形成外科というと、多くの方は二重まぶたの形成や鼻のプロテーゼ挿入といった美容整形をイメージするかもしれません。しかしながら実際には美容的な側面だけでなく、噛む、話すなどといった機能の改善も行っています。直接命に関わることはありませんが、見た目を左右する病気やけがの治療を通して患者さんのQOLを向上させるのが、形成外科の役割です。口唇口蓋裂や第一第二鰓弓症候群などの先天疾患から、腫瘍手術の再建まで多岐にわたる手術を行う形成外科の役割について、藤田保健衛生大学病院形成外科教授 奥本隆行先生に解説していただきました。
形成外科というと、いわゆる美容整形のイメージが先行し一般的には整容(見た目)の改善が目的と捉えられています。しかし実際には整容面だけでなく、話す、噛む、呼吸するなどといった機能面の改善においても、形成外科は重要な役割を担っています。いくら整容面が整っていても日常生活において十分に噛むことができなかったり、うまく話すことができなかったりということが起きれば患者さんのQOL(生活の質)が下がってしまいます。
そこで「機能と整容」の両方を改善させることで、患者さんが望んでいることを叶え、QOLを向上させるのが形成外科の役割だと考えています。その形成外科のなかで、特に私が注力しているのが頭蓋顎顔面外科(とうがいがくがんめんげか)と再建外科(さいけんげか)です。
形成外科の一分野として頭やあご、そして顔の先天的・後天的な変形に対する治療を行っているのが頭蓋顎顔面外科です。治療によって機能と整容の両方の改善を図ります。頭頸部の腫瘍における再建手術も行っています。
先天的な異常や事故、腫瘍手術などで失われた部分を患者さんの他の部位を使用して元の形に戻すのが再建外科です。これも頭蓋顎顔面外科同様、形成外科の一分野です。頭蓋顎顔面外科と違い、再建の対象範囲は全身に及びます。
骨などの固い組織の再建だけでなく、軟組織などの柔らかい組織の再建も行います。
頭蓋顎顔面外科も再建外科も、単一の科だけで治療することは多くなく他科と連携しながらの治療が中心となります。たとえば口唇口蓋裂の治療であれば歯科などとの連携、腫瘍切除後の再建であれば耳鼻科など関連する外科系各科との連携などです。このように、さまざまな科とコラボレーションすることが多いのです。次に、頭蓋顎顔面外科、再建外科で治療を行っている疾患の一例を紹介します。
口唇口蓋裂は先天的異常により、本来くっついているべき唇や口蓋が割れてしまっている状態をいいます。この口唇口蓋裂は日本では500人に1人程度の赤ちゃんに生じる、決して珍しくない病気です。
ほとんどは乳幼児期に唇や口蓋を縫合する手術を行います。しかしこの病気は手術の影響により手術箇所の発育不全が生じ、反対咬合(受け口)やあごの変形なども引き起こすため、術後、成長するまで経過をみながら必要に応じて歯科矯正やあごの骨切り術などを実施します。
私が教授を務める藤田保健衛生大学病院へは、この口唇口蓋裂の新しい患者さんが毎年100名ほどいらっしゃいます。口唇口蓋裂はそれだけポピュラーな病気であり、形成外科でよく行われる手術のひとつといえるでしょう。
鰓弓とは妊娠4週初め頃の胎児にできてくる隆起性の構造体で、顔や頸部のあらゆる器官をつくるもとになるものをいい、第1から第6まであります。第一第二鰓弓症候群とは、このうち第一鰓弓と第二鰓弓に何らかの異常が発生して、下顎や耳、口などの形に異常を引き起こす先天疾患です。日本では3000~3500人に1人の割合で発症します。
耳と下顎部に特徴的な変形が見られ、小下顎症、巨口症、小耳症、先天性の顔面神経麻痺のほか、小下顎に起因して睡眠時無呼吸症候群などの呼吸の問題や噛み合わせの問題といった機能的な問題も起こる場合があるため、治療が必要です。第一第二鰓弓症候群の治療は骨切り術や骨延長術を行い、顔や下顎のゆがみを治します。
特に呼吸に問題がある際には窒息のリスクがありますから、気道確保が急務となり、早急に顎骨を伸ばして気道を確保する手術が必要なこともあります。しかし形成外科の専門医がいない病院だとこの骨延長術ができないため、気管切開を小児期にせざるを得なくなります。
