
免疫システムの異常により目の周りの組織や筋肉に炎症が起こり、さまざまな目の症状が現れる甲状腺眼症。目が前に出てきたように見える、といった甲状腺眼症に特徴的な症状が現れることもあれば、ドライアイや逆さまつげ、目のゴロゴロ感、涙目など一般的な症状が中心のこともあり、症状の現れ方は患者さんごとに異なります。今回は、小沢眼科内科病院 副院長の石川 恵里先生に、甲状腺眼症の症状やセルフチェックのポイント、検査、治療法など幅広くお話を伺いました。
甲状腺眼症とは、免疫システムの異常により目の周りの組織(眼窩組織)や目を動かす筋肉(外眼筋)に炎症が起こる自己免疫疾患*です。甲状腺眼症では、眼窩組織や外眼筋を構成する線維芽細胞にある甲状腺刺激ホルモン受容体とIGF-1R(インスリン様成長因子-1受容体)に自己抗体が結合することで、目の周りにある組織の異常増殖や脂肪の増生が起こり、さまざまな目の症状が現れます。
甲状腺眼症の多くは、甲状腺機能が亢進して甲状腺ホルモンが過剰に産生されるバセドウ病**に伴って起こりますが、バセドウ病と診断される前に目の症状が先に現れる場合もあります。また、まれに甲状腺機能が正常または低下した状態でも発症することがあります。
*自己免疫疾患:本来なら体を守る役割を持つ免疫系が誤って自分の体を攻撃してしまい、さまざまな症状を引き起こす病気の総称。
**バセドウ病:甲状腺ホルモンが過剰に産生・分泌されることで起こる自己免疫疾患。
甲状腺眼症の症状は実にさまざまですが、主に次のような症状が現れます。
甲状腺眼症では眼球の後ろにある脂肪や筋肉が増大するため、目が前方に押し出されたようになる(眼球突出)ことがあります。それに伴い、上下のまぶたの腫れ(眼瞼腫脹)や、ひきつれ(眼瞼後退)がみられることも甲状腺眼症に特徴的な症状です。そのほか、ドライアイや目のゴロゴロ感、充血、逆さまつげ、光がまぶしく感じるなど、ほかの目の病気でもよくみられる症状も現れます。
甲状腺眼症の発見や治療が遅れて症状が進行すると、眼球突出や目の周りの筋肉の腫れがひどくなることで、“兎眼”になることがあります。兎眼とは、まぶたをうまく閉じられなくなる状態(閉瞼困難)のことです。眼球の表面が露出したままになるため、角膜に傷がつきやすくなり、細菌感染が生じる可能性もあります。
また、目を動かす筋肉が炎症を起こすと、物が二重に見える“複視”の症状が現れる場合があります。筋肉の腫れは目の奥の神経を圧迫して甲状腺視神経症を引き起こすことがあり、脳に目で見た情報を伝達することが困難になるので視力が急に低下します。完全に視力を失うわけではありませんが、この状態が長期間続くと元の視力を取り戻すことや眼鏡での矯正が困難になり、日常生活に支障をきたす恐れがあります。急に甲状腺視神経症まで進行するわけではありませんので、甲状腺眼症を早期に発見して治療を始めることが大切です。
甲状腺眼症はバセドウ病に伴って発症することが多い病気です。早期治療につなげるために、バセドウ病で治療中の方は先述した症状を確認するほか、次のような症状がないかセルフチェックをしてみてください。
甲状腺眼症は、朝起きたときにむくみの症状が重くなるのが特徴です。これは、体を横にしていると頭部の静脈に流れる血液量が増加するためです。なお、多くの場合、日中になると症状は少しずつ軽くなっていきます。
目をまぶたの上から触って左右で違いがないか確認してみましょう。眼球の突出は基本的には両目に起こりますが、症状の出方に左右差が出ることもしばしばあります。
両目で見たときに物がだぶって見える複視は、眼球運動障害の症状が進行した状態です。本やスマートフォンを見たとき、車の運転時などに目の疲労を感じるのは、早期の眼球運動障害の症状の可能性があります。
昔の写真と今の顔を比べてみることも大切です。昔と比べて目が突き出ている、目を見開いたように見えるなどの変化がないか確認してみてください。客観的な情報として診断や治療の参考にもなるため、診察時に医師に見せていただくのもよいでしょう。
