹から血管を取ってくることもあります。

内胸動脈の剥離

患者さんによってはバイパスだけでなく弁形成もダ・ヴィンチで手術してほしいという方もおられます。両方を一度に行うと非常に時間がかかりますし、体力も集中力も必要です。要望があってこれまでに3例を実施しました。

術者としては、できれば弁形成術とバイパス手術はそれぞれ別に行うほうがよいのですが、それぞれの手術を分けて行うというわけにはいきません。弁形成術すなわち心臓内手術をするためにはいったん心臓を止め、再び心臓の動きを再開することになります。その過程で虚血があったり冠動脈の狭窄が残っていたりすると具合が悪いのです。

しかし、だからといってバイパス手術だけを先に行って弁形成が残ると術後が大変ですので、やはり同時に行うということになります。従来の開胸手術で大きく開けて行うのであればもっと楽にできるでしょう。ダ・ヴィンチで血管を取って小切開でバイパス手術を行い、今度は反対側から心臓を止めて弁形成を行うというのは、我々にとっては本当に大変な手術です。しかし、その分患者さんの満足度は非常に高いものがあります。

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僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)とは、心臓の左心室の入り口にある僧帽弁がうまく閉じなくなってしまうことにより、左心室から送り出されるはずの血液の一部が左心房に逆流してしまうことをいいます。1回の拍出で心臓から送り出す血液量が少なくなるため、左心房が拡張します。急性発症の場合は、急激な肺高血圧、肺うっ血による呼吸困難が現れます。

僧帽弁閉鎖不全症の治療には、弁形成術弁置換術の2つの方法があります。僧帽弁形成術は弁置換術に比べて、患者さん自身の弁を使えるという大きなメリットがあります。弁形成術を行っても将来的には再発することもありえますが、使えるところまでは患者さんの弁を使って治すほうがよいと考えています。

人工弁に置換する場合は、耐用年数が長いので再手術は必要ありませんが、血栓がつきやすいため、薬で血液を固まりにくくする抗凝固療法が不可欠になります。ですから、僧帽弁の場合はできるだけ患者さん自身の弁を使って、抗凝固薬に頼らず生活できるにすることを考えています。

ニューハート・ワタナベ国際病院では、リウマチ性の弁膜症を除いて、術前の検査で弁形成が可能であると診断した場合、すべての患者さんに弁形成を行っています。僧帽弁閉鎖不全症や僧帽弁狭窄症の原因となるリウマチ熱が減ったので、多くの場合は弁形成術の対象となります。手術中の方針変更で弁置換術になることは今までありません。

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動画:ロボット支援下僧帽弁形成術 -Robotic MVP-

ダ・ヴィンチは僧帽弁形成術に非常に適した機械です。2016年7月時点で140例を実施し、成功率は100%です。僧帽弁形成術は心臓の手術の中でも症例数がもっとも多いものです。現在、我々が行っている僧帽弁の形成術は年間に130〜140例ほどありますが、そのうちのおよそ3分の1はダ・ヴィンチ手術で行っています。患者さんに話をすると、自費で費用を払ってでもダ・ヴィンチで手術してほしいという方がそれだけいらっしゃるということです。

患者さんにとって本能的に胸の真ん中を切るという手術は、やはり恐怖感があります。他の病院で正中切開の手術をすると言われて、恐ろしいとおっしゃる患者さんは多いのです。私自身もやはり胸の真ん中を大きく切られるのは嫌ですから、患者さんのお気持ちはよくわかります。そのことが患者さんたちの背中を押すひとつの力であることは間違いありません。

ダ・ヴィンチでは小さな穴だけで手術を行うことができますし、手術の傷口が小さいために術後の回復が早く、ほぼ3日~1週間で自宅に帰り、日常生活を送ることが可能になります。また、術野を拡大して3Dで見ることができるため、従来難しかった弁形成を正確に行うことが可能になり、術後の弁の機能も良好です。

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ダ・ヴィンチによる僧帽弁形成術1
ダ・ヴィンチによる僧帽弁形成術2
ダ・ヴィンチによる僧帽弁形成術3
ダ・ヴィンチによる僧帽弁形成術の傷

