インタビュー

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は早期発見、早期介入で生命予後やQOL改善の可能性

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は早期発見、早期介入で生命予後やQOL改善の可能性
狩野 修 先生

東邦大学 医学部内科学講座 神経内科学分野 教授

狩野 修 先生

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筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)は、運動をつかさどる神経(運動ニューロン)に障害が起こり、脳からの命令が伝わらなくなって徐々に筋肉がやせて力が入りにくくなる病気です。近年、症状の進行を抑制する新たな治療薬が登場するなどしており、早期に発見して治療やケアを受けることにより、生命予後や生活の質(QOL)が改善できる可能性があります。

今回は、ALSの初期症状、早期発見のために必要なこと、最新の治療方法などについて、東邦大学医学部 内科学講座 神経内科学分野 教授 狩野 修(かの おさむ)先生にお話を伺いました。

ALSは筋肉そのものの病気ではなく、主に脊髄(せきずい)と脳の運動神経が変性して脱落する(壊れる)ことで起こります。具体的な症状としては、顔面や手足の筋力低下、筋肉のやせ(萎縮)、ろれつが回らない、飲み込みにくい、呼吸が苦しい――などがあります。

原因は完全には解明されていませんが、一部は遺伝子の異常(SOD1、FUS、C9orf72など)によるとされており、SOD1FUSなどの遺伝子変異があると、他の環境要因にかかわらず発症する方もいます。また、環境要因(農薬、喫煙、重金属)や神経細胞内の異常なタンパク質の蓄積、細胞の老化、酸化ストレス、免疫反応の異常など、複数の要素が複雑にかかわりあって発症すると考えられています。孤発性(遺伝性ではない)ALSでは、フリーラジカル*の関与やグルタミン酸毒性**により神経障害をきたすという仮説があります。

*フリーラジカル:通常2個で対をなす電子が1つしかない(不対電子)ため、きわめて反応性が高く細胞や組織を傷害するおそれがある原子や分子

**グルタミン酸毒性:神経伝達物質の1つであるグルタミン酸が過剰な濃度になることで神経細胞死を引き起こすこと

ALSの初期症状で多いのは、主に手足の筋力低下や筋肉のやせ、話しにくさ、飲み込みにくさなどです。手足の筋力低下としては、物を落としやすくなる、箸が使いにくくなる、階段を上がりづらくなるといった症状がみられます。手足の筋力低下で発症した患者さんの約75%は整形外科や一般内科などを、話しにくさや飲み込みにくさで発症した患者さんの約60%は耳鼻咽喉科(じびいんこうか)や脳神経外科などを最初に受診しており、最初に脳神経内科以外を受診することで診断に至るまで時間がかかってしまうケースが多いのです。

日本ではALSの初発症状が現れてから診断に至るまで、平均約13か月かかっていることがわかっています。高齢の方で手足の筋力が低下すると、まずは頸椎症(けいついしょう)腰椎症(ようついしょう)が疑われます。場合によっては手術を受ける場合もあるのですが、そのような過程を経るとさらに診断が遅れてしまいます。早期の治療によって病気の進行を抑えられる可能性があるため、早い段階で診断することは患者さんにとって非常に重要です。患者さんが初期症状で受診する可能性がある診療科の先生方にも、ALSという病気について知っていただく必要があると考えています。

整形外科や耳鼻咽喉科などで治療を受けている患者さんが「ALSかもしれない」と脳神経内科を受診するきっかけには、手足の筋力低下にろれつが回らない、飲み込みにくいなどの症状が加わるといったことがあります。これらの症状は頸椎症や腰椎症では説明できないことからALSが疑われるのです。

患者さんがご自身で「ALSかもしれない」と気付くのは難しいのですが、ポイントは症状が「進行する」ことです。初期のALSを疑うキーワードは「感覚の異常を伴わない、進行する手足の筋力の低下、ろれつや飲み込みの悪さ」「持続する筋肉のピクつき」です。症状が進行(悪化)する、新たにほかの症状が加わるといったときは注意してください。頸椎症や腰椎症の場合、繰り返し転倒するなど特別な事情がなければ進行することはほぼありません。また、「首が悪い」と診断されたにもかかわらず、ろれつが回らなくなったり飲み込みが難しくなったりといった症状が出たら、原因は首とは違うところにあります。そのようなときには、主治医に相談して脳神経内科を受診してください。

