
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)などの自己免疫疾患は、体を守ってくれるはずの免疫に異常が起こり、自己(自身の体の組織)を攻撃してしまう病気です。従来の免疫抑制薬やステロイドに加え、近年はターゲットを絞ってピンポイントに作用する生物学的製剤が登場し、治療選択の幅が広がってきています。
今回は、大阪複十字病院 院長補佐の緒方 篤先生に、自己免疫疾患のメカニズムやそれぞれの薬の特徴、治療選択のポイントについてお話を伺いました。
免疫とは、“疫病(病気)を免れる”と書く漢字の意味が表すとおり、病気などから自分の体を守る仕組みです。この免疫が体の外から来た悪いものを退治しようと戦ったり、体の中でできた不要なものを燃やして処分したりするために頑張っているときに“炎症”が起こります。体に悪いところがあると熱が出たり、赤く腫れて痛くなったりするのは免疫が問題を解決しようとして炎症が起こっているためです。
人間の体を1つの町と考えると、免疫は町の平和を守るお巡りさんのような存在といえるでしょう。町の平和を乱すものが外から侵入してくると、それを見つけ出して排除する力を持っています。ただし、その対象となるのは外から侵入してくるものばかりではありません。体内で発生したがん細胞や、壊れたり古くなったりして不要になった細胞なども排除の対象になります。免疫が何かを排除しようと戦っている状態が炎症なのですが、この戦いが過熱しすぎると周囲の組織もダメージを受けます。炎症はないと困るけれど、強すぎても困るのです。
通常、免疫は守るべき自己(自分の体)と排除すべき非自己(異物)を正確に区別しています。しかし、何らかの理由でこの区別を間違え、免疫が自己を攻撃してしまうことを“自己免疫”と呼び、それによって生じる病気が自己免疫疾患です。自己免疫疾患では自己抗体(自分の体の組織に反応して排除しようとする抗体)がみられるケースが多く、血液検査によってその有無を調べ、診断に役立てています。そのほか、自己抗体ではなくリンパ球の異常によって引き起こされる自己免疫疾患もあります。
自己免疫疾患が起こる方には、もともと自己免疫が起こりやすい体質などの遺伝的背景があるとされていますが、これだけでなく、生活環境などから来る何らかの因子が組み合わさって初めて病気が発症すると考えられています。
NMOSDは自己免疫疾患の1つで、免疫が視神経や脊髄、脳の神経にダメージを与える病気と考えられています。近年、この病気の特徴でもあるAQP4(アクアポリン4)抗体という自己抗体が見つかり、多発性硬化症*との鑑別がしやすくなりました。
脳内などにあるアストロサイトと呼ばれる細胞にAQP4というタンパク質が発現しており、AQP4抗体はこのAQP4をターゲットとして攻撃し、脳などに炎症を引き起こして神経を破壊します。またアストロサイトは神経細胞に栄養成分を与えその活動をサポートしているため、AQP4抗体の攻撃によってアストロサイトが障害されると脳などの神経に栄養が届きにくくなります。こうして視神経や脊髄、脳の神経がダメージを受け、NMOSDを発症すると考えられています。また、アストロサイトには脳を守る血液脳関門**を支える役割もあり、アストロサイトに異常が起こると血液脳関門にも悪影響を及ぼし、脳の中の環境も悪化します。
*多発性硬化症:NMOSDと同様に脳や脊髄が障害される自己免疫疾患。
**血液脳関門:血液から脳への物質の移行を制限するバリアのはたらきをする仕組み。
NMOSDでは視神経や脊髄に症状が現れやすく、視神経がダメージを受けると視力低下や視野欠損、目を動かしたときの痛みなどが現れます。また、脊髄神経がダメージを受けると、運動障害で手足を動かしにくくなったり、しびれやピリピリとした痛みが出たり、排泄のコントロールがうまくいかなくなったりします。
初めは発作的に症状が現れて急速に悪化し、いったん落ち着いた後も治療を続けなければ発作を何度も繰り返します。そして発作のたびに神経の破壊が蓄積し、日常生活への影響が大きくなっていきます。神経の障害は一度起こると元に戻りにくいので、視神経であれば視力の低下が徐々に進んで最終的には失明に至り、運動障害であれば足を動かせなくなって車いす生活になる方もいます。治療においては、次の発作(脳などの神経を破壊する炎症)をいかに防ぐかが非常に重要です。
