(一部)名古屋市西部から尾張中部の地域医療を支え続けてきた日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院。地域では中村日赤と呼ばれる同院の医療を支えているのは、新しい医療だけではありません。
「まずは医療の基盤をがっちり固めることが大切です」と語る同院の院長、森 正一先生に、充実した診療体制や24時間対応の無痛分娩、新しい治療への挑戦、そして地域全体で患者さんを支える「2人主治医制」の取り組みなどについて伺いました。
当院は、1937年4月に日本赤十字社愛知支部名古屋病院として100床で開設されました。名古屋市北西部に位置する当院は、開院以来、時代の変遷や医療技術の進歩に合わせて建物を拡充し、現在では病床数818床(2026年6月時点)、一日平均外来患者数約1,400名、年間の救急車搬送数は約8,200台にのぼる(2025年4月から2026年3月の実績)など、名古屋市の急性期を中心とした医療で大きな役割を担っています。
私たちの病院には、現在34の診療科があり、335名の医師が在籍しています(2026年6月時点)。これだけの規模になると、それぞれの専門性を深めるだけでなく、いかに診療科同士が壁を作らないかが重要です。
そこで当院では、複数の診療科や職種が密接に連携する「センター制」を導入し、総合周産期母子医療センター、小児医療センター、造血細胞移植センターが稼働しています。
神経・循環器・消化器・呼吸器の病気の診療においても、各専門科がスムーズに協力し合える体制をしっかりと整備しており、このような各科の円滑な連携による医療が当院の大きな特長となっています。
私が院長として一番大切にしているのは、何よりもまず救急や急性期の医療を担う病院としての基礎をがっちりと固めることです。この土台があるからこそ、患者さんに本当に安心していただける医療が提供できると考えています。その象徴ともいえるのが、夜間の救急体制です。
当院では、夜間や休日であっても、16名の医師が院内に当直しています(2026年6月時点)。この中には救急科だけでなく、産婦人科、新生児科、小児科、麻酔科*、循環器科そして内科系や外科系の医師もおり、夜間であっても幅広い病気への救急対応が可能です。この体制が、夜間の皆さんの安心を支える大きな土台となっています。
また、当院では病棟の機能分化を進めており、院内で上手な住み分けを行って効率化を図っています。たとえば、院内には重症患者さんを診る一般的なICU(集中治療室)が8床、中等度の方を診るHCU(ハイケアユニット)が24床あります。そして、これとは別に救急から直接入られる患者さんのための救命救急専用病床30床(救急ICU機能病床8床を含む)を確保し、一般病棟への負担を抑える工夫を凝らしているのです(2026年6月時点)。
こうして院内の機能分化を進めることで、外から来られる救急の患者さんにも、元々入院されている方や手術後の方にも、過度な負担をかけずに適切なケアをお届けできる仕組みが整っています。
*麻酔科標榜医 横田修一、小栗幸一、北尾岳、北川智孝、冨田貴子、中島万志帆、内山沙恵、村瀬洋敏、森玲央那、柴田蔾、中澤彩乃、角田翔太郎、風間有香、西川昌雄、國澤太幹、大瀧優理奈、蓬莱春日、石川奈津江、細川裕美子、髙松万佑子、吉田貴一、小川祥穂、桑田弥佳、柴田真住、伊藤陽香、黒田彩水
我々の救急の体制が整っているのは、表からは少し見えにくい診療科や部門が支える基盤が非常に強固だからです。特に病理部と麻酔科の充実、そしてそれらに支えられた他科での集中治療には大きな自負があります。
麻酔科には、26名の常勤医師が籍を置いています(2026年6月時点)。これだけの人数がそろっているからこそ、緊急の手術であっても予定された手術であっても、全身麻酔は全て麻酔科の医師が責任を持って担当し、夜間の当直体制も維持できているのです。
また当院の病理部は、日本病理学会から同学会認定の病理専門医を育成するための研修施設として認定されており、一般病院としては珍しく他の病院の研修にも協力する体制を持っています。日本病理学会が認定した口腔病理専門医(こうくうびょうりせんもんい)を含めた4名体制(2026年6月時点)で日々の診断を行っており、院内で遺伝子検査やゲノム検査まで迅速に行える環境を整えました。
こうした麻酔科や病理部の強固な土台があるからこそ、内科や外科の医師たちも患者さんの治療に集中することができます。病棟、病理、麻酔といった基盤を一つひとつがっちりと固めていることが、当院の医療の一番の誇りです。
当院の産婦人科と新生児科が中心となって担う周産期医療は、長い歴史の中で先輩方が築き上げてきた大きな財産です。1998年に全国で12番目の総合周産期母子医療センターとなってから、まもなく30年を迎えようとしています。私たちは地域を守る責任感を胸に、お産における最後の砦として歩んできました。
当院では年間におよそ1,000件のご出産を扱っています(2025年4月から2026年3月の実績)。また、リスクの高い妊婦さんや赤ちゃんの受け入れにも積極的に力を注いでおり、母体搬送受入数は年間約300件、新生児搬送受入数は年間約160件です(2024年4月~2025年3月実績)。
