口蓋裂(こうがいれつ)は、口腔内の天井部分が癒合しておらず、構音機能(言葉を発するなど口から音をつくる機能)や摂食機能に影響が生じる先天疾患です。記事3『口唇口蓋裂の手術治療① 口唇裂の治療』では口唇裂の手術治療をご説明しましたが、口蓋裂の手術治療にはどのようなものがあるのでしょうか。引き続き、東京都立小児総合医療センター形成外科医長の玉田一敬先生にお話しいただきました。
口蓋裂の治療目的は「鼻咽腔閉鎖機能」(びいんくうへいさきのう)の改善です。「鼻咽腔閉鎖機能」というのは、「口の中の空間と鼻の中の空間を隔てる機能」のことを指します。
あまり自分では意識していないと思いますが、我々は言葉を話したり(構音)、食べ物を飲み込んだり(嚥下)するとき、口蓋の後ろのほうの部分(軟口蓋)が持ち上がり、口の中の空気や食べ物が鼻のほうに回っていかないような動きが行われています。
口蓋裂のあるお子さんはこの軟口蓋を持ち上げて口と鼻を隔てることが難しく、結果として鼻咽腔閉鎖が困難となります。このままでは会話の際、相手に自分の言葉をうまく聞き取ってもらうことが難しいため、鼻咽腔閉鎖機能の改善を目的として、裂の部分を閉鎖し、鼻咽腔閉鎖に関係している筋肉の再建を行うための手術が必要となります。
また、口蓋裂の手術は、よりよい構音状態の獲得や摂食状況の改善をも目的としています。構音に悪い癖がついてしまう前に手術を行う必要がありますが、その一方で、手術操作の影響によって顎の発育に悪影響が出ないよう、慎重な配慮をしながら治療方針を決定していく必要があります。
口蓋裂手術で大事な点は、「口蓋の筋肉を再建して鼻咽腔閉鎖機能を改善させること」「なるべく上顎の発育に悪影響を与えないようにすること」の2点です。具体的には以下のような方法が行われています。
●Push-back(プッシュバック)法
Push-back法は口蓋を、硬口蓋粘膜ごとより後方に移動する方法で、前述した鼻咽喉閉鎖機能を確実にすることを目的としています。しかしこの方法では硬口蓋という部分に骨が露出してしまい、その後の顎の発育に障害が起こる可能性があることが指摘されているため、顎発育を抑制しないような配慮が必要です。
●Two-flap(トゥーフラップ)法
Two-flap法は口蓋裂の筋処理を行ったあと、硬口蓋を後方に移動させずに縫ってしまう方法です。口蓋に骨露出が生じにくいため顎の発育に影響が少ないと考えられます。東京都立小児総合医療センターではこのTwo-flap法を基本として、さらに後述するZ形成による延長を併せて行うことで、鼻咽腔閉鎖機能と顎発育への影響のバランスを取った手術を行うように心がけています。
●Furlow(ファーラー)法
Furlow法は、鼻腔側・口腔側それぞれで、互い違いになるようなZ型の粘膜筋弁を作成し、それらを縫い合わせることで筋層を後方に移動させる方法です。プッシュバック法のように粘膜の欠損を生じることなく、軟口蓋の後方移動を行えることがメリットですが、左右方向の緊張は強くなりますので、列の幅が広い場合には注意が必要になります。
※口蓋裂のお子さんには滲出性中耳炎という合併症が生じやすいため、口蓋裂手術の際に専用チューブの挿入を併せて行うことがあります。
東京都立小児総合医療センターでは、術後の合併症を未然に防ぐため、口蓋形成術後に集中治療室で1泊経過観察を行った後は一般病棟に戻るようにしています。ただし、すべての患者さんに集中治療室での管理が必要なわけではありませんので、もし実際通院中の医療機関で、口蓋裂手術後に集中治療室管理が行われないとしても心配する必要はありません。それぞれの施設で最善と考えられている管理をお受けになれば、口蓋裂治療を十分安全に受けられるものと思います。
口蓋裂の創部(手術に伴ってできたきず)は通常2~3週間程度で治癒します。その後、言語の発達や歯牙の萌出に合わせて、構音や咬合(かみ合わせ)に関する経過観察を行っていくことになります。構音や咬合は成長に伴って変化していくため、十分長い期間をかけて経過観察を継続することが重要です。
手術にあたって大事なのは、実際の軟口蓋の動きと鼻咽腔閉鎖の様子をイメージすることだと考えています。
手術では、鼻咽腔閉鎖が有効に行われるように筋肉を形成することが重要です。そのため、手術で再建した口蓋が動いたときに、咽頭後壁(喉の後ろにある壁の部分)の、どの場所に接触するのかということをしっかりとイメージします。口蓋裂を閉鎖することができたとしても、軟口蓋が延長され、再建した筋肉が有効に使われる位置まで移動できなければ、十分な鼻咽腔閉鎖が得られないことになってしまいます。咽頭後壁の形やもともとの軟口蓋の長さには個人差があるため、一人一人の患者さんに応じて、手術中に十分検討しながら治療を行うように心がけています。
口唇裂・口蓋裂ともにいえることですが、手術の難しさは、術後に出現する骨格の変化や筋肉の成長、あるいは扁桃腺の大きさ等の変化を完全には予測できないことにあります。正常の方でも、下あごが小さめの方、受け口ぎみの方などがいますが、それを赤ちゃんの時期に見極めることはときとして困難です。
口唇裂や口蓋裂の手術においても、患者さん自身が本来持っている骨格や口内の形状の成長ポテンシャル(成長の潜在性)を初回手術時に完全に見極めるということは難しく、その後の成長によって最適な状態からずれてしまう可能性があります。
そのため、東京都立小児総合医療センターでは口蓋裂の場合、チーム診療による経過観察を18歳まで継続することを基本としています。これは18歳という年齢が、顔面骨格の成長が終了する時期であるとともに、患者さん自身が自分の体の問題についてしっかり向き合って、判断・決定できる年齢でもあるからです。我々は、その年齢までは必要なときにいつでも手の届くところにチーム医療がある状態を確保し、相談できる場所を維持していきたいと考えています。
東京都立小児総合医療センター 形成外科医長
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