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インタビュー

手術用ロボット ダ・ヴィンチとは

手術用ロボット ダ・ヴィンチとは
渡邊 剛 先生

ニューハート・ワタナベ国際病院 総長

渡邊 剛 先生

目次
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ダ・ヴィンチを用いた手術風景
ダ・ヴィンチを用いた手術風景

2000年に日本でダ・ヴィンチが導入されて以来、保険適用されている前立腺がん・腎がんをはじめとしたさまざまな手術シーンにおいて、ロボットが重要な役割を果たしつつあります。

ニューハート・ワタナベ国際病院の渡邊剛総長は、日本におけるロボット手術のパイオニアとも呼べる存在であり、ダ・ヴィンチの適用を心臓疾患に広げて活躍されています。また、2016年現在、ニューハート・ワタナベ国際病院では甲状腺手術にもダ・ヴィンチを適用していますが、これは日本の医療機関ではオンリーワンです。今回は渡邊剛総長に、ダ・ヴィンチについて詳しくお話しを伺いました。

ロボット手術とは、内視鏡手術用の支援ロボットを使って行う低侵襲手術のことです。従来の内視鏡下手術の長所をさらに向上させたもので、最先端の医療における技術革新のひとつとして注目されています。

(画像:日本ロボット外科学会Webサイトより)

代表的な機種であるダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)はがんの外科手術を中心に幅広い分野で活用され、手術支援ロボットの代名詞となっています。術者はサージョンコンソールと呼ばれるコックピットでビューポートをのぞき込み、3Dモニターを見ながら手術を行います。2つのマスターコントローラーを両手で操作し、さらに足ではフットスイッチを駆使して繊細な手術を可能にします。

ダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)は小さな創(きず)から患者さんの体内に内視鏡カメラとロボットアームを挿入し、医師は離れた場所から3Dモニターを通して術野を見ながら、実際にその手で鉗子(かんし・手術用の器具)を動かしているような感覚で手術を行うことができます。

ダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチ

ダ・ヴィンチの原型はアメリカの陸軍と旧スタンフォード研究所などによって1980年代の後半に開発されました。当初は戦場での手術を遠隔で行うシステムの開発を目的としていましたが、のちに民間での応用を目指すことになり、1995年にIntuitive Surgical社が設立されました。

1999年に同社はda Vinci Surgical Systemの販売を開始、2000年にFDAの認可を受けました。また日本国内では2009年11月に日本国内においてda Vinci S Surgical Systemが医療機器としての薬事承認を受けています。

ダ・ヴィンチは初代のStandardからS、Siとバージョンアップを重ね、2016年には第4世代となるXiが発売されています。共通する主な機能は次の通りです。

3D内視鏡カメラにより術野を鮮明な3D映像として表示します。また、ズーム機能により患部を拡大視野でとらえることが可能です。

 

内視鏡カメラ
(日本ロボット外科学会Webサイトより)

人間の手を上回る可動域を持つロボットアームの先端にさまざまな鉗子を装着して使用します。術者の手先の動きに連動し、組織をつまむ・切る・縫合するなどの動作を行います。

ロボットアームに装着する鉗子
(日本ロボット外科学会Webサイトより)

鉗子やカメラを動かすコントローラーは、手先の震えなどが伝わらないよう手ぶれを補正する機能を備えています。細い血管の縫合や神経の剥離などを繊細かつ正確に行うことが可能です。

術者の手の動きを任意の比率に縮小してインストゥルメントに伝える機構を備えています。 たとえば比率が3:1の場合、手を6cm動かすと鉗子は2cm動きます。

モーションスケール機能
モーションスケール機能

現在、世界中でもっとも普及しているのは、アメリカのIntuitive Surgical社のダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)です。世界では3,000台以上、日本国内でもすでに200台以上が導入されています。現在も泌尿器科領域や産婦人科領域を中心に普及が進んでいます。

日本ではダ・ヴィンチ手術が前立腺がんと腎がんの部分切除について保険収載されていることもあり、泌尿器科領域での手術が大部分を占めています。しかし世界では、ダ・ヴィンチ手術全体の症例数における婦人科疾患の割合は2008年が30%、2009年34%、2010年には45%と年々増加しています。また、米国では僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術の約13%がダ・ヴィンチで行われているというデータがあります。

