概要
甲状腺クリーゼとは、甲状腺中毒症*の経過中に、甲状腺ホルモン作用の過剰により複数臓器が機能不全に陥った状態をいいます。甲状腺中毒症の治療を適切に受けていないなどの理由で、甲状腺ホルモンのコントロールが不十分なときに、感染症や手術、外傷や分娩など、体に強いストレスが加わることで発症します。
高熱、発汗、頻脈、心不全、不穏、せん妄、精神異常、けいれん、昏睡、悪心、嘔吐、下痢などの症状が出現します。発症すると命に関わるため、迅速な治療を必要とします。
*甲状腺中毒症:体の中に甲状腺ホルモンが過剰に存在し、作用している状態。
原因
なぜ甲状腺クリーゼを発症するかを含めた発症機序は不明です。
“甲状腺ホルモン”には、細胞の新陳代謝を促進させるはたらきがあり、酸素消費と基礎代謝を亢進させてエネルギー消費を増やします。具体的には、たんぱく質・核酸合成、コレステロールの分解・排泄を促進させ、熱産生の上昇(体温上昇)、消化管からの糖質の吸収促進と糖新生促進、心臓の収縮力・心拍数の上昇などをきたす作用が挙げられます。つまり、甲状腺ホルモンは“体内活動のアクセルを踏む”役割を果たしています。しかし、甲状腺クリーゼでは甲状腺ホルモンによる作用が過剰になり、複数の臓器が代償不全状態(ホルモン過剰に対応できない状態)に陥ってしまうため、全身にさまざまな症状を引き起こします。
甲状腺中毒症の経過中に、体に何らかの強いストレスが加わることが原因となります。甲状腺クリーゼを誘発するストレスとしては、甲状腺そのものに直接関連するものと、甲状腺とは直接関係のないものに分けられます。甲状腺に関連した誘因としては、甲状腺中毒症を未治療で放置すること、抗甲状腺薬を不規則に服用あるいは中止したりしてしまうこと、甲状腺の手術、甲状腺アイソトープ治療*、過度の甲状腺触診や細胞診、甲状腺ホルモン製剤の大量服用などがあります。
一方で、甲状腺に直接関係しない誘因としては、感染症がもっとも多く、ほかには甲状腺以外の手術、外傷、妊娠・分娩、副腎皮質機能不全、糖尿病ケトアシドーシス、ヨード造影剤投与、脳血管障害、肺血管塞栓症、虚血性心疾患、抜歯などがあり、激しい運動や強い精神的ストレスが加わることにより発症することもあります。
*甲状腺アイソトープ治療:放射性ヨウ素を内服することで、甲状腺に取り込まれたヨウ素からの放射線によって甲状腺細胞の数を減らす甲状腺中毒症の治療の1つ。
症状
甲状腺クリーゼでは、複数の臓器が代償不全状態に陥っているため、全身にさまざまな症状を引き起こします。一般的には、発熱、頻脈とともに、循環不全、不整脈などの循環器症状や悪心・嘔吐、下痢、黄疸などの消化器症状が出現します。
甲状腺クリーゼでは、中枢神経症状をきたすことが重要で、不穏症状(大声を出したり暴れたりしやすい状態)、せん妄(言葉や行動が一時的に混乱している状態)、精神異常、傾眠傾向(弱い刺激で意識を取り戻す軽度の意識障害)、けいれん、昏睡(意識を失って眠り込んでしまった状態)などが高頻度で出現します。また、甲状腺クリーゼがきっかけとなって播種性血管内凝固症候群(DIC)と呼ばれる重篤な病態を発症することもあります。
検査・診断
甲状腺クリーゼの診断では、血液検査にて甲状腺ホルモン(遊離T3および遊離T4の少なくともいずれか)が高値を示していることが必須条件になります。それに加えて甲状腺クリーゼに特徴的な以下の症状を考慮して診断されます。
必須条件を満たしたうえで「中枢神経症がある場合は、ほかの症状項目を1つ以上」あるいは「必須条件は満たすものの中枢神経症状がない場合は、ほかの症状項目を3つ以上」確認することで甲状腺クリーゼの確実例と診断します。
治療
甲状腺クリーゼは迅速な治療と全身管理が必要な疾患です。甲状腺クリーゼが強く疑われて全身状態が重篤な場合、ホルモン測定結果を待たずに治療を開始します。
治療においては、甲状腺ホルモンの合成・分泌の抑制とその作用の軽減、さらに全身の管理と誘因の除去が重要です。具体的には、抗甲状腺薬と無機ヨウ素薬を用いて甲状腺ホルモンの合成と分泌を抑制し、β遮断薬でホルモン作用の減弱をはかります(ただし、β遮断薬は喘息には禁忌であり、心不全の増悪に注意が必要です)。また、集中治療室において呼吸・循環管理や酸素吸入などの全身管理と、適切な輸液・電解質管理を行います。さらに、体温管理のための体の冷却や解熱薬の使用、必要に応じて鎮静薬や抗けいれん薬による中枢神経症状への対応も行います。
また、甲状腺クリーゼでは相対的副腎不全を伴うため、副腎皮質ステロイド薬を投与します。加えて、感染症などの甲状腺クリーゼの誘因となった原因の治療も重要です。
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