生活習慣病の進展などにより腎機能が低下して、慢性腎臓病(CKD)・末期腎不全へと至ると、それまで腎臓が担っていた体内の水分バランス調整や老廃物の排泄を行うために、透析療法などの腎代替療法を導入しなければならないことがあります。
近年は、治療の進歩に伴い、患者さんの価値観を大切にしながら、よりライフスタイルを尊重した方法も選択できるようになっています。そこで今回は、国立国際医療研究センター病院 腎臓内科 血液浄化療法室統括医 片桐 大輔先生に、腎代替療法の特徴と選択のポイントについてお話を伺いました。
腎臓は、体の水分バランスの調節や老廃物の排泄など、生命の維持に重要な役割を担う臓器です。そのため、腎機能が大きく低下し末期腎不全と呼ばれる状態に至ると、体内に蓄積した水分や老廃物によって、倦怠感や食欲低下、吐き気などが起こり、さらには意識障害、心不全などを起こして生命を維持することが難しくなります。
このような場合に用いられる治療法が、腎機能の一部をサポートする“腎代替療法”です。腎代替療法は、腎機能が健康な方の8〜10%以下程度まで低下した場合に用いられますが、患者さんの状況次第で、より早期から使用することもあります。
腎代替療法は、その方法により“透析療法”と“腎臓移植”に分けられます。
透析療法は、体内に蓄積した水分や老廃物を定期的に取り除く治療法で、“血液透析”と“腹膜透析”の2種類の方法があります。透析療法によって補うことのできる腎機能は、血液透析でおおよそ10%程度、腹膜透析で5%程度です。
血液透析は、腕に作製したシャントと呼ばれる血管から血液を体外に取り出し、ダイアライザーと呼ばれる浄化装置を使って血液中から水分や老廃物を除去します。一般的には、週に3回通院し、1回あたり3~5時間をかけて透析を行います。一方、腹膜透析は、腹膜に囲まれた腹腔という空間に透析液を出し入れして、水分や老廃物を取り除く方法です。
腹膜透析には、1日4回程度、患者さんが自分で透析液を交換するCAPD(Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis)と、患者さんが就寝中などに専用装置(サイクラー)を用いて自動的に透析液を交換するAPD(Automated Peritoneal Dialysis)があります。
腎臓移植は、患者さんの腎臓に替えて、正常な腎臓を移植する治療法です。腎移植医療は健康保険の適用範囲で行われます。腎臓移植には、健康なご家族・親戚から腎臓の提供を受ける“生体腎移植”と、亡くなられた方から提供を受ける“献腎移植”があります。腎臓移植を行うことができれば、患者さんの腎機能は50%程度にまで回復することが見込まれます。
家族の方から腎臓の提供を受ける生体腎移植では、事前に家族内でよく相談をしたうえで、ドナー(腎臓を提供する側)とレシピエント(腎臓を提供される側)の双方が移植施設を受診して、必要な諸検査を受けます。献腎移植(死体腎移植)については、多くの腎不全患者さんが献腎移植を希望して日本臓器移植ネットワークに登録されています。実際に移植を受けた患者さんの登録から移植までの平均待機期間は約10〜15年間です。
腎代替療法の選択にあたっては、まずは各治療法のメリット・デメリットをよく理解することが大切です。
たとえば血液透析では、一般的に週3回の通院と治療中の長時間にわたる安静が必要ですが、治療自体は医師や看護師が行うため、患者さんの手間はそれほど多くはありません。ただし、血液透析の後は疲労感が出ることも多いといわれています。
一方、腹膜透析は、透析液の出し入れを患者さん自身で行う必要があるため、血液透析に比べると手間はかかりますが、自宅や仕事先などで治療を行えることから、通院の頻度は月に1~2回で済みます。
しかしながら、いずれの透析療法も食事制限(水分量や塩分など)が不可欠で、代替できる腎機能も5~10%と限られることから、健康な方とまったく同じ生活を送ることは難しいのも事実です。その点、腎臓移植は、その実現には困難を伴うものの、腎機能は大きく回復することから、患者さんの生活の質は高くなることが期待されます。
日本では、これまで腎代替療法として血液透析が選択されることが圧倒的に多かったため、透析といえば血液透析をイメージする方が多いかもしれません。しかしながら、腎代替療法の選択肢が増えた今、腎機能の低下に対しても患者さんが自身の生活などに合わせて腎代替療法を選ぶことのできる時代となっています。患者さんと医療者が、ともに考え、話し合って最良の医療上の決定を下すプロセスをSDM(Shared Decision Making:共同意思決定)といいます。腎機能の状態や医学的な観点だけでなく、患者さんの生活環境や習慣、価値観、治療に対する思いなどに沿って治療を選択することが大切です。