 

心臓の右心房と左心房の間にある「心房中隔」と呼ばれる壁に、生まれつき穴が開いている疾患を心房中隔欠損症といいます。先天性心疾患の約6~10%がこの心房中隔欠損症であり、男性よりも女性に多いといわれています。

 正常な血液循環では、肺で酸素をたくさん取り込んだ動脈血は、左心房から左心室へ流れ込み、そこから全身へ送り出されます。ところが心房中隔欠損症の場合は、動脈血の一部が穴を通って左心房から右心房に流れ、再び肺循環に入ってしまいます。このため右心房や右心室の負担が増え、特に肺への血流が増加することで肺うっ血、肺高血圧を引き起こします。

心房中隔欠損修復術は、心房の仕切りにある穴(欠損孔)を閉鎖するもので、右心房を切開し、欠損孔を縫い合わせて直接閉鎖するか、あるいは自己の心膜を使ったパッチで閉鎖します。

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動画:ロボット支援下心房中隔欠損症閉鎖術 -Robotic ASD closure-

従来の手術は、胸の真ん中を20~25㎝切開して行いますが、チームワタナベではロボット手術または小切開手術を第一選択とし、成人の患者さんに対する心房中隔欠損症の手術では、ダ・ヴィンチで小さな穴を開けて行う低侵襲な手術を実施しています。

ロボット支援下心房中隔欠損症閉鎖術

心房中隔欠損症は僧帽弁閉鎖不全症などに比べると頻度が少なく、それほど一般的な疾患ではありません。治療法としては閉鎖栓を使って閉じるカテーテル治療もありますが、すべてのケースでカテーテル治療が可能なわけではありませんし、血栓ができないようにするために薬による抗凝固療法も必要になります。

外科的に欠損孔を閉鎖する手術は、一般的には胸を真ん中から大きく切る正中切開で行います。そこで患者さんが他にオプションはないだろうかと調べていく中で、我々が行っているダ・ヴィンチ手術にたどり着くことが多いようです。やはり胸を大きく切って行う手術は受けたくないという思いから、患者さんがダ・ヴィンチ手術を希望されるケースが少なくありません。

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心臓腫瘍はまれな疾患であり、頻度としては心臓疾患全体の0.1%以下といわれています。そのうち70~80%が良性腫瘍、20~30%が悪性腫瘍です。良性腫瘍の中では粘液腫がもっとも多く、左心房に発生するものがおよそ3分の4を占めます。

粘液腫は悪性ではないとはいっても、大きくなると一部がちぎれて血流に乗って別の場所に飛んでいく恐れがあります。血栓が飛んで脳の血管などで詰まるのと同じようなことが起こるため、特に症状がなくても放置することはできません。心臓の中に異物があれば、それは悪性腫瘍であろうと良性腫瘍であろうと手術によって取り除く必要があるのです。

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ダ・ヴィンチによる心臓腫瘍切除術

心臓腫瘍は頻度としては多くないので、我々が手がけた症例もまだ20例に満たないくらいですが、粘液腫の切除は心房中隔欠損症とまったく同じ手術ですから、ダ・ヴィンチが非常に適しています。つまり中隔を作って腫瘍を取り除き、切開したところを再び閉じるというものです。心臓腫瘍の切除もやはり従来は真ん中から胸を開く正中切開で行われていました。

腫瘍が悪性のものか良性のものかということは、CT(Computed Tomography:コンピューター断層撮影)などの画像検査を行うと、その形状などから判断できます。今までに粘液腫ではない患者さんが何人かいましたが、その方たちも腫瘍自体は良性のものでした。

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心臓手術におけるダ・ヴィンチの真骨頂は、僧帽弁形成術などのいわゆる心内手術です。しかし、心内手術はまだ保険収載が認められていません。保険がきかない医療に対して、患者さんの自費負担で手術を実施している施設はこのニューハート・ワタナベ国際病院だけです。国立循環器病研究センターをはじめ、他のどの施設も冠動脈バイパス手術に使う内胸動脈の剥離だけでダ・ヴィンチを使い、保険の範囲で診療を行っているのです。