ALSを適切に診断できるのは脳神経内科です。診断にあたっては、病歴(症状)の確認と神経診察所見に加えて、脳や脊髄のMRI検査、血液検査、筋電図検査などを行います。特に筋肉に細い針を刺して筋肉の電気的な活動を調べる筋電図検査は重要です。

ただ、病気が進行していない段階で100%間違いなく診断することは脳神経内科でも難しいため、他の病気を除外したうえである程度の確率でALSが疑われれば、患者さんに病状について説明をしています。

ALSの治療は非常に多くあり、薬物療法、栄養療法、呼吸療法、リハビリテーション、多職種連携診療(ALSクリニック)、心理ケア・サポートなどが挙げられます。一つひとつの効果は限定的かもしれませんが、これらを1つでも多く実践することが重要です。

薬物療法に関しては、2025年9月時点で承認されている治療薬として、リルゾール、エダラボン、高用量メコバラミン筋注、さらにSOD1遺伝子変異を有するALS(SOD1-ALS)患者さんに対する核酸医薬のトフェルセン髄注があります。

リルゾールはグルタミン酸の放出抑制作用などにより神経細胞を保護する薬で、ALSの進行を抑制すると考えられています。エダラボンは日本で開発された薬で、フリーラジカルの発生を抑制することによりALSの進行を抑える効果が期待されます。メコバラミンは活性型ビタミンB12で、高用量を投与することでALSに対して神経保護的な作用を持つことが知られており、発症後早期に投与することで症状の進行を抑制することが期待されます。これらの薬剤は副作用に注意しながら、可能な限り早期から使用を開始することが重要とされています。

トフェルセンは2024年から国内で使用可能になった核酸医薬です。SOD1-ALSの患者さんでは、遺伝子変異によって生じた有害なタンパク質が運動ニューロンを変性させます。トフェルセンは、投与により有害なSOD1タンパク質の生成を抑制するはたらきがあり、ALSの進行を抑える作用が期待されます。

SOD1遺伝子変異は全世界のALS推計患者さん全体の約2%にかかわっているとされます。割合は低いものの効果が期待できる薬がある以上、今後はALSと診断された場合、全ての患者さんに対して遺伝について説明する必要があると考えます。遺伝子変異の有無などを調べる遺伝学的検査を実施して実際に変異が見つかった場合、患者さんの兄弟姉妹やお子さんも遺伝の可能性があります。患者さんはそうしたことも考慮のうえで、遺伝学的検査を受けるかを判断する必要があります。

SOD1遺伝子の変異は「病的な変異」「おそらく病的な変異」「疾患発症リスクに関与するかはっきりしない変異」「おそらく病的な変異ではない」「病的な変異ではない」の5段階の分類があり、遺伝学を専門とする医師に結果の解釈を求める必要が出てくる場合もあります。患者さんに遺伝学的な意味も含めて正しく理解していただくためには、遺伝カウンセリングを含めて専門家と連携することが重要になります。

栄養療法に関しては、ALSではまず体重を維持することが重要なため、高エネルギー食を摂取するよう指導しています。また、病気の進行に伴い病気になる前の体重より10%以上の体重減少、むせ・食事量の減少などの摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい)の初期症状がみられる際には胃ろう造設も検討します。呼吸機能の悪化を避けるため、胃ろう造設は肺活量が50%以上の時期に行うのが望ましいです。

呼吸療法に関しては、鼻と口を覆うマスクにより呼吸を補助する非侵襲的人工換気(ひしんしゅうてきじんこうかんき)(non-invasive ventilation:NIV)療法があり、遅くとも呼吸障害に関連した症状が認められた時点で開始します。呼吸症状の緩和に加えて生存期間の延長やQOLの改善も期待されるため、早期に開始することが重要です。また、NIVを用いても呼吸苦の改善が得られない場合は、モルヒネの投与も検討します。気管切開下人工換気(tracheostomy and invasive ventilation:TIV)は後でお話しするように予後に大きく影響するため、患者さんやご家族とよく話し合いを重ねる必要があります。