ダ・ヴィンチの世界における症例数の推移
(日本ロボット外科学会Webサイトより)
ダ・ヴィンチ手術風景
ダ・ヴィンチ手術風景

現在、ダ・ヴィンチを用い、様々な部位・疾患でロボット手術が行われています。下記にダ・ヴィンチを使ったロボット手術の一覧をリストアップしましたが、これを見ただけで世界的な潮流が理解できるかと思います。

※上記は先進医療

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私が総長を務めるこのニューハート・ワタナベ国際病院の他では、国立循環器病研究センターで心臓のダ・ヴィンチ手術を行っています。私がまだ金沢大学に在籍していた当時、ダ・ヴィンチの薬事申請を行う際に金沢大学と国立循環器病研究センターの2か所で申請を行いました。

しかし、実際には国立循環器病研究センターでは、我々のように患者さんの自費診療で手術をしているわけではありません。治験では心臓内手術を何例か実施しましたが、それ以外にはもっぱら冠動脈バイパスに使う内胸動脈(ないきょうどうみゃく)を取る手術だけを保険診療の範囲内で行っています。

上尾中央総合病院の心臓血管センターには、ニューハート・ワタナベ国際病院から手術を手伝いに行っていますが、この病院もやはり同様に冠動脈バイパス手術に用いる内胸動脈の剥離にダ・ヴィンチを用いています。まだ始めたばかりですが、これまでに3例を行っています。

他の施設も状況はほぼ同じであり、僧帽弁形成術や心房中隔欠損閉鎖術などの心臓内手術を行っているのは、我々のニューハート・ワタナベ国際病院だけです。

胸骨正中切開による手術創
胸骨正中切開による手術創
ダ・ヴィンチによる僧帽弁形成術の創部
ダ・ヴィンチによる僧帽弁形成術の創部

ダ・ヴィンチを用いたロボット手術では、従来の開胸手術のように骨を切る必要がなく、数か所の小さな穴だけですべての操作を行うことができます。手術中の出血や術後の痛みが少なく、傷が目立たないため美容上も優れた手術です。入院期間は大幅に短縮し、術後3日で退院が可能です。また、手術中の体への負担も軽く、痛みも少ないため早期の社会復帰が可能です。

従来の心臓手術は、胸を真ん中で切って大きく開ける胸骨正中切開というアプローチで行います。この術式は1958年に始まり、今日に至るまで半世紀以上も続いてきました。内視鏡手術という概念は、心臓手術の分野では近年までまったくなかったものです。私は約20年前、バイパス手術に内視鏡を使う手術を考案して実際に行い、世界で最初のレポートを書きました。それが今日の心臓の内視鏡手術の元になっています。

心臓の内視鏡手術は技術的に非常に難しいという側面がありましたが、ダ・ヴィンチが登場したとき、ロボットならば難しい心臓手術でもよりやりやすくなるだろうと考えました。肺や子宮、あるいは胆のうの手術など他の臓器の場合、病変を切って取り去るだけの手術ならば内視鏡でもそれほど難しいわけではありません。ところが心臓は常に動いており、止めていられる時間にも制限があります。しかもその多くが再建手術であり、欠損を修復したり血管をつなぎ直したりすることが求められます。

そこにはやはり越えるに超えられない、技術的な壁というものがあったのは事実です。他の臓器の内視鏡手術が普及していく中で心臓手術がそうならなかったのは、外科医の技術がその水準に到達していなかったということもありますし、難しいだけに勇気を持って実行できる外科医がいなかったということもあるでしょう。世界も含めてもそれができる者がいなかったというところに、心臓の内視鏡手術が立ち遅れてしまった原因があるのです。

我々も難しいことを承知で内視鏡手術に挑戦し、やはりそれが非常に難しい作業であるという認識がありました。しかし、ロボットが導入されたことで、すでに内視鏡手術に取り組んできた我々にとっては非常にやりやすくなったということがわかり、内視鏡ではできなかったこともロボットならば可能になるという確信を得ました。このロボット手術は、200年に1度のイノベーションであり、まさに心臓外科の歴史を変えるような手術であるといえます。