しかし、冠動脈バイパス手術などはこれから少しずつ減っていきます。その一方で心臓内手術、特に弁膜症の手術はこれから伸びてくると考えられます。心房中隔欠損症は先天性疾患としてある一定の数は存在しますが、今後増えるというわけではありません。したがって、これから力を入れなければいけないのは僧帽弁の手術であり、ダ・ヴィンチでは一番大事な手術になってくると考えています。

その他では、大動脈弁閉鎖不全症大動脈弁狭窄症など、大動脈のダ・ヴィンチ手術も今後視野に入れています。海外ではスーチャレス(sutureless:無縫合)といって、縫合を必要としない弁があり、これが近いうちに国内でも使えるようになる予定です。心臓を止めた上で弁の悪いところを取り除いてこのスーチャレス弁に置き換えるという使い方をします。

弁置換術では通常、全部で10数本の糸をかけて縛っていく作業が必要です。この工程はもっとも時間がかかり、ダ・ヴィンチでもやりにくいところです。しかし、スーチャレス弁は糸をかけないで入れるだけでよいというメリットがあります。半年から1年後には国内で使える見通しですが、海外ではすでに先行しており、手術の成績も非常に良好です。私はこのスーチャレス弁をダ・ヴィンチ手術に取り入れていきたいと考えています。

スーチャレス弁はTAVI(Transcatheter Aortic Valve Implantation:経カテーテル大動脈弁留置術)と呼ばれる治療法と似ていますが、TAVIは弁の悪いところは残して、その上から新たに入れるため、弁の持ちが悪かったり、変形して逆流を起こしたりすることがあります。それに対してスーチャレス弁の場合は、弁の中の石灰化も全部取り除いた上で入れるという違いがあります。

実際にその手術をダ・ヴィンチで行ったという報告があったことを知り、私はダ・ヴィンチの良さを生かしながらスーチャレスの弁の良いところを生かすことで、TAVIに勝る部分を出せるのではないかと期待しています。

ダ・ヴィンチ自体の進化だけでなく、人工心肺・人工弁・弁輪・糸などさまざまなものが少しずつ良くなって使いやすいものが出てきています。海外の仲間からもさまざまな新しい情報が入ってきていますので、私はそれらを取り入れて常に新しいものを使っていくようにしています。

しかし、一番大切なのは機械や道具ではありません。これはひとつの例ですが、日本では大動脈弁置換で心臓を止めている時間が平均97分という統計があります。現在、ニューハート・ワタナベ国際病院では大動脈弁遮断の時間は40分です。つまり、半分以下の時間で終わっています。同じ正中切開で真ん中から胸を開ける手術でも、それだけ短い時間で終えているということが、高い成功率の秘訣なのです。

逆にそれくらいのことができない限りは、ダ・ヴィンチや小切開などの新しいテクノロジー、難しい手術にチャレンジすることはできません。また、その裏付けがあるからこそ、普通の手術でも他の施設より安全にできると自負しています。

もちろん、トップの私ひとりだけではなく、病院の中心となって働いてくれている他の医師たちもそれに近い時間で手術を終えられる技量を備えています。そういったチーム作りで治療に取り組んでいるということが、他の施設との差別化にもつながっていると考えています。

機械はあくまで道具でしかありません、もっと便利な道具ができたらダ・ヴィンチを捨てて違うところに行ってしまうかもしれません。しかし、ダ・ヴィンチの経験から得たノウハウは小切開や正中切開の手技にも生かせる部分があります。特に小切開の手術では同じ視野をちょっと広げるだけで保険診療に応用できるわけですから、私自身、目から鱗が落ちるようなことが実感としてありました。

その意味でも、ダ・ヴィンチ手術をやってきてよかったと感じています。同じ手術のように見えるけれども内容が変わってきたということもありますし、展開や視野、血液を吸引する方法など、ありとあらゆるところに反映されています。それはダ・ヴィンチを使ってきた人でなければわからないことです。

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