副鼻腔炎が原因となって鼻の中にできるポリープを鼻茸といいます。鼻茸が増大すると鼻づまりが悪化し、嗅覚障害が起こる場合もあります。これらの症状は自然には治らないため、鼻茸の切除手術や薬物療法を受ける必要があります。今回は、兵庫医科大学病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 診療部長の都築 建三先生に、鼻茸の早期診断に役立つ症状のセルフチェックや、有効な治療法についてお話を伺いました。
鼻茸とは、鼻の中に起こった炎症によってキノコ状に腫れ上がるポリープのことです。治療をしなければ元に戻りません。鼻の両側にできることが多く、左右で重症度が異なるケースもあります。主に副鼻腔の炎症によって生じますが、副鼻腔炎だからといって必ずしも鼻茸が発生するわけではありません。
副鼻腔炎は、感染やアレルギーなどによる炎症が鼻炎となり、さらに鼻の奥にある副鼻腔という空洞にまで達し、粘膜が腫れたり粘り気のある鼻水が出たりする病気です。まず鼻炎が起こってその後に副鼻腔炎が起こるため、鼻副鼻腔炎とも呼ばれます。性別や年齢を問わず誰にでも発症し得る病気で、環境因子(どのような環境に身を置いているか)が発症に大きく関係します。4週間以内で治まるものを急性副鼻腔炎、症状が3か月以上続くものを慢性副鼻腔炎といいます。
慢性副鼻腔炎になると粘膜の腫れが長期に及び大きくなり、鼻茸が生じやすくなります。鼻茸ができて副鼻腔から鼻腔への通り道がふさがれると、鼻水を排出しにくくなり、副鼻腔にたまって炎症を増悪させます。そのため、一般的に鼻茸が発生する慢性副鼻腔炎は重症度が高いといわれています。
慢性副鼻腔炎の中でも、好酸球性副鼻腔炎は治りにくく再発しやすいため、特に注意が必要です。 好酸球性副鼻腔炎では、好酸球という白血球が活性化されて炎症が起こり、粘り気の強いニカワ状の鼻水がたまります。また、鼻茸が多く発生し、嗅覚障害(においの感覚の低下)が起こりやすいという特徴があります。鼻の粘膜に病原体や異物が吸着すると、粘膜内でそれらを除去する作用のある白血球などが集まり、体を守ろうとする免疫応答が起こります。白血球の1つである好酸球は異物を除去するだけでなく、アレルギー疾患においては炎症を引き起こす火薬のようにはたらく場合があるのです。
“鼻の両側に症状がある”“鼻茸がある”“篩骨洞(両目の間にある副鼻腔)を中心に炎症がある”“鼻茸の中に好酸球が多くたまっている”といった基準を満たすと好酸球性副鼻腔炎と診断されます。好酸球性副鼻腔炎は国の指定難病で、医療費助成制度の対象となります。
好酸球性副鼻腔炎の重症度を判断する指標の1つとして、気管支喘息の合併があります。とくに、非ステロイド性抗炎症薬に対するアレルギー(アスピリン喘息)の有無が挙げられます。アスピリン喘息があると、鎮痛薬を服用したときに喘息発作が誘発されます。鼻茸の切除手術後に鎮痛薬を処方する際、アスピリン喘息がある方には発作を誘発しない薬を選択しなければならないため、事前に十分な確認が必要です。また、再発もしやすいため、継続した経過観察と治療が必要です。
鼻茸に伴い、主に以下のような症状が現れます。
鼻茸は鼻内の空間をふさぐため、鼻づまりが起こります。これに伴い空気の通り道が狭くなると鼻呼吸が阻害され、睡眠の質が低下します。就寝中にいびきをかくようになり、ひどくなると睡眠時無呼吸症候群に陥るケースもあります。
また、鼻水の排泄が阻害されると、副鼻腔に鼻水がたまって顔や頭が重くなり、顔面痛や頭痛を起こす可能性もあります。鼻の穴から排泄できなくなった鼻水が咽喉頭(のど)のほうへ流れる後鼻漏という症状が起こると、咳や痰が出やすくなり、気管支喘息を誘発するリスクが生じます。
さらに、においを感じる嗅神経は鼻茸ができやすい領域(嗅裂)に分布しているため、鼻づまりによりにおい分子が嗅神経まで届きにくくなると“気導性嗅覚障害”が起こります。嗅覚障害が起こると、甘さや辛さなどは感じるものの、どの食べ物の甘さや辛さなのか分からなくなるといった風味障害をきたし、その結果として味が分かりにくくなるケースもあります。
実際に受診される患者さんの多くが、鼻づまりや嗅覚障害を訴えられます。鼻づまりによって鼻呼吸がうまくできず眠れないという方や、いびきがあるという方もいます。
そのほか、においを感じにくくなって受診される方や、味を感じにくくなって味覚外来を受診され、調べてみると鼻に原因がある(風味障害)と判明する方もいます。
日常的に鼻が詰まっているとその状態に慣れてしまい、自分では症状に気付きにくくなっている可能性があります。実際に治療をして鼻が通るようになってから「鼻にこんなにもたくさんの空気が入ってくるのか」と驚かれる患者さんも多いです。