たとえば、働き盛りで多忙な患者さんや、高齢で通院の負担が大きい、旅行に行くことが生きがいといった患者さんの場合には、血液透析よりも腹膜透析のほうが充実した生活を送ることができるかもしれません。また、腹膜透析は一般的に地震などの災害時にも影響を受けにくいとされています。そのため、近年は腹膜透析に対する注目度も高くなっており、その導入数は増加傾向にあります。
どちらかの透析方法を選択した後も、患者さんの病状やライフスタイルの変化に合わせて透析方法の変更を検討することができます。さらに、血液透析と腹膜透析の両者を組み合わせ、より患者さんにとって続けやすく、より効果的な治療を目指すことも可能です。
CKMとは、末期腎不全に達した慢性腎臓病の患者さんが腎代替療法を選択しない場合や、維持透析患者さんが透析療法の継続を中止する場合に用いられる用語です。嘔気や呼吸困難などの症状や、苦痛の軽減のために実施される保存的な治療を意味します(症状の緩和のために一時的な透析を行うこともあります)。高齢化社会が進む日本においても普及しつつあり、上述のSDMの選択肢の1つとして、CKMを選択される方も増えています。
当院では、腎代替療法として血液透析と腹膜透析を選択することができ、腎臓移植を希望される場合には、適切な医療機関をご紹介しています。
血液透析および腹膜透析を行う血液浄化療法室には、オンライン血液透析ろ過(Hemodiafiltration:HDF)に対応した機器が設置されており、経験を積んだ臨床工学技士・看護師が治療を担当します。また、シャントに透析針を刺す際には、ハンディタイプの超音波検査機器を使って確認する(エコーガイド下穿刺)など、安全面にも配慮しています。
一方、腹膜透析では、感染症などの合併症に対して適切な対応が求められますが、当院は総合病院としての強みを生かし、ほかの診療科とも連携しながら腹膜の機能を長く維持できるような治療に取り組んでいます。
また、当院はエイズ治療・研究開発センター(ACC)が設置されており、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染のある患者さんの透析も積極的に受け入れてきました。
近年は複数の透析方法を使い分けながら、より患者さんの生活や価値観に合わせた治療ができるようになりつつありますが、その実現には、透析が必要となる少し前から患者さんと医師・医療スタッフが十分に話し合い準備をしていく必要があります(上記SDM)。
そこで当院では、近い将来、透析が必要になると予想される患者さんを対象に、腎代替療法について学ぶ教育入院を実施しています。腎代替療法に関して詳しい説明を受けるだけでなく、治療に対する不安や希望などについて医療スタッフとじっくり話し合ったり、血液浄化療法室で実際の透析を見学したりするなど、治療選択に役立つプログラムが組まれています。
また、腎代替療法選択外来も開始される予定です。慢性腎臓病の治療では、患者さん自身が治療を選択しなければならない場面も多く、不安を感じることも多いかもしれません。病状や生活の変化によって不自由を感じることもあるでしょう。そうしたなかで、私たちは患者さん・ご家族に寄り添いながら、それぞれに適した治療選択、そして充実した療養生活を支援していきたいと考えています。
国立国際医療研究センター病院 腎臓内科 血液浄化療法室統括医
国立国際医療研究センター病院 腎臓内科 血液浄化療法室統括医
日本内科学会 総合内科専門医日本腎臓学会 腎臓専門医・腎臓指導医・評議員・教育・専門医制度委員会 委員・CKD診療ガイド・ガイドライン改訂委員会 委員・JSN 5 カ年委員会 「人材育成・次世代への継承」項目 委員日本透析医学会 透析専門医・透析指導医日本アフェレシス学会 血漿交換療法専門医・評議員日本急性血液浄化学会 認定指導者日本高血圧学会 高血圧専門医・高血圧指導医日本透析医会 COVID-19関連論文紹介プロジェクト委員American Society of Nephrology(ASN) FellowAmerican College of Physicians(ACP) Fellow
国立国際医療研究センター病院初期研修医、内科チーフレジデントを経て東京大学腎臓・内分泌内科および血液浄化療法部に勤務。学位取得後に米国Vanderbilt大学腎臓高血圧内科にて3年間の基礎研究留学を経て、国際医療研究センター病院腎臓内科で勤務。専門分野は急性腎障害(バイオマーカー)、急性血液浄化・アフェレシス療法。内科系臨床研修プログラム責任者も併任しており、教育にも尽力している。
片桐 大輔 先生の所属医療機関
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