インタビュー

耳の手術の変化と内視鏡手術のメリットとは? 慢性中耳炎などにも適応の手術を紹介

耳の手術の変化と内視鏡手術のメリットとは? 慢性中耳炎などにも適応の手術を紹介
欠畑 誠治 先生

太田総合病院中耳内視鏡手術センター センター長、山形大学 名誉教授、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉...

欠畑 誠治 先生

この記事の最終更新は2017年07月20日です。

私たちが互いにコミュニケーションを取るとき、聴覚は非常に重要な役割を果たしています。聴覚をつかさどる耳に生じる疾患には様々なものがありますが、これまでの耳鼻科手術ではおもに患部周辺を大きく切開して治療する方法が主流でした。しかし近年、耳の手術に内視鏡が利用され始めたことで患者さんの負担が大幅に軽減されました。耳の構造と機能、内視鏡手術に到るまでの経緯について、山形大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座で教授を務める欠畑誠治(かけはたせいじ)先生にお話を伺いました。

私たちは聴覚が正常に機能しているからこそ、声や音を聞き取ったり、言葉を話したりすることができます。そして人間が文明を発展させることができた理由も、言葉を発してお互いにコミュニケーションを取れるようになったからだといわれています。このように聴覚は、人が人として生きていくうえで必要不可欠な感覚です。

家族が話している姿

耳の構造を以下のイラストに沿ってご説明します。

私たちがいわゆる耳と呼んでいる部分は耳介で、ここが集音器の役割を果たします。耳介で集められた音は、外耳道を通じて鼓膜まで届けられます。鼓膜は長さ直径1センチメートル弱、厚さは0.1ミリほどで、スピーカーのような形状をしています。鼓膜の奥には中耳という空間があり、ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨と呼ばれる3つの小さな耳小骨が順についています。音は鼓膜の振動となり、それらを通じて内耳の蝸牛まで伝えられます。伝えられた振動は蝸牛のなかのリンパ液を揺らし、その揺れを有毛細胞が感知して、聴神経から大脳へと伝えます。ここで脳が音を信号として認知して初めて、私たちは音が聞こえたと判断するのです。

MN

耳の疾患に対する治療は、医療技術の進歩とともに発展しており、今でこそ耳疾患の多くが治療可能になりました。しかし19世紀には十分な治療法が開発されておらず、「中耳炎になれば命を落とす」、「喉頭がんになれば窒息死する」といわれていたのです。

1873年に、中耳炎に対する乳突削開術(耳の後ろを切開して行う手術)や、喉頭がんに対する喉頭摘出術(喉頭を摘出する手術)が実用化されました。これにより、それまで手の施しようがなかった耳鼻咽喉科の疾患が治療可能になったのです。

前述のように画期的な手術法が実用化され始めた当時、手術はすべて裸眼で行われていました。そのため当時の耳科では、「大きく切開して明視下で安全に行う」をコンセプトに手術が行われていました。しかしこの方法では、手術時に鼓膜の奥にある顔面神経が傷つき、手術後に顔面麻痺に陥るケースもあり、患者さんにとってのリスクも大きかったのです。また、手術後に大きな創(きず)が残りやすく、審美的な観点からも十分な方法ではありませんでした。

1950年代から耳の手術に顕微鏡が用いられるようになり、この術式は現在でも一般的に行われています。しかし、顕微鏡下の手術においても、病変部位の視野を良好に保つために、広く骨を削る必要があります。中耳腔(鼓膜の奥の空洞)へのアクセスルートとして乳突洞(鼓室の先にある空間)を削開して利用する方法は、健康的な器官を傷つけることにもなります。このように顕微鏡下手術は、患者さんの身体的負担が大きいことや、体に創が残ってしまうことがデメリットといえるでしょう。

乳突洞 イラスト

1990年代以降、体表外への切開による多くの外科手術は内視鏡手術に置き換えられています。耳の穴から内視鏡を挿入して行う手術は、体の外に傷跡が残らず、骨を削る量が少ないため耳の変形もおきません。さらに手術後もほとんど痛みがなく、患者さんの身体的・精神的な負担は、それまでの術式に比べて格段に減りました。

私は海外の研究者とともに内視鏡を用いた耳科手術を開発し、2011年には当学医学部附属病院で本格的に内視鏡下耳科手術が実施されました。それから内視鏡下耳科手術は浸透しつつあり、ここ山形大学では年間100例もの実績を上げています。(私たちの取り組みについては記事2『耳の内視鏡手術(TEES)を世界に広めるための取り組みについて』でご紹介します。)

内視鏡手術は前述のように低侵襲(患者さんの身体的負担が少ない)でありながら、病変部位を明瞭に捉えることができます。私たちが開発した手術法TEES(詳しくは記事2『耳の内視鏡手術(TEES)を世界に広めるための取り組みについて』でご紹介します)は、内視鏡の広角な視野で、これまでみえなかった部分(死角)を明瞭にみながら、さらに接近して拡大した画面をみて安全・確実に手術ができます。

また、これまでは手術前にどこに病変(真珠腫)があり、どこまで進展しているのかを把握できませんでした。この問題を解決するために、当科では放射線科の協力を得てMRIを活用し、病変部位を事前に識別する手術法を開発しました。これによってリアルタイムで画像処理を行うことが可能になり、より鮮明に病変部位を見分けながら手術を進められます。つまり内視鏡によって「人間の眼を超えた目」を通して手術ができるのです。

MRIを利用した病変部位の写真

内視鏡手術はそれまでの術式と異なり、耳の後ろや前を切ったり、病変周辺の骨を大きく削ったりする必要がありません。これにより患者さんの体への負担が大幅に減少し、手術後の痛みも格段に減りました。

耳の内視鏡手術は傷跡が小さいため、術後の生活で患者さんが髪をアップにできる、気兼ねなく美容院に行けるといったメリットもあります。また、傷がケロイドになる心配もありません。患者さんの年齢が幼い場合、手術の傷跡がトラウマになってしまうこともありますが、内視鏡手術ではその心配もありません。

内視鏡手術は患者さんのみならず、術者にとっても非常に画期的です。これまでの顕微鏡による手術では、おもに術者だけが患部をみて判断していたため、手術状況について術者以外のスタッフとの共有が不十分でした。しかし内視鏡手術では、モニターを通してその場にいる助手や看護師なども患部の様子をみて意見を交わすことができるので、手術をよりスムーズに行うことが可能になりました。

内視鏡手術は、以下のような疾患に関して適応となります。

・伝音難聴を生じる中耳疾患(鼓膜穿孔・中耳真珠腫・耳小骨先天異常・耳硬化症など)

慢性中耳炎(癒着性中耳炎、鼓室硬化症などを含む)

・中耳真珠腫

滲出性中耳炎

・耳小骨先天異常

・耳硬化症

・そのほか(浅在化鼓膜・外耳道閉鎖症・中耳炎術後症など)

欠畑誠治(かけはたせいじ)先生

医療技術は日々進歩しています。これからも新たな技術が生み出され、医療の世界は変化していくでしょう。医療技術が進歩するなかで、私たち医療従事者は常に新しいコンセプトを生み出し、その実現を模索し続けることが求められます。時代に合った患者さんのニーズを汲み上げ、患者さんのためになる医療、術者にとってもためになる医療を作り上げることが大切だと考えています。記事2『耳の内視鏡手術(TEES)を世界に広めるための取り組みについて』では、私たちの取り組みや信念などを詳しくお伝えします。

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  • 太田総合病院中耳内視鏡手術センター センター長、山形大学 名誉教授、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室 客員教授

    欠畑 誠治 先生

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