甲状腺眼症と診断されるきっかけは、バセドウ病など甲状腺の病気で治療中に内科で発見されるケースと、目の症状が先行して眼科で発見されるケースに大きく分かれます。
すでに内科でバセドウ病の診断・治療を受けている方の場合は、内科の医師が目の症状についても注意深く診察していますし、眼球突出や上下まぶたの腫れぼったい感じは、医師も患者さん自身も分かりやすい症状です。内科で発見され、眼科にご紹介いただくケースは多くあります。
一方、最初に眼科を受診される方は、甲状腺眼症に特徴的な症状にお悩みの方ばかりではありません。ドライアイや目の充血、逆さまつげといった一般的な症状で、患者さん自身は甲状腺眼症だと思わずに受診されることもあります。
以前、逆さまつげで当院に受診された若い女性の患者さんは、左右差のある眼球突出がみられ、その結果として逆さまつげになっていると考えられました。そこで検査を行ったところ、甲状腺眼症だと判明したため、甲状腺眼症と逆さまつげの治療を並行して進めることにしました。
また、涙目(流涙症)で紹介された患者さんが甲状腺眼症だったケースもあります。涙目の原因はさまざまですが、多くは涙道という涙の排水溝が詰まることで起こります。その患者さんはご高齢で、涙目のほかにまぶたの腫れや目の充血を伴っていました。そこで、甲状腺眼症を疑い検査したところ診断に至りました。このように、逆さまつげや涙目といったよくみられる症状も、甲状腺眼症によって引き起こされている可能性があるので、ちょっとした症状でもまずは眼科を受診することが大切です。
甲状腺眼症を診断するためには、問診や一般的な眼科の診察に加え以下の評価や検査を行います。
CAS(Clinical activity score)は、炎症の状態(活動性)を評価する指標のことです。目の奥の痛みや違和感、目を動かして上方や下方を見たときの痛み、まぶたの赤みや腫れ、結膜*の充血やむくみ 、涙丘**の赤みや腫れなど、見た目から活動性を評価します。
QOL(Quality of life)は、どれだけ生活の質が損なわれているかを評価する指標で、患者さんに日常で感じる不便を尋ね点数化します。視機能に関しては、自転車や車の運転、仕事や家事、戸外の散歩、読書、テレビ鑑賞、趣味や娯楽などについて不便を感じるかどうかを確認します。社会心理面に関しては、顔つきの変化、他人の視線や振る舞いが気になるかどうか、自信が持てない・他人と接したくない・友達ができにくい・写真に写りたくないといった状態に陥っていないかどうかを質問します。CASとQOLは内科と眼科で連携して確認し、スコアを算出します。
*結膜:白目を覆う半透明の膜のこと。
**涙丘:目頭の内側(内眼角)にある粘膜で通常はピンク色をしている。
MRI検査は目の断面図を撮影し、眼球や目の周りの筋肉や脂肪の状態を捉え、炎症の程度を評価する画像検査です。甲状腺眼症の診断においては、基本的にほぼ全例で行う検査です。
血液検査では、甲状腺機能を表す甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンの値、甲状腺眼症に関わる自己抗体の値を確認します。血液検査は、内科と連携して行います。
診断・検査の際には、甲状腺眼症とよく似た症状が現れるほかの目の病気との見極めも重要です。目に似たような症状がみられる自己免疫性の病気がありますが、MRI検査で甲状腺眼症に特徴的な所見を、血液検査で甲状腺に関連する値を確認することで、多くの場合で診断が可能です。
甲状腺眼症は、炎症により症状が悪化している“炎症期”と、炎症が落ち着いている“回復期”で選択する治療が変わります。炎症期かどうかは、MRI検査とCASによって判断します。