なお、NMOSDは脳の神経がダメージを受ける病気であるため、薬が脳内にしっかり届かないといけません。しかし、脳は血液脳関門によって厳重に守られており薬であっても容易に病気の起こっている脳の中には入り込めません。どんなに効果が強い薬でも脳内に届かないと十分に効きません。そこで最近は、一部の治療薬で、血液脳関門の通過しやすさに着目した研究も報告されています。薬が脳内により移行しやすければ、重症化する前に再発を抑えられる可能性があるので、今後のさらなる知見の集積が期待されます。
NMOSDを含む自己免疫疾患の治療は、“免疫が自己を攻撃する”段階と“攻撃によって炎症が起こる”段階という2つのステージに大きく分けることができます。
免疫抑制薬は免疫のはたらきを抑え免疫による攻撃を防ぐための薬で、飲み薬として広く使われています。古くから自己免疫疾患の治療に使われてきたステロイド(副腎皮質ステロイド)は、免疫による攻撃と炎症の両方を抑える効果が期待でき、治療において重要な役割を果たしています。長期的に使用すると骨粗鬆症などのさまざまな副作用が現れることがあるため注意が必要ですが、今でも一般的に用いられています。また、生物学的製剤という新たな薬も登場し、特に関節リウマチでは標準的な治療になってきています。
NMOSDでは、発症したときには非常に激しい炎症が起こり、神経の破壊が一気に進んでしまいます。そのため多くの場合、ステロイドを大量に使ってまず炎症を抑える治療からスタートします。いったん炎症が治まれば、その状態を維持するための治療に移ります。現段階では根本的な治療法はないため、再発のきっかけとなる自己免疫のスイッチが入らないよう、免疫抑制薬*を追加して免疫のはたらきを抑えることになります。
近年、自己免疫疾患の治療では、ステロイドと免疫抑制薬を早期から使用し、炎症が治まってきたらステロイドを徐々に減らして免疫抑制薬を主体にしていくという治療のやり方が増えてきています。そこに生物学的製剤が加わり、まず寛解導入療法(症状を落ち着かせる治療)、そして生物学的製剤を使った維持療法(よい状態を保つ治療)といったイメージで治療が進められることが多いようです。
*現時点で、国内で視神経脊髄炎スペクトラム障害に対して保険適用がある免疫抑制薬はありません(2026年9月時点)。
生物学的製剤は、遺伝子組み換え技術などを用いて作られた注射薬です。効果を持続させるには一定の間隔を守って定期的に投与する必要があります。一部の薬剤では自己注射も可能です。
ねらった免疫や炎症のターゲットにピンポイントで作用するため、高い治療効果が期待できる一方で、全身的な副作用を抑えられるよう設計されている点が特徴です。そのため、腎臓や肝臓の機能が低下している方などでも使いやすい治療選択肢となります。
生物学的製剤の効果の表れ方は、何をターゲットにするかによって異なります。たとえば、NMOSDで使われる生物学的製剤には、IL-6*をターゲットにした薬と補体**をターゲットにした薬があり、これらは組織を破壊する炎症を主に抑えることが期待できます。そのほか、CD19やCD20というリンパ球をターゲットにした薬は免疫に作用して病気のもとになる自己免疫を抑える効果を発揮します。自己免疫疾患には自己免疫反応が起こって炎症が生じるという一連の流れがあり、病気の特徴や状態に応じて“炎症を抑える薬”と“免疫を抑える薬”から適宜選択していきます。
*IL-6:免疫細胞などから産生され、異物を排除するためにはたらくサイトカインと呼ばれる物質の1つ。免疫応答や炎症反応の調節において重要な役割を果たす。
**補体:主に肝臓で産生され、細菌を排除するために重要な役割を担うタンパク質。
基本的に自己免疫疾患は、長期にわたって治療を継続して病気をコントロールしなければなりません。効果が期待できて、かつ安全に続けられる治療を選ぶため、状況に応じて薬を変えていきます。薬の変更を検討するのは、主に“現在の治療がうまくいっていないとき”、そして“副作用などで現在の治療を継続しにくくなったとき”です。