ALSにおけるリハビリテーションの目的は、日常生活での活動を育み、精神的にも安定した状態で療養できるようにし、患者さんとご家族のQOLを向上させることです。リハビリテーションではALSのそれぞれの症状に応じて理学療法、作業療法、言語聴覚療法などの訓練・支援が行われます。また、当院では、身体に装着するロボットスーツによる治療も保険で実施しております。

東邦大学医療センター大森病院脳神経内科では「ALSクリニック」を設置しています。脳神経内科医、専門の看護師、リハビリテーション医、胃ろう造設医、理学療法士、作業療法士、言語療法士、栄養士、緩和ケア医、ソーシャルワーカーなどがメンバーとなり、ALSの患者さんとご家族が一度に同じ場所で、治療やヘルスケアに必要な各種専門家のコンサルティングを受けられる環境が整っています。

ALSクリニックは1970年代にアメリカで始まりました。ALSはときに病気の進行が早く、外来を受診するごとに症状が悪化する患者さんもいます。病態の解明やよりよい治療の開発のためには臨床研究や治験を実施する必要があることから、栄養、呼吸、リハビリテーションなどにかかわる多職種を一堂に集め、そこへ患者さんに来てもらうことで活発に研究を進めていけるようにしました。2000年代にはヨーロッパにも広がり、欧米の先進国では「ALSの患者さんを診る場所=ALSクリニック」となりました。

私は2007年ごろにアメリカのALSクリニックで働き、日本にもこのような診療の体制が必要だと考え、帰国後に大森病院でALSクリニックを立ち上げました。日本ではほかに都立神経病院(名称は「ALS /MNDセンター」)と、和歌山県立医科大学にALSクリニックがあります。

欧米では、ALSクリニックに通う患者さんは、一般的な神経内科クリニックに通う患者さんよりも平均生存期間が長く、QOLも高いというデータが出ています。私たち医療関係者は手術や薬の投与による治療に目が向きがちですが、多職種が集まった診療体制を整えることが、実は患者さんの生命予後の向上やQOLの改善につながるといえます。

ALSの生命予後は平均で発症から3~5年ほどとされていますが、個人差があります。予後を決めるのは肺機能です。手足が動かなくなっても生き続けられますが、呼吸は命にかかわります。肺が膨らまなくなり、肺活量が一定以下になると、人工呼吸器でサポートすることになります。

人工呼吸器のうち、TIVは基本的に延命に直結します。50歳以下で発症した患者さんにTIVを導入すると、約7割の方が10年以上生きられます。TIVを導入した場合はそうでない場合と生命予後が大きく異なり、一度開始すると中止することは倫理的に困難です。5年、10年あるいはそれ以上先の介護や経済面などの負担をシミュレーションしておく必要があるため、私たちは多くの時間をかけて患者さんに丁寧に説明し、どのような治療を望まれるかを早い段階で決めていただけるようにサポートしています。

ALSは病気の進行を抑える治療薬が複数登場しており、リハビリテーションも含めて早く医療介入するほど生命予後やQOLが向上する可能性があります。整形外科や耳鼻咽喉科など、ALSの初期症状のある方が受診する可能性のあるかかりつけの先生方は、ALSについて正しく知り、疑わしい患者さんがいた場合には脳神経内科にご紹介ください。手足の筋力低下などの症状が進行(悪化)する、新たにろれつが回らない、飲み込みにくいなどの症状が加わったときなど、少しでも気になる症状があれば早めに脳神経内科を受診していただきたいと思います。

ALS治療の研究は日々進歩しており、たとえ「根治」できなくとも天寿が全うできるようになれば、ALSも高血圧糖尿病と同じような病気として捉えられる日が来るかもしれません。まずはそれを目標に、患者さんにとってよいと思われることは全部やっていきたいと思っています。

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