喫煙習慣のある方は、まずは禁煙することが重要です。たばこを吸うと、ニコチンにより血流が悪化し、活性酸素が増加します。喫煙は甲状腺眼症の重大な増悪因子と指摘され、喫煙している限りはどのような治療を行っても効果が得られにくいといわれます。ストレスも甲状腺眼症を悪化させる要因となるため、できるだけストレスをためない生活を送っていただきたいと思います。
炎症期の治療は、短期間で集中的にステロイドを点滴投与し炎症を抑えるステロイド・パルス療法が基本です。炎症は目に起こっていますが、ステロイドは全身に投与します。これは、ほかの自己免疫疾患でも行われる治療法です。
入院治療の場合は、3日間の点滴を1クールとし、それを3クール行うDaily法を行うのが一般的です。週に1回の点滴を計12回投与するWeekly法という治療法もあり、これは外来でも治療できるのがメリットです。患者さんと相談しながら治療法を選択します。
放射線治療は、免疫に関わる細胞の1つであるリンパ球の破壊を目的とした治療法です。ただし、白内障などの副作用を起こすリスクがあるため何度も行える治療法ではありません。そのため、再度悪化したときのことを考慮して35歳未満の患者さんは適応外とされています。患者さんの年齢などを踏まえ、ステロイド・パルス療法に加えて、さらに治療を強化する必要がある場合に放射線治療の実施を検討します。
甲状腺眼症の治療薬は、これまでステロイドしかありませんでしたが、2024年から眼球突出や眼球運動の改善が期待できる分子標的薬が使用できるようになりました(詳細は後述します)。
炎症が落ち着いた後、眼球の突出やまぶたの開き、斜視*、複視といった機能障害が残った場合は、見た目と視機能の改善を目的に手術を行うことがあります。
*斜視:右目と左目の視線が違う方向を向いている状態。
甲状腺眼症による斜視は、炎症によって筋肉が硬くなり、一定の方向に眼球を動かしづらくなることで起こります。左右の目がずれて物が二重に見えてしまうため、目の位置(眼位)を矯正する手術を検討します。固まった筋肉をいったん切り離し位置や角度をずらすことで、正面を向いたときに両目がまっすぐになるよう調整し複視の改善を目指します。
眼瞼手術は、見開いたまぶたの改善を目指す手術です。甲状腺眼症でまぶたやまぶたを引き上げる筋肉に炎症が起こると、その部分が硬くなって後退し、常に目を大きく見開いた状態になります。こうした症状に対して、硬くなった筋肉を緩めたり、重症の場合は固まったまぶたを元の位置に戻したりする目的で耳の軟骨をまぶたに移植して形を整える手術を行います。また、逆さまつげが眼球に当たっている場合には、まつげを外向きに矯正する手術を行うこともあります。
眼球突出の度合いが重度で、見た目に悩みを抱えている方には眼窩減圧術を行うことがあります。甲状腺眼症で増えた脂肪を取り除いたり、眼窩の骨を削り眼球が収まるスペースを拡張したりして、目の突出の改善を目指します。
ステロイドは全身の免疫反応を抑えることで、甲状腺眼症による炎症の緩和を目指す薬です。一方、甲状腺眼症に対して新たに登場した分子標的薬は、IGF-1Rのはたらきを抑える作用があります。
冒頭で述べた通り、甲状腺眼症は線維芽細胞にある甲状腺刺激ホルモン受容体とIGF-1Rに自己抗体が結合することで、炎症を起こす物質がつくられ、筋肉の肥大や脂肪の増加が起こると考えられています。新しい薬は、自己抗体に代わってIGF-1Rと結合することでIGF-1Rを阻害するはたらきを持ちます。
分子標的薬は、特に眼球突出を改善させる効果が期待されています。私が大きく期待しているのは、炎症をより早く抑えられる可能性についてです。手術は炎症が消失するのを待ってから行いますが、患者さんによっては炎症が落ち着くまでに年単位の期間がかかる方もいます。分子標的薬の使用によって、手術が必要な方が早く回復期を迎えられれば、日常生活で困る期間を短くすることができるでしょう。また、分子標的薬で炎症期に起こる筋肉の肥厚を改善できれば手術を行う必要性も減るので、患者さんの負担も少なくなることを期待しています。