この気管切開には、患者さんの生活のうえでさまざまな問題が生じます。感染や合併症のリスクが伴ったり、発声ができなかったり、食事がしにくくなったり、海やプールでの遊泳ができないなど行動に制限が出てきたりといったことです。このように、形成外科での適切な手術ができないと患者さんのQOLを下げてしまう場合もあるのです。
ほかにも頭蓋縫合早期癒合症(ずがいほうごうそうきゆごうしょう)、クルーゾン病やアペール症候群などの頭蓋顔面異骨症、さらには後天性の顎変形症など、頭蓋顎顔面外科では頭や顎、顔の疾患において幅広く手術を行っています。
顔面深部腫瘍や頭蓋底腫瘍など、頭の奥深くにできてしまった腫瘍を摘出するには、腫瘍専門医だけでは腫瘍への到達が困難な場合があります。また、腫瘍に到達して摘出できたとしても十分な再建ができなければ、重篤な合併症や整容的・機能的障害を引き起こす可能性が出てきます。そこで形成外科医が協力することで、より安全・確実に腫瘍にアプローチし摘出・再建することができます。
この副鼻腔乳頭腫の患者さんは、腫瘍が頭の中や鼻の中、上顎洞、眼窩内にまで及んでいました。そこで頭蓋骨だけでなく、顔面の骨も広範に骨切りして外すことで、腫瘍に到達できるようにしたのです。これらの手術操作は顔面に一切の皮膚切開をおかずに頭皮のジグザク冠状切開だけでアプローチしています。腫瘍摘出後は頭蓋腔と鼻腔の遮断をきちんと行って感染予防を図ったうえで、元通りに骨を戻し、頭皮の縫合線もジグザグであるために傷跡も目立たなく治っています。
再建外科では頭頸部だけでなく、全身の手術において再建を担当します。通常だと腫瘍とともに重要な器官を合併切除しなければ腫瘍が取り切れないような場合には手術を断念せざるをえないというのが常識でしたが、こうした広範囲切除を要する手術も形成外科が協力することで積極的に行っています。肝門部胆管がんを例にあげると、腫瘍とともに肝動脈や門脈、胆管などを合併切除し、その後に形成外科が協力して、血行再建を行います。
このように十分な再建ができるという前提のもとに、かつては手術が不可能であったような難しい腫瘍摘出手術も安全に行えるようになりました。
頭蓋顎顔面外科や再建外科などの形成外科の大きな意義は「機能と整容」の改善における患者さんのQOLの向上にあります。たとえ機能がよくなっても整容が整っていなければコンプレックスのもとになります。
口唇口蓋裂の患者さんも、がんで舌やあごを失うリスクのある患者さんも、ただ手術をして病気が治ればそれで終わりというわけではありません。病気が治っても患者さん一人ひとりには人生があり、生活があります。ですから、機能だけでなく整容も美しく整えられる形成外科が求められています。
私のところへいらっしゃる患者さんは、手術によって外見のコンプレックスが解消されると心情にも変化が現れます。ファッションやメイクを楽しめるようになったり、人前で明るく笑えるようになったりするのです。こうして患者さんのQOLを向上させ気持ちを前向きにできることから、私たちは形成外科を「心の外科」と考えています。
藤田医科大学 形成外科 教授
藤田医科大学 形成外科 教授
日本形成外科学会 形成外科専門医・皮膚腫瘍外科分野指導医・形成外科領域指導医・小児形成外科分野指導医・再建・マイクロサージャリー分野指導医日本創傷外科学会 専門医日本頭蓋顎顔面外科学会 認定専門医
形成外科全般を行うが、特に頭蓋顎顔面外科、再建外科を専門としており、多数の手術を手掛けている。先天性、後天性の顎顔面変形に対する骨形成術においては国内随一の症例数を誇る。また当施設では関連多数科と共同で口唇口蓋裂センターを運営し、同疾患の年間初診者数は100例近くに及ぶ。教室は国公立私立を問わず多くの他大学卒業生を受け入れており、同大学出身者よりも多い。
奥本 隆行 先生の所属医療機関
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