当院には、MFICU(母体・胎児集中治療室)、NICU(新生児集中治療室)やGCU(新生児回復室)が全てそろっています。また、特に22週から27週で生まれた超早産の赤ちゃんの救命率は90%を超えており、これは産婦人科と新生児科が非常に密に連携しているからこその成果にほかならないと考えています。
当院では、妊婦さんのご希望に合わせたさまざまな出産方法に対応しています。自然出産を望まれる妊婦さんに対しては助産師がサポートするバースセンターを設置しており、妊婦さんご本人の「産む力」を生かしたお産に臨んでいただけます。
近年、当院の総合周産期母子医療センターにおける大きな特色となっているのが、無痛分娩*の体制です。当院では、初産の方には陣痛が来たタイミングで無痛分娩に対応できるよう24時間体制を敷いており、経産婦の方には計画出産による無痛分娩を行っています(予約制)。
当院で無痛分娩を立ち上げたのは、日本で早くから麻酔科医による無痛分娩に取り組んでいた埼玉医科大学に国内留学し、この分娩で重要になる麻酔管理を3年間学んで医学博士も取得して戻ってきた医師です。
その医師の方針の下、一般的には麻酔科の医師が担当することが多い無痛分娩の硬膜外麻酔を、当院では麻酔科の医師が指導しつつ麻酔の技術を修得した産婦人科の医師が自ら行っています。
実は、お産の痛みは時間の経過とともに場所や性質が変わっていきます。さらに陣痛の痛みの感じ方も人それぞれで異なります。麻酔が強すぎると陣痛の波が分からなくなり、かえってお産が長引いてしまうケースも少なくありません。だからこそ、お産の進行やお母さんの状態を一番よく分かっている産婦人科の医師が麻酔科医と協力してタイミングを見極めて麻酔を行うことは、無痛分娩の大きなポイントとなっています。
なお、当院の産婦人科には常に2名の当直医がおり、麻酔科もバックアップに回っています(2026年6月時点)。万が一お産の途中で赤ちゃんの心拍が下がるような超緊急事態が起きた場合は、常に1室空けてある手術室へ10分以内に運び込み、すぐに対応できる体制を整えています。
*無痛分娩は硬膜外麻酔で分娩時の痛みを緩和します。痛みがまったくなくなるわけではありません。急速に分娩に至る場合もあれば、分娩までの時間が長くなることもあります。赤ちゃんが産まれる際、吸引や鉗子などの器械を使う頻度が高くなります。また、陣痛を促す薬(子宮収縮薬)を使う頻度が高くなります。一方で、分娩中と産後の疲労度が軽減されるとの報告もあり、利点と欠点について十分に説明した上で、妊婦さん自身に選択していただいています。費用は分娩費用のほかに無痛分娩の費用として別途8万円(麻酔開始後4時間未満で分娩になった場合は5万円)がかかります。無痛分娩は自由診療です。
私たちの病院には、常に新しい知識を取り入れ、よりよい医療を提供したいという熱意あふれる医師たちが集まっています。そのため、新しい治療法も、積極的に早く取り入れてきました。
たとえば当院では、前立腺がんに対する「放射性リガンド療法」を2026年1月から開始しました。これはホルモン治療や抗がん剤治療が効きにくくなった前立腺のがん細胞に特異的に放射線を届ける薬剤で、周囲への影響をできるだけ抑えながら行う新しい治療法です。治療前に行うPET検査のために院内で専用のお薬を調製する機械も準備し、検査から治療まで一貫して行える体制を整えています。
さらに、患者さん自身のリンパ球に遺伝子改変を加え、がん細胞を攻撃する能力を高めたうえで体内に戻して血液のがんを治療する「CAR-T細胞療法」や、白血病などの血液疾患で行われる骨髄移植の後に起こる慢性的な副作用「移植片対宿主病(GVHD)」に対するECP治療にも取り組んでいます。
これらの治療は、悩まれている患者さんにとって本当に大きな希望となるものです。実施している施設は愛知県でも限られますが、だからこそ私たちが先駆けて体制を整え、地域の方々の選択肢を広げていきたいと考えています。
がんの診療においては、新しい治療法を取り入れるだけでなく、日々の地道なチーム医療と地域とのつながりのもとで治療を継続することも重要です。当院では、医師、看護師、薬剤師、そしてがん専門の相談員などが一丸となり、多職種で患者さんを支える体制を構築しています。
特に乳腺外科では、がん研有明病院で乳腺治療を学んだ2名の医師が診療にあたっています(2026年月時点)。この医師らは、診断や手術、化学療法だけでなく、日本看護協会が認定する乳がん看護認定看護師の育成や地域の医療従事者へのマンモグラフィー読影の指導など、全ての面においてチームの質を引き上げてくれました。その結果、現在では年間約380例の乳がん手術を行う(2025年1月~12月実績)までに至っています。
また、治療が難しくなった患者さんやご家族のための緩和ケアセンターとの連携も緊密です。同センターは病院であることを忘れてしまうような、全室からお庭が見える平屋建ての美しい病棟となっており、大人だけでなく小児の緩和ケアにも対応できる3名の医師が患者さんの心と体の痛みに寄り添っています(2026年6月時点)。