新薬で起こり得る副作用として、一時的に音が聞こえづらくなる、耳鳴りがする、耳がつまる感じがするといった聴覚障害が現れる可能性と血糖値の上昇が指摘されています。糖尿病のある方は注意が必要であるとともに、全ての患者さんが治療中は定期的な聴力検査や血糖値の測定を行う必要があります。
私は眼科形成を専門としているので、逆さまつげや眼瞼下垂*で受診される患者さんを診ることが多いのですが、常に甲状腺眼症の可能性も視野に入れながら診療にあたっています。たとえば、長期間にわたり涙目で悩んでいた患者さんが他の眼科からの紹介でご来院されたことがありました。症状から甲状腺眼症を疑い検査したところ甲状腺眼症の診断に至り、内科の治療にもつなげることができました。そして内科と連携して治療を続けた結果、目の症状も次第に改善されていき、先入観を持たず診療にあたることの大切さを改めて実感しました。
また、甲状腺眼症の患者さんを診療するときは、患者さんを不安にさせないこと、そして患者さんのお話をよく聞くことを心がけています。同じ病気であっても患者さんごとに困っていることや治療の目標は異なります。斜視を治したい、見た目の問題を改善したい――など、一人ひとりの患者さんの希望に合わせて治療目標を明確にし、前向きに治療に臨めるようにサポートをしています。治療を続けることで、症状が改善され、前向きに日々を送っている患者さんを見ると大変嬉しくやりがいを感じます。
*眼瞼下垂:まぶたが下がってきて見えづらくなる状態。
2024年に新しい分子標的薬が国内で承認されたことを受け、眼科の医師の間で甲状腺眼症に対する理解も深まり、内科との連携を強めて診療にあたっていく必要があると認識が広まっているところです。ご自身の症状をどこに相談したらよいか悩んでいたり、今後に対して不安になっていたりする方もいるかもしれませんが、何か困っていることがあれば、内科でも眼科でもどちらでもかまいませんので、かかりつけの先生に相談してみてください。私たち医師も、患者さんが前向きに治療に取り組めるよう今後も努力していきたいと思います。
小沢眼科内科病院 副院長
関連の医療相談が10件あります
下腹部左下の鈍痛
下腹部左下に鈍痛があります。 今も耐えられない痛みでは無いんですが、キリキリ痛みが続いてます。 何が原因でしょうか。
直腸のポリープ1~2mm
人間ドックの大腸内視鏡検査で直腸に1~2mmのポリープを指摘されました。 1年後の再検査で様子見との説明でした。 母親を大腸がんで亡くしています。 大きさに関わらず切除して欲しいのですが、クリニックによっては切除してもらえるのでしょうか? また食生活や生活習慣で気を付けることはありますか?
睾丸にシコリ
息子が3日前に男性の睾丸の中にシコリがあり今日、泌尿器科に行きました。レントゲン、エコーはなく尿検査はありました。後は先生が手で触っての診察でした。潜血反応±、白血球が+(尿一般)と書いてありました。息子が先生から説明されたのが精子を作る横に2つシコリがある(1個は良く男性にあるが2個は珍しい)炎症をおこしている。と言われたそうです。1週間後に病院受診。エコーがあるそうです。尿の菌は何か原因を調べましょう。と言われたそうです。薬を1週間毎朝食後に飲むようにもらいました。治らないと不妊症になりやすいとも言われたそうです。ガンが親の私は心配になりました。ガンの事は何も言われなかったそうですが可能性はありますでしょうか?
鼻血をよく出す
定期的に鼻血を出します。主に寝起きです。たまに2日連続したりします。 爪はこまめに切っており、鼻を触る事はありません。良くあることでしょうか?
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「甲状腺眼症」を登録すると、新着の情報をお知らせします
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。