不妊症と診断された場合、妊娠するためにはさまざまな治療の選択肢があります。それぞれの治療法にはどのような特徴があるのでしょうか。また、治療はどのようなことを考慮し選択されるのでしょうか。
今回は、不妊症の治療に携わっていらっしゃる国立国際医療研究センター病院 産婦人科 診療科長の大石 元先生に、不妊症の治療についてお話を伺いました。
不妊症に対する治療には、主にタイミング法、人工授精、体外受精があります。
タイミング法とは、妊娠しやすいと考えられる排卵日周辺で性交渉を行うよう指導する方法です。女性の排卵や卵管、男性の精子の数や状態に大きな問題がなければ、タイミングを合わせるだけで妊娠にいたるケースもあります。月経の周期が安定している場合には、基礎体温は低温期と高温期に分かれるようになります。排卵は、低温期から高温期に移行するときに起こりやすいといわれています。このような基礎体温を参考にしたり、卵胞(卵子が入った袋)の大きさを調べたりしながら排卵日を予測し、性生活を持つよう指導を行います。
タイミング法は、あくまで自然妊娠を目指すものなので、患者さんの体への負担は少ないと考えられます。また、人工授精や体外受精などほかの不妊治療と比較すると、1回あたりの費用負担も少ないです。
ただし、患者さんによってはタイミング法を行うことが難しいケースもあります。たとえば、お二人どちらかの仕事が多忙であるなど、性交渉のタイミングを合わせることが難しいケースもあるでしょう。あるいは、男性にED(勃起不全)*があるために性交渉が難しかったり、決められた日に性生活を持つことが精神的負担となったりすることもあります。
タイミング法は保険診療となり、当院では約3,000~10,000円かかります(排卵誘発剤の使用の有無・使用量により変わります)。
*ED(勃起不全):性交渉を行うために十分に勃起することができない、あるいは勃起を維持することができない状態。
人工授精とは、妊娠しやすいと考えられる排卵日周辺に、子宮の中に精子を注入する方法です。精子を注入する日に合わせて、薬によって排卵を誘発することもあります。人工授精では、男性に自宅で採取した精液を提供してもらいますが、精液をそのまま子宮内に注入するわけではありません。精液の中には細菌などが入っている可能性もあるため、洗浄し精子だけにした状態で注入します。ただし、卵管が通っていなければ妊娠することができないため、片方あるいは両方の卵管が通っている場合に行われます。
通常、女性の腟の中に精子が放出されると、精子は子宮へと上っていきます。女性は排卵日に精子を引き込みやすいようにおりもの(頸管粘液)が増えますが、なかにはおりものが増えない、あるいは粘液中の精子に対する抗体(抗精子抗体)のため精子をうまく引き込めない方もいらっしゃいます。あるいは、もともと男性の精子の数が少なかったり運動性が低かったりするなどの理由で、子宮に上っていくことができない精子ばかりというケースもあります。このように自然妊娠が難しい場合には人工授精を行うことがあります。
人工授精を行う回数は、一般的に5〜6回が目安といわれています。人工授精を行っても妊娠にいたらない場合には、体外受精を検討することが多いでしょう。
人工授精を行ったとしても必ずしも妊娠にいたるわけではありませんが、自然妊娠が難しい場合に妊娠する可能性を高める治療法といえます。年齢にもよりますが人工授精で妊娠する確率は10%程といわれており、体外受精と比べると妊娠する確率は低くなります。人工授精では子宮に炎症が起こる可能性があります。また、排卵誘発剤を使用した場合には多胎妊娠(双子または三つ子以上の赤ちゃんを妊娠すること)および卵巣過剰刺激症候群(OHSS)が起こることがあります。卵巣過剰刺激症候群とは、排卵誘発剤によって卵巣の過剰反応が起こり、卵巣腫大や腹水・胸水の貯留が生じることです。重症化すると呼吸不全や血栓症などの合併症を引き起こす可能性があります。
次のページで詳しくお話ししますが、2022年4月より人工授精も保険適用の対象となったため、治療開始時の女性の年齢に関係なく保険診療下で治療を受けることができます。保険適用であれば5,620円(税込)で施行可能です。