たとえば、NMOSDで再発予防のための治療を続けてきたものの発作を防げなかったケースでは、今後の発作を抑えられるよう薬を変更して治療を強化します。そのほか、副作用回避のためのステロイド減量をスムーズに進めるためや、現在の治療で副作用が出てしまったときにも、安全に治療を継続できるようほかの薬に変更を検討します。
治療選択にあたっては、薬の効果や副作用といった観点のほかに患者さんの置かれた状況やご希望も考慮する必要があります。毎日服用する飲み薬か数週間に1回の注射薬か、続けやすい治療は患者さんによって違いますし、経済的な負担感も人それぞれです。治療でお困り事がある、あるいは薬を変えたいといったご希望があれば主治医にご相談ください。それぞれの薬のメリット・デメリットを理解、納得いただいたうえでよりふさわしい治療をご提案します。
生物学的製剤は注射薬なのでハードルが高いと感じる患者さんが多いようですが、中には、現在の薬の服用を負担に感じて生物学的製剤に変更したいという方もいるでしょう。その場合、今使っているステロイドや免疫抑制薬を少しずつ減らしながら生物学的製剤を導入していきます。完全に生物学的製剤だけの治療に到達できれば数週間に1回、数か月に1回など一定間隔での投与で済むようになります。ただし、生物学的製剤は高額な費用がかかることから、経済的な面を考慮して治療を選択される方もいます。
体調が安定していれば特に生活を制限する必要はありませんが、過度の油断は禁物です。もしも治療継続中に再発の兆候がみられたときは、すぐに主治医にご相談ください。
また、免疫抑制薬や生物学的製剤を使っている方に特に注意していただきたいのは感染症です。かぜをひきやすくなったり肺炎を起こしやすくなったりするだけでなく、感染症の症状が現れにくくなって重症になるまで気付きにくいこともあります。人混みに出る際はマスク着用を心がけ、帰宅後は手洗い、うがいといった基本的な感染症対策を徹底しましょう。感染症にかかって重症化してしまうと自己免疫疾患の治療にまで悪影響を及ぼす可能性もあるため、少しでも不調を感じたら早めに受診することが大切です。
生物学的製剤の自己注射を選択されている方は、感染症が疑われるとき、いつもどおりに注射してよいものか迷われるかもしれません。薬を休むかどうかは主治医の判断を仰いでいただきたいと思います。
ステロイドは高い炎症抑制効果が見込める反面、さまざまな副作用が懸念されます。そのためできる限りの減量が望ましいのですが、自己判断で薬を急に止めるとかえって危険な状態に陥る場合もあります。薬を止めたい、あるいは体調が悪くて薬を飲めないといったときには必ず主治医にご相談ください。
自己免疫疾患の治療は、生物学的製剤の登場以降大きく変わり、副作用を少なく抑えつつ症状をコントロールすることが期待できるようになってきました。一方で、病気を根本から治す治療法も研究されていますが、その実現にはまだ時間がかかりそうです。なかなか治療を完全に終了することができないので、現時点での治療の考え方は、“副作用の多い薬を減らしながらいかによい状態を維持するか”だと思います。そこで、ねらったターゲット以外に薬の影響を及ぼしにくく、維持療法として継続しやすい生物学的製剤の研究・開発が進んでいます。今後さらに新たな生物学的製剤が登場し、今以上にリスクの少ない治療でよい状態を維持できるようになることを期待しています。
自己免疫疾患にはまだ根本的に治す治療はありませんが、病気を悪くしないための治療は着実に進歩しています。強力な治療は、効果は強いですが副作用も強いのでいつまでも続けることができません。薬の副作用は治療の続けやすさだけでなく加齢に伴い低下していく内臓機能などにも影響します。病気の治療が長期戦になるからこそ、病気をよくするためのパワフルな治療と、病気が悪くならないようにするマイルドで持続可能な治療を上手に使い分けることが大切なのです。
強すぎる治療で病気がよくなったとしても副作用で寿命を縮めてしまっては本末転倒です。自分にとって効果と安全性の高い治療を選択し、“元気で長生き”を目指していただきたいと思います。
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