鼻茸は、治療をしなければ改善しません。症状が進むと鼻呼吸ができなくなり、炎症がその状態を加速させ、そのために副鼻腔炎がさらに悪化するという悪循環に陥ってしまいます。呼吸や嗅覚といった鼻の機能を失うだけでなく、目に炎症が及び、視力低下などにつながる可能性もあります。先述の好酸球性副鼻腔炎は好酸球性中耳炎を伴い、難聴を生じることもあります。さらに、炎症が全身性に生じて、気管支喘息を併発したり、好酸球が著しく増加して全身に血管炎を起こしたりするケースもあります。
このように、副鼻腔炎、特に鼻茸を伴う好酸球性副鼻腔炎は、鼻だけでなく全身を診る必要がある病気だといえます。炎症の範囲に応じて早めに適切な治療を開始することが重要です。
また、鼻茸と間違われやすいものとして、鼻の中の腫瘍(できもの)があります。病理組織検査で判別できますので、鼻に違和感があれば耳鼻咽喉科を受診されるとよいでしょう。
受診の目安となるのは、嗅覚障害と鼻づまりを自覚したときです。
特に、においを感じるかどうかを適切にチェックするのは、鼻茸の早期診断において重要です。当院では、日本鼻科学会から提唱された『日常のにおいアンケート』を活用した嗅覚のセルフチェックをおすすめしています。このアンケートでは、パン、カレー、コーヒー、生ごみ、汗など20項目のにおいについて、“分かる”“時々分かる”“分からない”“最近かいでない、かいだことがない”の選択肢から選んで、嗅覚の状態を数値化します。一定水準以下であれば嗅覚障害がある可能性があり、医療機関を受診する目安となります。
また、重度の鼻づまりで呼吸しづらい状態にあるときも、ご自身やご家族などが鼻の中を覗くだけで鼻茸の有無を見極めるのは困難です。鼻づまりが続くようなら、早期に耳鼻咽喉科を受診したほうがよいでしょう。
当科では、副鼻腔炎の疑いがある患者さんに対して、主に以下のような検査を行っています。
左右それぞれの鼻の穴から、空気の通り具合を調べます。
両側の鼻内を観察し、鼻茸の有無、場所や大きさ、炎症の状態などを調べます。
鼻の中にある組織が副鼻腔炎による鼻茸なのか、鼻茸の中に好酸球がどの程度あるか、さらに、腫瘍病変とくに悪性腫瘍ではないか、といったことを調べるために、組織の一部を採取して検査します。
副鼻腔にある鼻水の貯留の程度、副鼻腔の表面を覆う粘膜の腫れ具合、炎症の度合い、炎症が周囲の目や頭の方まで達していないかといったことを見極めます。また、悪性腫瘍の可能性についても確認します。
血液中の好酸球の割合は、好酸球性副鼻腔炎を診断する基準の1つになります。ハウスダストやダニ、スギやヒノキなどの花粉、また食物などに対するアレルギーの可能性も確認します。
保険適用となっている嗅覚検査には、2種類あります。
1つは基準嗅力検査で、薄いにおいから濃いにおいまで5種類を鼻の穴からかいで、においを感じられるかどうか調べるものです。もう1つは、静脈性嗅覚検査で、ニンニクやタマネギのような強いにおいがあるプロスルチアミンというビタミン薬を注射で体内に入れ、呼気によってのど側から鼻の後ろの孔(後鼻孔)へ回ってくるにおいを感じるかどうか調べるものです。
副鼻腔炎の診断は、これらの検査結果を総合して行います。指定難病の好酸球性副鼻腔炎の診断には、内視鏡検査、病理組織検査、CT検査、血液検査が必要です。
診察では、篩骨洞付近に位置し、鼻茸ができやすい中鼻道、上鼻道、嗅裂(においを感じる部分)の3か所を中心に確認します。
呼吸ができないほどの大きな鼻茸があれば、必要に応じて薬物療法で炎症を抑えた後に手術で切除します。鼻茸が小さく数が少なければ、CT検査で炎症の度合いを確認し、軽度であれば様子を見るケースもあります。逆に、鼻茸がなくても鼻の奥に重度の炎症があれば、薬物療法や手術を検討することもあります。鼻茸の大小に関わらず、気になる症状があれば早めに受診をして適切な治療を受けることが大切です。
一般に治療は、まず薬物療法を開始し、効果が不十分であれば手術を検討するという基本的な流れがあります。しかしながら、鼻茸の治療については、呼吸が困難なほどの大きさになっていると薬物療法を行っても効果が不十分な場合も少なくありません。この場合は、まず鼻茸の切除手術を検討します。
部屋の掃除をイメージしていただくと分かりやすいと思いますが、ホコリだらけの部屋にいきなり洗剤を撒いて掃除をするよりも、ほうきや掃除機でホコリやごみを取り除いた後に洗剤を使ったほうが、部屋をより綺麗に維持できるでしょう。これと同様に、手術で鼻茸を取り除いた後で薬物療法を開始したほうが、治療効果が高まる(よい状態を維持できる)と考えているのです。
当院では入院していただき、内視鏡手術を行っています。手術では、鼻茸や粘膜の腫れ、たまった鼻水などを取り除き、副鼻腔を鼻へ大きく広げます。手術は片鼻で1時間、左右合わせて2時間ほどかかります。