当院は800床を超える病院ですが、それでも当院だけで医療が完結する時代はもう終わりました。現在は、地域の他の病院や開業医の先生、さまざまな施設と共に患者さんを治療していくことが求められています。
その流れのなかで、たとえば当院では、開業医の先生方と一緒に患者さんを診ていく「2人主治医制」に深くコミットしています。その基盤となっているのが、治療情報を共有しつつ開業医の先生と共に患者さんを診る「がん地域連携パス」です。この仕組みでは、大きな検査は半年に一度当院で行う一方、普段の細かな体調管理は近くのクリニックの先生にお願いし、切れ目なく患者さんを診させていただきます。
患者さんには共通の電子ノートやスケジュール帳を持っていただき、我々と開業医の先生が常に状態を共有します。何かあればすぐに当院へ連絡がつながるため、患者さんにとっても安心いただける体制だと思います。
当院では年間436名(2025年4月~2026年3月実績)、これまでに2,447名以上(2026年6月時点)の患者さんをこの仕組みで診ています。
実はいま、この仕組みをがん以外の病気にも広げようとしています。それが、私たちが新しくスタートさせた「なかむらシャトル」という取り組みです。
これは、子宮内膜症や甲状腺の病気など、定期的な観察や薬の管理が必要な病気において、当院と地域の先生の間を患者さんに往復していただきながら共同で見守っていく試みになります。地域全体が1つの大きな病院のようになれるよう、このシャトルをさらに走らせていきたいと願っています。
私は2026年4月に院長に就任して以来、地域の開業医の先生方を数多く回らせていただきました。直接お話を伺う中で、当院に対するご要望や、紹介の際の手間、時間に関する貴重なご意見も真摯に受け止めてきました。
患者さんを紹介してくださる先生方が何を求めているかを推測し、それに応えるのが私たちの役割です。そこで院内にプロジェクトチームを立ち上げ、紹介患者さんの受け入れにかかる余計な手間や時間を極力減らすためのシステム改革を今、まさに進めています。
当院は年間8,000台以上の救急車を受け入れており、その応需率は高い水準にありますが、まだ100%には達していません。要請があった救急車を断ることなく全て受け入れられる体制を目指し、こちらも専用の院内チームを結成して改善に乗り出しているところです。地域の先生方や救急隊の方々から「中村日赤ならすぐに、いつでも安心して任せられる」と言っていただけるよう、これからも全力を尽くす所存です。
現在の当院の建物ができた際、当時の院長が掲げたコンセプトが「病院を癒しの森にしよう」というものでした。私はこの言葉がとても大好きです。
森という場所には多くの生き物がいて、芽が出て、木が育ち、やがて落ち葉となって土に還り、それがまた次の生命の栄養分になっていきます。海へ流れた水がまた雨となって森を潤すように、生命の循環そのものがそこにはあるのです。私たちの病院も、単に病気を治すだけの場所ではなく、新しい命が生まれるゆりかごの瞬間から、人生の旅路を静かに見守る人生の最終段階における医療(終末期医療)の緩和ケアまで、全ての世代の生命の営みに寄り添う存在でありたいと願っています。
緑豊かな環境の中で、体だけでなく、心までふっと軽くなってリフレッシュしていただけるような、そんな役割を、これからも大切に守り、未来へつないでまいります。
私自身は呼吸器外科の医師として、これまで19年間にわたり当院で手術室に立ち続けてきました。ちょうど医療が大きく変わる過渡期を過ごし、大きな切開手術から、傷の小さな胸腔鏡手術、術後の負担が少ないロボットを用いた手術まで、時代の変化と共に歩んだことになります。私個人も500例以上のロボット手術を手がけ、移植以外のあらゆる呼吸器手術に対応できるよう、地道に経験を積み重ねてきた自負があります。
しかし、どれほど新しいアプローチを取り入れても、医療の基本は変わりません。私がこれまで何より心を配ってきたのは、患者さんやご家族はもちろんのこと、ご紹介くださる地域の先生方、高度な医療を共に支える病院のスタッフや部下たち、つまり全方向への細やかな気配りとアンテナを張ることでした。赴任した当初は年間200例に満たなかった呼吸器外科の手術件数が、2024年には500例を超えるまでになったのも、当たり前のことを地道に、愚直に積み重ねて、地域からの信頼を1つずついただいてきた結果だと思っています。
当院は、こうした医療の基盤をがっちりと固めることを当たり前として歩んできました。先輩方が何年もかかって築き上げてくれたこの体制を私がしっかりと受け取り、さらに地域のために伸ばしていく、それこそが私の使命です。困ったときにはいつでも、誰でも温かく包み込める、そんな安心して頼っていただける「中村日赤」を、これからも職員一同で作ってまいります。何か心配なことがあれば、いつでも私たちを頼ってください。
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