泌尿器科領域や、あるいは胃など他の臓器の場合、内視鏡手術が比較的馴染みやすい側面があります。一般的には、ある程度の技量を持った外科医の場合、20例前後の手術を経験すれば内視鏡手術ができるようになります。経験を積むことによる技術の習得、いわゆるラーニングカーブが非常に短期間に上がるのです。

しかし、心臓手術はそうはいきません。100人、200人のレベルでラーニングカーブが上がっていくという印象です。それは自分自身がおよそ400人の患者さんを手術してきた中で感じたことです。

切った後を再建し、縫い合わせるという手術はそれだけ難しくなります。確実につなげることが絶対条件であり、不十分な吻合(ふんごう・つなぎ合わせること)でその部分が詰まってしまったら、手術そのものがまったく意味のないものになってしまいます。だからこそ誰も手を出せなかったのです。

しかし、もともとダ・ヴィンチは1.5mmの血管を縫うために開発されたロボットであり、実は泌尿器や他の臓器への応用は後から拡大された用途です。当初から心臓の細かい血管の縫合が可能であるということをセールスポイントに作られ、売り出された機械だったのです。

冠動脈の吻合
冠動脈の吻合

ところが実際に使ってみると、骨盤の奥の入り組んだ狭いところでの細かい手術が得意だということがわかりました。ロボットアームは関節が多いので人の手よりも可動域に優れ、骨盤の奥深くの手術がやりやすかったのです。このような使い方にメリットを見出したことが、現在多くの領域でロボット手術が流行している原因です。

ニューハート・ワタナベ国際病院には、ほかの病院で胸の真ん中を大きく開けて手術をしますといわれた患者さんたちが、ダ・ヴィンチ手術のことを知って大勢来られています。

名古屋ではどこに行っても手術を断られたというある患者さんは、主治医である循環器内科医からの紹介状を持参していました。「そちらで引き受けていただけるのであれば本当に助かります」と書かれたその文面は、患者さんの治療に困っておられる状況が察せられるものでした。

内科医にとっての最後の砦という意味でも、このダ・ヴィンチ手術の存在は重要なのかもしれません。私はこのダ・ヴィンチ手術は、これまでの手術と同じ心臓手術という言葉でひと括りにできないほど、まったく違うものであると考えています。

現在、ニューハート・ワタナベ国際病院では甲状腺の手術もダ・ヴィンチより行っています。これは日本では今のところ当院のみで行っています。甲状腺がんなどの甲状腺疾患はもともと女性に多いことから、手術による首の傷をできるだけ小さくしたり、他のところから患部にアプローチする手術方法が求められてきたという経緯があります。

ダ・ヴィンチを用いて我々が行っている手術では、首からではなく腋の下から小さな傷で患部にアプローチする方法をとっています。腋の下の傷は腕をおろしてしまえば見えませんし、水着姿などでも目立たない程度の傷です。特に女性の患者さんには非常に喜ばれています。

まず腋の下を数センチ切開し、皮下の筋肉の上を剥離しながら甲状腺まで到達します。レバーで持ち上げてスペースを作り、そこから先はトンネルの中での作業が得意なダ・ヴィンチを使用します。甲状腺のすぐそばには反回神経という声帯をつかさどる神経があるため、従来の手術では術後に声が出にくくなったりすることもあります。技術的には難しい手術ですが、ダ・ヴィンチであれば3Dの拡大画像で神経もよく見えるので、より正確な手術が可能です。

ダ・ヴィンチの甲状腺手術は、韓国の延世大学ですでに約5,000例を実施しています。韓国では手術をセンターに集中するシステムをとっているので、延世大学にすべての患者さんが集まります。日本と韓国で甲状腺疾患の発症頻度に違いがあるのかどうか一概に比較はできませんが、人口比としてはけっして少ない病気ではありません。日本では甲状腺手術で有名な病院がいくつかあり、やはり数多くの手術を行っていますが、そのうちの半分以上の患者さんはダ・ヴィンチで手術ができると考えています。

我々は2005年にダ・ヴィンチを使い始めた当時から、韓国で甲状腺手術をダ・ヴィンチで行っていることを知っていました。当時からチームワタナベの一員として心臓手術も手伝ってくれている石川紀彦医師が、現在ニューハート・ワタナベ国際病院で甲状腺のダ・ヴィンチ手術を担当しています。

動画:甲状腺切除術(術者:石川紀彦)

日本ロボット外科学会Webサイトより