また、鼻中隔(鼻の中を左右に分ける壁)に弯曲があれば矯正手術を、またアレルギー性鼻炎などがあり、鼻の入り口にある下鼻甲介の粘膜に腫れが生じていれば、腫れを抑える目的で下鼻甲介手術を併せて行うケースもあります。
薬物療法には、主に抗菌薬、ステロイド、生物学的製剤が使われます。
炎症を起こす細菌を鎮静化させたり、副鼻腔の外へ排出させたりするために使います。
ステロイドには炎症を抑える効果があり、特に好酸球性副鼻腔炎の治療に有効です。アレルギー性鼻炎がある方には治療のベースとして点鼻薬を使います。また、当院では好酸球による炎症を抑えるため、手術前に経口薬を服用していただく場合があります。手術後、炎症が再発した際には、鼻に局所的に注入したり経口薬を投与したりします。
点鼻薬や局所注入は全身への副作用は少ないですが、経口薬には糖尿病や胃潰瘍、骨粗しょう症、感染症などさまざまな副作用のリスクがあるため、使用は短期間にとどめなければなりません。
生物学的製剤(デュピルマブ)は、2020年3月から難治性の鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎に使用できるようになった比較的新しい薬です。鼻茸が大きく、呼吸機能や嗅覚が回復しないなど、手術やステロイドでは効果が不十分な場合に適応となります。私はこの治療については“手洗い”にたとえて、“水で汚れを洗い流すまでが手術”、“石鹸でよりきれいに洗うことが生物学的製剤による治療”であると患者さんに説明しています。
手術をしても強い炎症が残ったり、手術後に再発したりしたら、まずステロイドを投与し、それで十分な効果を得られなければ、生物学的製剤の注射薬を速やかに投与します。投与開始までの期間はできるだけ短いほうが治療効果を得られやすいといわれており、躊躇せずに投与することが大切だと考えます。最初は2週間ごと、症状が安定したら4週間ごとに投与を行いますが、投与を始めてからは炎症がしっかり抑えられるまで、1年程度は治療を継続したほうがよいと考えられています。
生物学的製剤は鼻茸の縮小や嗅覚障害の改善に高い効果が期待できる薬で、鼻茸を伴う好酸球性副鼻腔炎の治療の切り札といえるでしょう。高額な薬ですが、好酸球性副鼻腔炎であれば医療費助成の対象となります。私自身、この薬が登場してから患者さんのQOL(生活の質)が格段に向上したと感じており、より多くの方にこの薬を知っていただきたいと思っています。
鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎は再発しやすいため、薬物療法と手術を組み合わせてよい状態を維持することが治療の目標になります。日常生活では、鼻の粘膜の腫れを助長する可能性のある生活習慣は改善したほうがよいでしょう。過度な飲酒や喫煙を控え、十分な睡眠を取り、ストレスや疲労をためないようにするなど、日頃から心身の調子を整え、免疫力の低下を防ぐよう心がけてください。また、鼻洗浄(鼻うがい)には、鼻の中にたまった粘り気の強いニカワ状の鼻水をふやかし、流れ出やすくする効果が期待できるため、おすすめします。さらに、自覚症状がなくても継続的に通院する習慣をつけるとよいでしょう。意識して日々の鼻のケアやにおいのセルフチェックを行うきっかけになるため、再発予防にもつながると考えます。
鼻づまりがあって呼吸がしにくい、周囲の人が感じているにおいを自分だけ感じられないといった自覚があれば、その原因を見極めるため、医療機関に相談されるようおすすめします。たとえば、パン屋さんやカレー屋さんなどの近くを通ったとき、自分がにおいを感じているかどうか意識してみると、症状に気付きやすくなります。症状に気付いたら、耳鼻咽喉科で早期に内視鏡検査を受け、炎症の状況および鼻茸の有無や状態を調べ、適切な治療を開始していただきたいと思います。
鼻は気道の最前線で外気と接するフィルターの役割を担い、私たちの体を守ってくれる大切な器官です。鼻の調子が悪くなるのは、アレルゲン(アレルギーを引き起こす物質)や細菌など、健康を脅かす異物の体内への侵入を阻んでくれているからです。しかし、鼻に負担をかけすぎると鼻炎や副鼻腔炎を起こし、自分自身が苦しい思いをすることになってしまいます。鼻の機能と健康のバランスを維持するには、最低限、息がスムーズに通る状態を保つことが大切になるでしょう。特に気管支喘息の方に嗅覚障害がある場合は、好酸球性副鼻腔炎である可能性が高いです。好酸球性副鼻腔炎の早期診断には、鼻づまりとともに嗅覚障害が重要な要素になりますので、違和感があれば早めに耳鼻咽喉科を受診してください。
兵庫医科大学病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 主任教授/診療部長
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