タイミング法と人工授精は、女性の体の中で受精が行われます。一方、体外受精は、その名のとおり体外で受精が行われます。まず、女性に静脈麻酔か局所麻酔をかけ、卵子が入った卵胞を腟から超音波画像を見ながら針で刺し、卵子を採取します。男性には自宅で採取した精液を提供していただきます。体外受精では、卵子と精子を同じシャーレ(検査に用いる容器)に入れて受精させます。受精卵(胚)を作ったら女性の体の中に戻し着床を待ちます。
医療機関によっては一度になるべく多くの受精卵を作るために、排卵の誘発を行い可能な限りたくさんの卵子を採取することもあります。全てがよい状態の受精卵に育つわけではないからです。当院の場合、仮に10個卵子があったとしても受精するのは7〜8個程です。その後、妊娠にいたるよい状態の受精卵といえるのは4個程です。
医療機関や女性の年齢によっても異なりますが、体外受精で妊娠する確率は30%程といわれています。体外受精は、人工授精と比較すると妊娠する可能性が高くなる一方、女性の体への負担が大きく費用もかかります。たとえば、採卵では麻酔が必要ですし、合併症として、卵巣出血、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)や異所性妊娠*が起こる可能性があります。
*異所性妊娠:通常と異なり受精卵が子宮以外の場所に着床すること。
2022年4月より保険適用となったため、治療開始時の女性の年齢が43歳未満の場合には保険診療下で治療を受けることができます*。費用の目安としては大体10~15万円前後で施行可能ですが、高額療養制度を用いることも可能です。最終的な負担額は収入に応じて異なってきます。
ただし、保険適用の条件に当てはまらない場合には自費診療となり、当院では採卵(約20円)と胚移植(約10万円)に1回あたり約30万円(税込)の費用がかかります。また、排卵誘発の注射やその他薬剤、血液検査や超音波検査の費用として10〜15万円ほどかかることが多いです**。
なお、体外受精は一般的に、1回につき1〜2か月ほどの治療期間を要します。
*婚姻関係にあるご夫婦あるいは事実婚のカップルが対象。治療回数は、胚移植ベースでカウントされ、女性が40歳未満の場合は子ども1人に対して通算6回まで、40~43歳未満の場合は子ども1人に対して通算3回までという制限がある。
**患者さんによって内容が異なるため費用も異なる。
体外受精で作った受精卵を凍結保存する場合もあります。保存状態に何らかの問題がない限り、凍結保存された受精卵は、年月を経ても解凍すれば問題なく使用することができると考えられます。
私は、不妊治療は患者さんごとの個別性が非常に大きいと考えています。決められた治療コースに当てはめるというよりも、不妊症の原因、体の状態や女性の年齢、性生活の有無などさまざまな要素を考慮して治療法を決定する必要があると考えています。婦人科の病気などによって卵巣の機能が悪化している可能性もあるので、その方の病気なども考慮する必要があります。
特に、女性の年齢は考慮すべきであると考えています。自然妊娠ではなく人工授精や体外受精であっても女性の年齢は妊娠に大きく関わります。必ずしも、タイミング法から人工授精に進むなどというように、順序立ててステップアップする必要はないと考えています。自然妊娠の可能性が限りなく低く、女性の年齢が高ければ体外受精からスタートする場合もあります。
たとえば、自然妊娠が可能な場合、女性の年齢が30歳代前半であれば一定期間タイミング法を行い、妊娠しないようであれば人工授精、さらに体外受精と治療を進めてもよいかもしれません。仮に全ての工程で1年程かかったとしてもまだ妊娠できるタイムリミットまで猶予があるからです。反対に、女性の年齢が30歳代後半であれば、妊娠できるタイムリミットを考慮し、タイミング法や人工授精ではなく最初から体外受精を行うケースもあります。
国立国際医療研究センター病院 産婦人科 診療科長
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